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中世の地図、失われた大伽藍や城の絵図、合戦に参陣した武将のリスト、家系図……。これらは貴重な史料であり、学校教材や市町村史にも活用されてきた。しかし、もしそれが後世の偽文書だったら? しかも、たった一人の人物によって創られたものだとしたら――。椿井政隆(一七七〇~一八三七)が創り、近畿一円に流布し、現在も影響を与え続ける数百点にも及ぶ偽文書。本書はその全貌に迫る衝撃の一冊である。
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Posted by ブクログ
2024.12.01〜205.01.13 偽物の文書を作るなんて・・・ と思ったけれど、最近の政治家も偽文書、作ってるな。それを正当化させて平気だし。 人間の本質は変わらないんだな。 「かくあってほしい」。そうかも知れない。 しかし、知らずに研究した人たちは、たまらない。また、間違いだと知らずに、教...続きを読むえる方、教えられる方も不幸だ。 第四の岐路を突き進まぬように、エゴやミエは捨てなければ、不幸の連鎖は続くと思う。
すべての京田辺市民は読むべき一冊。 自分の街の歴史を知っておきたいと思うことはないだろうか。簡単にまとめてある冊子を手に取っても良い。官公庁発行のパンフレットに目を通すだけでもおもしろい。でもやはり、本格的に知りたければしっかり編纂された分厚いハードカバーの「市史」や「町史」で学びたい。ーーでは、そ...続きを読むのすべてが【偽文書】に基づいて編纂されていたら? 以前から本書の存在は知っていましたが読んだことはなく詳しい内容も知りませんでした。しかし京田辺市の歴史を学びたく思い、『京都府田辺町史』を読もうと心意気高くページをめくり、わずか19ページ目に悪名高い「椿井文書」からの引用が現れた際、読まねばと心に誓いました。わかったことは、田辺という町は椿井政隆の手のひらの上で砂の城を築いてしまったのだということ。 偽文書の実像を紐解き歴史研究の実情を暴いた本書、偽文書を受け入れてきた側の立場で読むとあまりに切なくておもしろい。
山城・近江・大和・河内の古代・中世史研究にしばしば利用されてきた史料が、江戸時代の国学者椿井政隆の手になる偽書であることを示すと同時に、それが江戸時代から現代に至るまで広く市民権を得てきた実態やその思想的・心理的背景を読み解く。江戸時代の山の支配権をめぐる争論から、式内社の比定をめぐる村同士の争い、...続きを読む現代の町おこしに至るまで、椿井文書が、その真正性を疑う声があったにもかかわらず、いかに社会的需要に合致し受け入れられていったかが克明に描かれている。歴史学における史料批判の問題だけでなく、自分たちの願望にそぐうが出どころの怪しい情報に対していかに向き合うかという、より一般的な問題にも示唆を与えてくれる。
本書の見開きを飾る大伽藍を誇った寺院の色鮮やかな絵図や書状、家系図…数百点にも及ぶ偽文書「椿井文書」製作の意図と近代以降に地域社会と歴史学に与えた影響を詳らかに語る。 本書で明かされる偽文書作成に駆使したテクニックの数々に唸り、文書が流布した背景にある近世地域社会の様々な事情が垣間見えてくるのも面白...続きを読むい。 そして多くの手間と知識が必須の偽文書作成をこれほどまでに大規模に成し遂げた動機には、椿井政隆自身の趣味も大いにあったのではないか?そんな著者の見立てには大いに同意するところだ。 その一方で「椿井文書」を史料として活用し記されてきた地域史の修正と史料としてどう位置付け扱うのかという二つの課題が浮かび上がる。著者の孤軍奮闘ぶりが記された後半を読んでいくと、史実とフィクションが無い混ぜに取り扱われる危うさとその訂正の難しさを改めて痛感させられる。
現在の京都府や滋賀県に点在する古文書が、じつは椿井政隆という1人の男によって後世に人為的に創作されていたという話で、たいへん興味深かった。しかもこれらの文書は多くの自治体史に引用され、その内容に基づき文化財指定がなされたり、町おこしに活用されたりしている例もあるという。わたしは神社・仏閣めぐりが好き...続きを読むでふだんからよく訪れ、そのさいに説明板を眼にする機会も多いが、内容は当然真であるという前提で読んでいるので、そこにそういった偽りのものも紛れているという本書の内容は衝撃的であった。歴史に名を残した人物といえば、誰もが織田信長や坂本龍馬のような教科書に載っているような著名な人物を思い浮かべるが、ほとんど無名なこの椿井も、ある意味では歴史を動かしたといえるだろう。椿井は偽文書を創作するにあたり、ある程度下調べをしていたことが窺え、また相互に関係性を持たせて信憑性が高まるようにするなど、並並ならぬ努力を払っていたことがわかる。椿井氏は地元ではそこそこの名士であることから、著者はその動機を金銭というよりは趣味にあったのではないかと推測しているが、先行文献を参照し、フィールド・ワークを重ねてひたすら偽文書の創作に打ち込み、厖大な量を残したとなると、ほとんど映画の主人公のような人生である。椿井文書にはもちろん、椿井政隆という人物じたいに対しても非常に興味を持った。とてもおもしろい作品で、新書大賞を受賞してより多くの人に読まれるとなお良いと思う。
歴史関係者必読であろう。史料の扱い方については本当に注意しなければいけないことがあらためてわかる。この件に関しては文書の膨大さから要注意であることがわかりそうだが、その地域の部分だけ見ているとわからないかもしれない。さらに史料というものはこれに限らずすべて書いた人のバイアスがかかっているものというこ...続きを読むとを頭に置いてまず疑うということが必要。簡単に言えば史料批判から入るべきだろう。 現代でも令和ゆかりという某九州の神社、S城跡という某神社など考古学的には疑問視される場所が堂々と主張され、一般的には受け入れられているなどの例もある。歴史研究者もまあいいやというのではなく、この本にも書かれている通り主張すべきことは主張していくことが必要だろう。
世紀の偽作、椿井文書。自治体史などで根拠となっている実は偽書。世紀の偽作を通じて浮かび上がる現在の日本史研究の問題点。 視点が斬新な一冊。椿井文書とは椿井政隆(1770~1837)が中世の文書を近世に写した体裁の体裁の偽書。近畿一円に数百点が分布しているという。実際に原本を見れば、分かる人には分か...続きを読むるものらしい。椿井自身も追求された時に備えて備えて有り得ない元号を入れる等文書に隙を作っている。 原本でなく活字化されたものしか見ない研究者の存在や戦前と戦後で断絶した研究者のつながり、また戦後多くの自治体史に椿井文書が採用されてしまったことなどが要因。 椿井の偽作づくりの過程から、それらを求める権利争いの最中の村々、セクショナリズム化する日本史研究の中でなぜ椿井文書が残っているか、実に興味深い。 いつも歴史本を読んで感ずることだが、過去の出来事なのに時を経るほど、新たな解釈が現れる不思議な学問。 ある意味、日本史研究の最前線とも言える、諸々の問題を提起した本。ますます歴史から目が離せません。
江戸末期に作成された数百点に及ぶ偽文書について、その作成法・流布・後世に与えた影響などその全貌に迫る一冊。歴史学の問題点にも切り込む内容で、偽文書研究の有り様も考えさせられて興味深い。
とても興味深い本でした。 椿井文書(つばいもんじょ)と呼ばれる一連の疑文書の全貌とそれが真正な文書として一部利用されてきた過去を明らかにする中で、歴史学の在り方、偽史、偽書との向き合い方に及ぶ思索の書です。
【感想要約】 椿井政隆が作成・流布した大量の偽文書「椿井文書」を対象に、その制作手法や受容の背景、研究者の対応を分析する一冊。偽史を排除するのではなく、偽文書として保存・研究する意義と、通説を相対化する市民の歴史認識の重要性を示している。 【内容】 「椿井文書」と呼ばれる椿井政隆(1770〜183...続きを読む7)の手で作成され近畿一円に流布された数百点にも及ぶ偽作された文書群に関する研究。 その作成と手法、流布と受容の過程(とくに偽作にも関わらずこれだけ広く受け入れられた背景)、研究者の椿井文書に対する姿勢、そこから見えてくる偽史に対する研究者、公的機関、そして我々市民の向き合い方のあるべき姿に関する提言。 【印象に残った点】 偽文書が広まってしまう理由、偽文書とわかっても研究対象から外すだけで、積極的に偽文書であると追求、公表するメリットが研究者側にはないため。確かにと思った。 偽文書を偽文書として歴史的価値のある史料として保管して研究することの重要性、こうした文書が作られ受け入れられた(場合によっては積極的に作成を依頼した)背景を読み解くことで当時の状況や人々の考え方が見えてくる。 【感想】 なぜ椿井政隆氏がこのように大量の偽文書を作成したのかは本書では明かされず、今後も明かされることは恐らくないと思われる。ただ筆者も指摘する通り、単なる金銭目的だったとは考えられない。あくまで私見だが、私としては何らかの使命感や想いからの行動だったのではないかと考える。それは自分なりに歴史という物語を再編し一つの体系的なまとまりとして綺麗な形にしたいという、結果的に後世に少なからぬ混乱を招いたものの、しかし純粋な興味と熱意によるものだったのではないかと思う。「私の考える秩序だった日本史」的なものを作りたかったのだろうか。 一方で椿井文書の活用に対する後世の姿勢には、筆者も指摘する課題を私も感じた。「過去の歴史家たちの尻拭い」という筆者の言葉は、実際その通りだと思う。一方でわれわれ市民一人ひとりについても、わかりやすく都合の良い歴史認識に飛びつき固執するのではなく、あくまで"通説はいまもっとも有力な仮説に過ぎない"という科学的な姿勢が大切だと思った。また原典にあたって情報の正誤を自分で見極めるという姿勢は、情報に溢れる現代において全てに通ずる重要な示唆の様に思われる。非常に困難ではあるものの、その重要性は高まる一方である。
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椿井文書―日本最大級の偽文書
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馬部隆弘
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