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第3巻は明代史。第1巻では中華と夷狄の抗争、第2巻では華北と江南の南北対立、第3巻では草原を含む大陸中国と東南沿岸の中国との相克を描く。筆者は、明初はこれらをなんとか統一王朝に整理・収斂され、多様化・多元化にも一元化・画一化の枠がはめられた時代と説く。この体制はやがて弛緩し、破綻して清朝の時代を迎えるわけだが、筆者はこの極度に統制を強めた明初体制が、中国社会の体制的帰結として表れているとも指摘している。強固に統治しないと、多様性・多元性が頭をもたげ体制をあやうくするのだ。現代中国の体制の要因を、歴史的見地から見事にひも解いてくれているように思う。
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これまで詳しくなかった明朝について、見通しを得た。
モンゴル(元朝)の退潮後、どのように立て直すか?が課題だった明初。中国の秦に発する国家が社会をコントロールする流れ、それは見た目は儒家で、やっていることは国家の支配論理(法家)。これはおそらく現代の中国でも流れている、西洋の近代思想とは違う流れ。中間団体の存在を許さず、支配者と被支配者が直接対面する。
気候の冷涼が終わり、社会全体が「銀」の世界的繋がり、貨幣経済の興隆を受け、社会の要請と、明朝の仕組みが不適合を起こし、対応できないまま、滅んでいく。
大きな世界史的視点で言えば、モンゴルの時代=大陸の時代から、大航海時代=海の時代に力点が切り替わるタイミングだった。西洋は海に乗り出し、中国は内に閉じこもった。社会の発展具合から行けば、世界の先端を走っていた中国がこれ以降、近代への対応に苦労する原因となった。
「内閣」という言葉がここで登場する。官の論理ではなく、皇帝の直属の私的部下という意味だったと知り、今の日本の内閣総理大臣の意味が違って感じられた。
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岩波新書の「シリーズ中国の歴史④」は、「陸海の交錯ー明朝の興亡」と題された1冊。これまでの3冊とは異なり、単一の明朝300年の歴史叙述にフォーカスされる。
①中華と夷狄の抗争、②華北と江南の南北の対立、③草原を含む大陸中国と東南沿海の海洋中国との相克、以上の3つの対抗軸が「明初体制」によっていったんは一元化・画一化される。
この明初の「絶対帝制」は、儒教の論理に裏打ちされていた(本書でしばしば参照されるp.34の図8)。国家の側からの「支配の論理」と社会の側からの「被支配の論理」が、儒教の理想世界と現実世界への適用、これが明初に厳格な体制として確立し、海外を含む「中華世界システム」も朝貢一元体制として成立した。著者は近代世界システムが誕生する以前に「東アジアにはまったく異質で完璧なまでの世界システムが存在した意味は限りなく重い」(p.222)と述べる。
明朝300年の歴史はこの「明初体制」が現実の社会の変化(銀の流入、商業の発展などなど)に揺さぶられ、弛緩していく「固い体制」から「柔らかい体制」への移行期であり、その流れは清朝にも引き継がれていく。
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明朝というと、洪武帝が創業の功臣や臣下を何度もかつ大量に処罰し、皇帝専制体制を打ち立てたこと、甥建文帝から永楽帝が帝位を簒奪したこと、鄭和の大遠征、北虜南倭、前期倭寇・後期倭寇、秀吉の朝鮮出兵といった断片的なトピックとしての知識くらいしかなかった。
著者は本書において、明朝の歴史的意義を次のように説明する。①中華と夷狄の抗争、②中国史を貫く華北と江南の南北対立、③草原を含む大陸中国と東南沿海の海洋中国の相克、この3つのせめぎ合いが、14世紀の危機において飽和点に達し、元明革命の王朝交代となったこと、そしてこれらの課題に一定の解答として出されたのが明初体制だとする。
農業に基礎を置く社会と商業や経済的交流を追求する社会とは相当に違うのに、南北統一を成し遂げた明朝は何とか両者をまとめ上げようとした。そのために、郷村組織における里甲制の創出等、儒教による身分序列の固定化といった「固い体制」を作り、また、海禁=朝貢システムに基づく国際的秩序の構築を図った。
しかし、世の中は変わる。その変化に対応できたのかが、後半の展開になる。300年近く続いたのだから、改革も行われ一定の適応はできたのだろうが、しかし、出て来る皇帝、出てくる皇帝、みんな酷い。
史実の紹介も分かりやすく、皇帝の治世や施策に対する著者の評価や見解も適宜、コンパクトにまとめられていて、複雑な明朝の歴史を理解するのに、大いに助けとなった。
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