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月曜の朝、小六の一将(かずまさ)に声をかけたのは、幼なじみの咲良(さくら)でした。「一将の弟、荻野先生に怒られて泣いてたよ」。運動が苦手な弟の将人(まさと)は、「できない子は朝練に来て」と先生に言われたのに練習に行かず、しかられたのです。でも、将人にとって、数ある運動のなかで、大縄飛びは「できる」に入ります。将人は怒られなくてはならなかったのか、そもそも大会に勝つことが、そんなに大事なのだろうか……。一将のもやもやを咲良が大問題に発展させていくうちに、一将も咲良も、そして代表委員会メンバーの五年生も六年生も、ひとつのクエッションに突き当たることになりました。「学校は、だれのものか?」。小学校高学年の彼らは、この答えにたどり着くことができるのでしょうか。【対象:小学上級以上】イラスト:稲葉朋子
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Posted by ブクログ
学校はみんなのもの。一将のことばはいいなと思った。ぼくの話を、お父さんとお母さんは聞いてくれるけど、先生の中にはちゃんと聞いてくれない人もいる。
おぎ野先生は、いろんなことをがんばっているけど、すぐおこっしたり意地悪したりするから、うまくいかない。一生懸命やってるのに、校長先生が協力しないのがひどい。自分は正しいと思ってるけど、心のどっかで、どうしたらいいのかって思っていて、いやな感じだけど、かわいそう。
ぼくは、大間さんが一番好きだった。大間さんは、えらい人なのに、子どもに勝負をいどんだり、とつ然大会の会場で一将に一言話すように言ったりするのがおもしろい。(小4)
Posted by ブクログ
児童書はいい本が多いです。子供に読ませるという事で関わっている人たちも本気だからではないかと思います。普通の本が適当と言っている訳ではありませんが、意識的に大人たちが良い本を読ませたいと、真摯に考えていると思えてなりません。
そしてこの本もとてもいい本です。
学校行事で競い合う事と、勝つ為に強者だけで固まって他者を排除する事の違い。型にはめて、それにそぐわないから駄目と決めつける事を指導とする事の是非。先生も過酷な中で子供たちを導かなければいけないプレッシャーと、それに相反する機械的なカリキュラム消化義務とのジレンマ。色々な学校の問題点が平易に一方的ではない視点で書かれていてとてもいい本だと思いました。
学校は誰のものなのか?子供の頃は先生のものだと思っていましたね。今より先生の力が強かったのも有りますが、一概にそれが悪かったのかも今となっては分からないです。今はクレームが怖くて、先生がいじめに介入出来る機会が無いんではないでしょうか。
でも、先生にも色々いるので、無限の権力を与えた時に暴走した人が沢山いたから、今のような状況にもなっているんでしょうから。先生が皆正しくて優しい人格者だったら一番なんですけどね。
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小説・文芸
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