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Posted by ブクログ
ファンタジー作家の荻原規子さんのエッセイで、結構面白かったな。ファンタジーに出てくるいろいろな動物について、荻原さんの考えや感じたこと、小さい頃の思い出などが書かれていて、非常に示唆に富んでいるものだ。私は、どうしてもこの本からユングの思想が思い浮かばれて仕方がないのだが、荻原さん自身もユングについて触れている。要するに、人間には合理的なものだけでないものが潜んでいるし、なんかそれは重要としかいいようがないのである。動物がしゃべるのも、非人間的なものがなんか大切なんだよな。科学やキリスト教などの論理にひっかからないもの。
中島敦の「山月記」もこの本ではファンタジーの部類に入っているが、確かにそうなんだろうな。なかなか合理的には割り切れないことかな。著者の高校時代の現国の先生の借り物の意見が少しでも混じった小論文は不合格にするという話は、非常に興味深かった。
著者が最も愛するというルイスの「ナルニア物語」は私も読んだが、著者ほどの思い入れや読み込みは持てなかったな。どうしてかな。それにしても、私はこの年になってライトノベルに嵌まってしまっているが、この本でも述べられているようにファンタジーが中世の世界を基盤としているのと同じように、ライトノベルも中世の世界を基盤としていることが多い。同じことなのか。中沢新一が「中世が近代産業社会を準備しながらも、まだそれがはらんでいる矛盾に、全面的に入り込んでいないからである。中世はファンタジー文学にとっての理想状態であると同時に、現代世界が直面する問題のすべてを萌芽のかたちで内蔵するという意味では、現代に直結している巨大データバンクをなしている」と述べているのに著者は同意をしているが、私は幾分か同意しながらも、ちょっと違うような気がしている。現代社会だけじゃないんだよなあ。いつの時代にも共通する人の心に関することなんだよ。
Posted by ブクログ
ファンタジーや神話民話に登場する有名無名の動物たちを、章段ごとに作者の思い出を絡めながら語る一冊。
私は未だに、自分が幼少〜中高生時代にファンタジー含む日本・世界名作にあんまり触れてこなかった(専ら漫画と星新一)のがちょっとコンプレックスなのだが、
それでも「本に登場する動物」という存在には心ときめくものがある。
『大造じいさんとガン』の残雪とか名前ひっくるめてかっこよすぎる。
この本はその辺をいい感じにくすぐってくる良書であった。
椋鳩十は取り挙げられてないし、鳥で出てくるのは白鳥くらいだけど。
以下、特に響いた箇所を引用。
「私の一番の財産は、結局これしかないと思うのだ。子ども時代に、子どもの感性で児童文学を読んだこと。そして今でもおぼえていること。」
(p.108)
「デフォルメした動物キャラクターを動かすことは、動物をよく観察して忠実に写すこととは別の範疇にある。観察するべきは、私たちの内面、私たちの神話のありかなのだろう。動物が語る言葉は、動物の持つ言葉ではなく、人間から抽出された、人間が持つよりもピュアな何かなのだろう。
そんなふうに人間から外部に抽出されてしまったものは、ほとんど『神』とも呼べるものではないだろうか。」
(p.155)
「私は、J・R・R・トールキンやC・S・ルイス以後に文学ジャンルとなったファンタジーとは、この系統であり、太古の語り物の末裔なので、近代からの意味で言われる「小説(ノヴェル)」と同列ではないと思う。
子どもだましと見下げるのはまちがいだが、小説と同じ手法の文学論で論じるのもまちがいだ。同じものさしで測るから、小説仕立ての奥に持つ真価にうまく手が届かず、ファンタジーの優劣に的を射た批評が生まれないのだ。」
(p.213)
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小説・文芸
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