山口瞳 電子全集5 『男性自身V 1980~1983年』

山口瞳 電子全集5 『男性自身V 1980~1983年』

2,200円 (税込)

11pt

-
0件

“盟友”向田邦子への追悼文「木槿の花」8篇を含む「男性自身」830~1033話までを完全収録。

収録作品は、「週刊新潮」1980年1月3日号の第830話「年の終り」から、1983年12月22日・29日合併号の第1033話「手袋」まで、連載掲載順に、単行本未収録3篇を含む204篇を完全収録。

1981年8月22日、旅行中の台湾で航空機事故に遭遇した向田邦子の突然の事故死は、山口に大きな衝撃を与えた。彼女の小説家としての才能を認め、直木賞受賞への後押ししていた山口は、向田への追悼文ともいえる「木槿の花」(916~923話)を、「男性自身」に連載し、“盟友”の死を悼んだのだった。
また、1983年7月「巴里祭」(1009話)より、山口は「男性自身」内に新趣向の小説スタイルとして、『私本歳時記』シリーズ47編(電子全集第6回と分割掲載)を連載。これは、ピート・ハミルの掌編小説『ニューヨーク・スケッチブック』に触発された掌篇小説を、週刊誌の連載に取り込む試みだった。

付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」(5)を寄稿。「庄助」名で、「男性自身」に度々登場した長男が、連載当時の山口家の様子や裏話、そして父への思いを綴る。

...続きを読む

山口瞳 電子全集 のシリーズ作品

1~26巻配信中 1巻へ 最新刊へ
1~26件目 / 26件
  • 山口瞳 電子全集1 『男性自身I 1963~1967年』
    2,200円 (税込)
    32年間連載し続けた「男性自身」シリーズの記念すべき初回~212話までを完全収録。 収録作品は、「週刊新潮」に連載がはじまった1963年12月2日号の第1話「鉄かぶと」から、1963年12月30日号の第212話「女」まで、単行本から漏れた話も含め、連載掲載順に212話を完全収録。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」を寄稿。「庄助」名で、「男性自身」に度々登場した長男が、連載当時の山口家の様子や裏話、そして父への思いを綴る。また、盟友・柳原良平氏が描く山口瞳のイラスト原画も収録しています。  「男性自身」の連載が開始した1963年と言えば、山口瞳、37歳。『江分利満氏の優雅な生活』で、第47回直木賞を受賞した年で、勤務先の寿屋が、サントリー株式会社に社名変更した年でもある。
  • 山口瞳 電子全集2 『男性自身II 1968~1971年』
    2,200円 (税込)
    「男性自身」のスタイルが確立した充実の213~418話までを完全収録。 収録作品は、「週刊新潮」1968年1月6日号の第213話「一年」から、1971年12月25日号の第418話「珍説競馬必勝法」まで、連載掲載順に206話を完全収録。 特に山口と同世代で親交のあった作家・三島由紀夫の死について、7回に亘って連載した「なぜ?」(365~371話)は、当時の世相も反映した必読の回である。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」(2)を寄稿。「庄助」名で、「男性自身」に度々登場した長男が、連載当時の山口家の様子や裏話、そして父への思いを綴る。今回は、少年時代に出会った三島由紀夫の思い出についても言及。また、盟友・柳原良平氏が描く山口瞳のイラスト原画も収録しています。 その他、山口が作家デビュー前、河出書房で編集者だった頃からの付き合いで、山口の写真を撮り続けた田沼武能氏のエッセイ「江分利満氏の想い出四十年」も収録。
  • 山口瞳 電子全集3 『男性自身III 1972~1975年』
    2,200円 (税込)
    野球、競馬、風景画へとテーマが広がっていく、「男性自身」419~624話までを完全収録。 収録作品は、「週刊新潮」1972年1月1日号の第419話「変奇館その後」から、1975年12月25日号の第624話「これが嫌い」まで、連載掲載順に206話を完全収録。 プロ野球界では、巨人軍のV9と長嶋引退。競馬界を席巻したのが、空前のブームとなったハイセイコーに、「狂気の逃げ馬」といわれたダービー馬カブラヤオー。さらに、「必殺鉄火馬戦法」(547~550話)と題した独自の馬券必勝法も掲載。また、この頃から風景画を描くようになった山口の風景画を書く心得を「風景画入門」(608~609話)で述べられている。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」(3)を寄稿。「庄助」名で、「男性自身」に度々登場した長男が、連載当時の山口家の様子や裏話、そして父への思いを綴る。盟友・柳原良平氏が描く山口瞳のイラスト原画も収録しています。
  • 山口瞳 電子全集4 『男性自身IV 1976~1979年』
    2,200円 (税込)
    単行本未収録作品7篇を含む「男性自身」625~829話までを完全収録。 収録作品は、「週刊新潮」1976年1月1日号の第625話「これが好き」から、1979年12月27日号の第829話「食べる人たち」まで、連載掲載順に、単行本未収録7篇を含む204篇を完全収録。 山口が愛してやまないプロ野球界に激震が走ったのは、1978年11月ドラフト会議での「江川空白の一日」事件。 折に触れ、江川卓の言及をしていた山口が、やがて、自宅・国立からほど近い埼玉県所沢市にフランチャイズをおく“新生”西武ライオンズ(1979年~)びいきとなっていくさまが、「頑張れ西武ライオンズ」(795話)、「ライオンズ狂い」(796話)、「西武ライオンズ球場」797話)と、立て続けに綴られている点も興味深い。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」(4)を寄稿。 「庄助」名で、「男性自身」に度々登場した長男が、連載当時の山口家の様子や裏話、そして父への思いを綴る。 また、正介氏の回想録にも度々登場する国立に新築した山口邸、別名“変奇館”を設計した高橋公子氏の関連エッセイも収録。
  • 山口瞳 電子全集5 『男性自身V 1980~1983年』
    2,200円 (税込)
    “盟友”向田邦子への追悼文「木槿の花」8篇を含む「男性自身」830~1033話までを完全収録。 収録作品は、「週刊新潮」1980年1月3日号の第830話「年の終り」から、1983年12月22日・29日合併号の第1033話「手袋」まで、連載掲載順に、単行本未収録3篇を含む204篇を完全収録。 1981年8月22日、旅行中の台湾で航空機事故に遭遇した向田邦子の突然の事故死は、山口に大きな衝撃を与えた。彼女の小説家としての才能を認め、直木賞受賞への後押ししていた山口は、向田への追悼文ともいえる「木槿の花」(916~923話)を、「男性自身」に連載し、“盟友”の死を悼んだのだった。 また、1983年7月「巴里祭」(1009話)より、山口は「男性自身」内に新趣向の小説スタイルとして、『私本歳時記』シリーズ47編(電子全集第6回と分割掲載)を連載。これは、ピート・ハミルの掌編小説『ニューヨーク・スケッチブック』に触発された掌篇小説を、週刊誌の連載に取り込む試みだった。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」(5)を寄稿。「庄助」名で、「男性自身」に度々登場した長男が、連載当時の山口家の様子や裏話、そして父への思いを綴る。
  • 山口瞳 電子全集6 『男性自身VI 1984~1987年』
    2,200円 (税込)
    「男性自身」の中に掌篇小説『私本歳時記』『梔子の花』が躍動! 「男性自身」1034~1235話までを完全収録。 収録作品は、「週刊新潮」1984年1月5日号の第1034話「冬木立」から、1987年12月24日・31日合併号の第1235話「忘年会」まで、連載掲載順に、単行本未収録1篇を含む202篇を完全収録。 週刊新潮「男性自身」の中で、掌篇小説を連載していく実験的な試みは、『私本歳時記』(1983年7月7日「巴里祭」から1984年6月28日「青田」)が全47編(うち前半21編は第5回巻に収録)、『梔子の花』(1986年1月23日「空っ風」から11月23日「秋時雨」)が全43編を数える。 また、1986年11月3日の誕生日に満60歳になった山口は、11月20日掲載の第1180話「還暦」から、本人の“絶筆宣言”により、また勝手に連載を中止できないという理由で、“日記体”となった「男性自身」が、1994年1月20日「大団円」(1535話)まで続くこととなる。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」(6)を寄稿。「庄助」名で、「男性自身」に度々登場した長男が、連載当時の山口家の様子や裏話、そして父への思いを綴る。
  • 山口瞳 電子全集7 『男性自身VII 1988~1991年』
    2,200円 (税込)
    昭和から平成へ。還暦となり小説を“絶筆”した山口が日記形式で紡ぐ歳時記。 収録作品は、「週刊新潮」1988年1月7日号の第1236話「看護婦」から、1991年12月26日号の第1434話「文殊堂の猫」まで、連載掲載順に199篇を完全収録。 1986年11月3日の誕生日に満60歳になった山口は、11月20日掲載の第1180話「還暦」で“絶筆宣言”したが、一方でこの人気の連載を勝手に中止できないという理由もあり、その解決策として、“日記体”となった「男性自身」が、1994年1月20日「大団円」(1535話)まで続いた。 実際、還暦後5年間で「男性自身」シリーズ以外に書かれた作品は、選評3本、エッセイ8本、サントリーの広告原稿2本のみであった。 時は昭和から平成へ激動の“バブルの時代”であった。そんな中、山口は飄々と、そして軽妙に、身辺雑記(野球や競馬観戦も含め)を、日記スタイルで「男性自身」を綴っていくのである。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」(7)を寄稿。また、「その後の江分利満氏」と評した還暦を過ぎた山口瞳への貴重なインタビューを収録している。
  • 山口瞳 電子全集8 『男性自身VIII 1992~1995年』
    2,200円 (税込)
    再び随筆形式に戻った「男性自身」は、山口の死をもって1614回で終了する。「男性自身」1435~1614話までを完全収録。 収録作品は、「週刊新潮」1992年1月2・9日合併号の第1435話「展覧会の初日」から、1995年8月31日号の第1614話「仔象を連れて」まで、最後半部分を、連載掲載順に180篇を完全収録。 1994年1月20日「大団円」(1535話)まで続いた“日記体”の文章は、「一人の老人がどうやって病を得て、どうやって死んでいくかを記録するつもりで書き始めた」と山口は語った。実際、還暦を迎えた山口の周りでは、親しくしていた師、先輩、友人たちが次々と亡くなっていく。ただ、「まだ生きている」ので、この狙いは挫折したとして、再び「男性自身」は随筆体となっていく。 1994年週刊新潮8月25日号から10月6日号まで7回に渡って連載された「涙のごはむ」は、先輩作家として敬愛していた吉行淳之介への鎮魂歌であった。さらに、1995年、病の床についた山口は、その闘病生活すらも「男性自身」の中で、赤裸々に語る。しかし、山口の死によって、8月31日号の第1614話「仔象を連れて」をもって、「男性自身」は突然、連載が終了するのであった……。 なお、付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」(8)を寄稿。また、山口が心から愛したサントリーの元会長・佐治敬三氏との晩年の対談、「再びトリスを飲んでハワイへ行こう」を収録。
  • 山口瞳 電子全集9 初期~1963年『江分利満氏の優雅な生活』
    2,200円 (税込)
    収録作品は、1946年12月発刊の同人誌「尖塔」に掲載された処女作「愛別離」(ペンネーム・富井高にて)から、第48回直木賞受賞作『江分利満氏の優雅な生活』単行本が発売された1963年「俺は19歳(5) 牛乳の朝」(PR誌「カトレア」に掲載)まで、小説、エッセイなど153作品を、初出掲載順に収録。 山口が作家として、その名を世に轟かせたのは、寿屋(現サントリー)宣伝部在籍中1961年に、新橋の酒場で知り合った雑誌「婦人画報」編集長・矢口純からの依頼で、雑誌連載をした小説「江分利満氏の優雅な生活」からであるが、「鎌倉アカデミー」在学中に発行した同人誌「尖塔」に 掲載した小説「愛別離」、詩篇「麻耶山麓」が、作家としての第一歩である。 当巻には、出版社勤務時代の雑誌「知性」の読者投書欄「知性サロン」の回答者原稿、寿屋時代の雑誌「オール讀物」に掲載されたPRページ「トリス相談室」、そして、國學院大學文学部卒業論文「鴎外―『鴎外的』な性格の成立」など、作家として本格化する前の貴重な山口の創作物も収録されている。 1963年1月には、『江分利満氏の優雅な生活』で、第48回直木賞を受賞し、続編『江分利満氏の華麗な生活』の連載のほか、「朝日新聞」の連載コラム「季節風」、「報知新聞」連載の「日本シリーズを読む」、など実に128作に及ぶ作品が、“二足の草鞋”を履いた“江分利満”によって書かれた、疾風怒濤の1年でもあった。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」 (9)を寄稿。また、國學院大學文学部卒業論文の山口自筆生原稿、「婦人画報」連載時の『江分利満氏の優雅な生活』のイラスト(盟友・柳原良平氏作)も収録。
  • 山口瞳 電子全集10 1964年『マジメ人間』
    2,200円 (税込)
    1964年作家専業生活に入った山口瞳の小説、エッセイ等全156作品を収録。プロ野球ルポエッセイ、企業訪問記など多彩な作品が並ぶ。 収録作品は、エッセイ「宇宙通信時代」(毎日新聞1月1日掲載)から、小説「俺は19歳 最終回 サヨナラ・パーティ」(PR誌「カトレア」12月)まで、1964年に発表された小説、エッセイ等全156作品を初出掲載順に収録。 1964年は、『江分利満氏の優雅な生活』で第48回直木賞を受賞後、前年末にサントリーを退社し、専業作家として走り出した年で、ジャーナリズムの世界では、「江分利満氏」は山口瞳の代名詞となり、取材記事のタイトルなどに使われ始めた年でもあった。 「江分利満氏」は、作者・山口瞳の等身大に近く、「江分利満氏キャンプを行く」などと、特に取材もののタイトルに「江分利満氏」が山口瞳の代名詞として使われることが増えてきたため、「江分利満氏」イコール「山口瞳」と考える読者が多くなってきたが、「江分利満」氏はすでに独立した人格を持って、一人歩きをし始めた。「江分利満氏」と、1964年6月に発表した短篇小説の題名である「マジメ人間」とが、山口瞳の代名詞として、その後、広く世に知れわたるようになる。 東京五輪開催に沸いた1964年は、山口自身は五輪よりもプロ野球に高い関心を寄せ、1月と2月には「キャンプめぐり」、3月から9月までは「野球時評」、10月2日から11日まで、「球場スケッチ」と題して、「日本シリーズ」の現地報告をするなど、プロ野球エッセイを年間通じて綴った一年でもあった。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」(10)を寄稿。
  • 山口瞳 電子全集11 1965年『結婚します』
    2,200円 (税込)
    “謎の多い”青春小説『結婚します』と、庶民の哀しみをユーモラスに描いた傑作『世相講談』など、小説、エッセイ等109作品収録。 収録作品は、小説「世相講談1 生き残り」(「オール讀物」65年1月号)から、エッセイ「生活の中の美学18 招宴」(婦人画報65年12月号)まで、1965年に発表された小説、エッセイ等109作品を初出掲載順に収録。 『結婚します』の単行本が発売されたのが、1965年3月5日。長らく、この作品は初出媒体不明の“謎の多い”作品だった。今回、電子全集収録に向けた調査で、「岐阜日日新聞」に1964年8月18日から、1965年3月18日に連載された、山口自身初の新聞小説だったことが判明した。 連載開始にあたって山口は「現代の結婚とは何かという問題を、サラリーマンの結婚をめぐる近代的コメディー調で描きたいと思う。ずいぶん欲ばった構想だが、精いっぱいがんばってみるつもりである」と語り、事実、清涼感に満ちた青春小説の佳作である。しかし、新聞連載終了前に単行本が発売されたという“謎”は解明されないままである。 また、約5年にわたり「オール讀物」に連載され、全54編の短篇小説から構成される『世相講談』(第11回~15回で全篇収録)は、山口瞳という小説家の数多くあるキーワードのうち、ここで謳われた「庶民」と「ユーモア」そして「哀しみ」という三つのキーワードを織り込んだ連作で、初期の作品の中で、特別な光彩を放つ傑作の一つである。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」(11)を寄稿。
  • 山口瞳 電子全集12 1966~1967年『結婚しません』
    2,200円 (税込)
    『結婚します』の作家が描く12人の女性像『結婚しません』と傑作『世相講談』13~35話など小説、エッセイ等103作品収録。 収録作品は、小説「結婚しません1 赤い大橋」(「婦人画報」1966年1月号)から、エッセイ「オバケだった実力日本一」(「東京中日新聞1967年12月25日)まで、1966~1967年の2年間に発表された小説、エッセイ等103作品を初出掲載順に収録。『結婚しません』は、「江分利満」シリーズを世に出し、作家・山口瞳誕生に一役買った「婦人画報」編集長・矢口純が、先に発行されて好評だった長編小説『結婚します』に目をつけ、「結婚は、結婚する当事者が確信をもって結婚を決意する時、適齢期を迎えるのである。私は『結婚します』の作家に、こうした12人の女性像を、12の短編小説にしてもらったことがある」と、あとがきで記した経緯で「婦人画報」に連載された作品で、高度成長期の世相や時代が映し出され、その中で翻弄されるBG(ビジネス・ガールの略)の恋愛観、結婚観が滲み出ている。 また、1965年から続く1話完結短篇小説「世相講談」は、当巻では「世相講談13 人生星取鏡」(「オール讀物」1966年1月号)から、「世相講談36 唐茄子屋」(「オール讀物」1967年12月号)まで24話が収録。単行本『世相講談』の推薦文で作家・吉行淳之介が「山口瞳は『庶民の味方』ではなくて、『庶民そのもの』のような人物である」と評したように、この作品には“山口瞳文学”の魅力が凝縮されている。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」(12)を寄稿。
  • 山口瞳 電子全集13 1968年『わが町』
    2,200円 (税込)
    国立の住人との親交と“町の匂い”を運ぶ『わが町』、恩師を描いた『小説・吉野秀雄先生』など、小説、エッセイ等70作品を収録。 収録作品は、 エッセイ 「同年同月同日生れ」(1968年「小説現代」新年特大号)から、エッセイ 「穴のグランプリ」(「東京中日新聞」12月21日)まで、1968年に発表された小説、エッセイ等70作品を初出掲載順に収録。 終の棲家となった国立市に越して5年、賃貸住宅を借り上げた山口は、この年「変奇館」と自ら名付ける新築の家を建てた。この旧宅の解体、新築、造園という過程を重ねながら、山口瞳は、少しずつ、国立の住人との親交を深め、国立を「わが町」としていったが、1968年4月14日から9月25日まで、朝日新聞日曜版に全25回の短篇連作小説『わが町』を連載する。 『わが町』に登場する、地元のタクシー会社の運転手たち、行きつけのうなぎ屋や居酒屋や酒場の人たちと、それらの店に集まってくるお客たちは、これ以降の山口の作品の中に、さまざまに形を変えては登場してくる重要な人物たちとなり、山口瞳の作品に中に、“町の匂い”を運んでくれることになる。 また、作家・山口瞳にとって重要な作品、『小説・吉野秀雄先生』は、『わが町』が、これからの山口瞳と“わが町”とのつきあいのはじまりを告げる作品だとすると、この作品は、歌人・吉野秀雄を書きながら、山口が青春のひとときを過ごした鎌倉大学校(後の鎌倉アカデミア)で師と仰いだ吉野秀雄とのふれあいと同時に、鎌倉大学校に在籍していた妻・治子と自分の恋愛と結婚を描いていて、あるひとつの青春に決着をつけている作品だと言うことができる。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」(13)を寄稿。
  • 山口瞳 電子全集14 1969年『なんじゃもんじゃ』
    2,200円 (税込)
    山口文学のもう一つの顔、紀行文学の嚆矢“昭和の弥次喜多”とも言える『なんじゃもんじゃ』など、小説、エッセイ等47作品収録。 収録作品は、 エッセイ「天皇賞の森安弘明 ならぶところなく抜き去る」(「優駿」1969年1月号)から、「なんじゃもんじゃ3 姥湯の夜嵐」(「オール讀物」1969年12月号)まで、1969年に発表された小説、エッセイ等47作品を初出掲載順に収録。 山口瞳の人生を大きく変えたのが1958年の寿屋(現サントリー)への入社である。1899年に創立された寿屋は、1969年に創立70周年を迎え、記念して出版された社史「サントリーの七十年」に、山口瞳が、創業者・鳥居信治郎を、開高健が、二代目・佐治敬三を、それぞれ描いて、寄稿する。山口瞳の『青雲の志について』は、1969年「小説新潮」7月号に転載され、一般の人々の目に触れることになる。  『なんじゃもんじゃ』の連載が始まったのが、1969年「オール讀物」10月号で、翌年まで14回にわたって続けられる。内容は、国立在住の「ほぼ五十歳と推定され」、「彫刻家であり、大工であり、家具屋であり、画家であり、陶芸家であり、瓦職人であり、書家であり、篆刻家であり、庭師であり、わけわからないが、とにかく、なんでも出来てしまう」という人物で、その風貌から「ドストエフスキイ」、略して「ドスト氏」との行う、弥次喜多旅行記である。 山口瞳の作品の中に大きな位置を占めるのが紀行で、『なんじゃもんじゃ』はその嚆矢にて、松尾芭蕉の「奥の細道」から、敬愛して止まない先輩の作家・内田百間の『阿房列車』までの紀行文学の伝統を継ぐものである。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録、「草臥山房通信」(14)を寄稿。
  • 山口瞳 電子全集15 1970~1971年『人殺し』
    2,200円 (税込)
    『人殺し』、『血涙十番勝負』、『けっぱり先生』等、1970~1971年に書かれた小説、エッセイ等87作品収録。 収録作品は、小説「小説将棋必勝法 八段二上達也」(「小説現代」1970月1月号)から、「どこ吹く風 19(完)長い道」(「小説新潮」1971年12月号)まで、1970~1971年に発表された小説、エッセイ等87作品を初出掲載順に収録。 1970年から1971年にかけての山口瞳は、「男性自身」シリーズの週刊誌連載のほかに、長篇小説『人殺し』の文芸誌連載と『けっぱり先生』の新聞連載、紀行エッセイの『なんじゃもんじゃ』、『血涙十番勝負』の連載、短篇小説『どこ吹く風』に連作連載のほか対談や座談会、さらに、年2回の「小説現代」新人賞の選考委員会という壮絶な流行作家の生活を送っている。 この時期の重要な作品の一つ『人殺し』は、安穏な生活を望む、中年の作家・井崎と、精神的な病を持つその妻・道子、そして、美貌ゆえに当たり前の女の生き方ができないホステス・瑛子という三人の主な登場人物を巡っての心理劇というような物語。1969年11~12月にかけての京都入院中に構想が練られ、「文學界」に15回にわたって掲載された山口瞳にとって、はじめての純文学誌での連載であった。 さらに、プロ棋士との対局の自戦記を小説として描いた異色のシリーズ『山口瞳血涙十番勝負』は、作家が書いた将棋本の最高峰ともいえる作品。第15回巻では第一番から第八番までの“名勝負”が収録されている。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録「草臥山房通信」(15)を寄稿。
  • 山口瞳 電子全集16 1972~1973年『考える人たち』
    2,200円 (税込)
    通勤電車の中の出来事を描いた『月曜日の朝』、『考える人たち』等1972~1973年の小説、エッセイ等241作品収録。 収録作品は、エッセイ「ことしの将棋界展望」(「北海道新聞」夕刊1972年1月4日)から、小説「続血涙十番勝負9 振飛車日本一、大野源一八段」(小説現代1973月12月号)まで、1972~1973年に発表された小説、エッセイ等241作品を初出掲載順に収録。 国立を舞台とした『わが町』(電子全集13回巻収録)に続く作品が、1972年の『考える人たち』。『わが町』では「せんせい」と呼ばれる「わたし」は、『考える人たち』では、「偏軒」となり、また登場する人たちは、イースト、ドストエフスキー、風船はじめ、コーガン、マチモロ、アガクシ、ウルサザキ、モットモ、ケケネツ、K子、コーザイなど、不思議な名前を付けられている。 『月曜日の朝』は、1973年に「週刊朝日」に連載された作品。担当編集者から、毎週月曜日の朝、広告制作会社であるサン・アドに出勤する山口瞳が、「その電車のなかの出来事を書いたら」という提案に押し切られて、1年間の連載を引き受けざるを得なくなり、カメラマン・田沼武能の写真とのコラボレーションというユニークな企画となった。単行本化(1976年)に際し、3800円という高額な「手のかかる、金のかかる本」は、短文の名品と造本の美しさをもって、その価値を裏切ることがないものとなった。なお、今回、単行本に掲載された田沼の写真全作品も収録される。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録「草臥山房通信」(16)を寄稿。
  • 山口瞳 電子全集17 1974~1975年『礼儀作法入門』
    2,200円 (税込)
    マナー本の名著『礼儀作法入門』、風景画を含めた紀行文『湖沼学入門』等1974~1975年に書かれた206作品収録。 収録作品は、小説「金曜日の夜1南京豆」(「週刊朝日」1974年1月4・11日号)から、エッセイ「湖沼学入門 9 林道霜雨」(「小説現代」1975年12月号)まで、1974~1975年に発表された小説、エッセイ等206作品を初出掲載順に収録。 山口瞳は流行作家としての多忙な日々の中、小学館から1974年6月に創刊されたばかりの、若者向けの総合雑誌男性雑誌「GORO」に、『礼儀作法入門』(連載時のタイトルは「礼儀作法」)の連載をはじめる。この連載は好評のため、1976年11月「続・礼儀作法 粋とは何か」(電子全集18回巻収録予定)まで、29回にわたって続くことになり、[マナー本]の名著として、山口の名を更に高めることとなる。 『月曜日の朝』とタイトルが対になった『金曜日の夜』は、東京郊外の街を舞台に風変わりな名前を付けられた人物たちの人間模様を描いた内容で、『月曜日の朝』、『考える人達』両作品の続編ともいえる作品。 また、この頃、山口は、風景画を描く心得を述べており、『湖沼学入門』(電子全集17回巻に第9話まで収録)と銘打った風景画を描きながらの紀行エッセイを「小説現代」で連載開始。湖や沼の岸辺でスケッチをしている老人のように、のんびりと風景画を描いてみるという趣旨で、その後の『迷惑旅行』、『新東京風景』等の画期的な紀行文学へ引き継がれていく。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録「草臥山房通信」(17)を寄稿。 この作品の容量は、46.6MB(校正データ時の数値)です。
  • 山口瞳 電子全集18 1976~1977年『迷惑旅行』
    2,200円 (税込)
    ドスト氏との紀行文第3弾『迷惑旅行』、初の随筆集『旦那の意見』等、1976~1977年に書かれた作品102作品収録。 収録作品は、小説「輪の中」(「群像」1976年1月号)から、エッセイ「迷惑旅行9 知多半島、篠島、大夕焼」(小説新潮1977年12月号)まで、1974~1975年に発表された小説、エッセイ等102作品を初出掲載順に収録。 1976年7月、首相だった田中角栄が逮捕されたことを受けて、山口瞳は「中央公論」10月号に、「下駄と背広――私小説的田中角栄論」を寄稿した。この中で、「田中角栄の履歴は私の父とよく似ている」と、生涯和解することのなかった父親・山口正雄のことを、田中角栄と重ねて書いた、この「私小説的田中角栄論」は、後年、長篇小説『家族(ファミリー)』として結実する。山口瞳は、この「下駄と背広」を芯にして、最初の随筆集『旦那の意見』を刊行する。「文学寄り、文壇寄り、という、いわば、小説家の随筆集を出してもらうのは、これが初めてのことになる。」(同書あとがきより) 一方、“盟友”ドスト氏との紀行文『迷惑旅行』。このシリーズの最終回は、「父祖の地佐賀、塩田町久間冬野」(第19巻に収録)と題して、「五十一歳にして、はじめて訪れた父祖の地」である塩田町への訪問のことが書かれている。この時期、山口瞳は一族の秘密を暴かなくてはならないということに苦悩しながら、しかし、小説家としての本能に衝き動かされるように、書き下ろし長篇小説を準備するという「衝撃に向かって突き進んで」いくのだった。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録「草臥山房通信」(18)を寄稿。
  • 山口瞳 電子全集19 1978~1979年『血族』
    2,200円 (税込)
    自分の家族の生涯を赤裸々に綴った私小説『血族』を始めとして、1978年~1979年9月までに書かれた67作品収録。 収録作品は、エッセイ「人生仮免許」(朝日新聞ほか1978年1月15日)から、小説「昨日の今日」(「小説現代」1979年9月)まで、1978年~1979年9月までに発表された小説、エッセイ等67作品を初出掲載順に収録。 山口が初めて書きおろした長編小説『血族』は、美しく奔放で、好きなように生き、自らのことをほとんど語ることなく亡くなった母について、幼い頃に目にした光景、家に出入りしていた人たちの言葉、そして数々の資料をひもとき作者は自らの出自の謎に迫り、その過程を、母の思い出などを交えて綴った作品である。登場する人物は、直接関わりのない人々がイニシャルになっているのをのぞけば、親族はみな実名であり、“私小説”の傑作として、山口瞳を代表する作品として、第27回菊池寛賞を受賞した。 また、1978年1月15日(成人式)の朝日新聞はじめ全国紙に、山口は「人生仮免許」というエッセイを掲載した。これは、法的に飲酒が許される[新成人]に向けて、山口瞳が、酒の飲み方や礼儀作法を説くという、サントリーの新聞紙全5段の広告企画であった。4月1日の[新入社員に贈る]と共に、人気のある年中行事となって、以後、山口瞳が亡くなる1995年まで、17年間書き継がれることになるのである。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録「草臥山房通信」(19)を寄稿。
  • 山口瞳 電子全集20 1979~1980年『兆治』
    2,200円 (税込)
    後に映画化され大いに話題を集めた小説『兆治』を始めとして、1979年10月~1980年までに書かれた43作品収録。 収録作品は、小説『兆治』(「波」1979年10月~1980年11月。単行本化の際に『居酒屋兆治』と改題)から、エッセイ「武蔵野写生帖9 回想の目白界隈」(「芸術新潮」1980年12月)まで、1979年10月から1980年までに発表された小説、エッセイ等43作品を初出掲載順に収録。  『居酒屋兆治』は、連作的長篇小説として「波」に連載されたときには、単に『兆治』という題であった。この、素っ気ない題名に、山本周五郎の時代小説の世界、たとえば、「さぶ」の世界を、現代に舞台を変えて書こうという山口瞳の意気を感じないわけにはいかない。愚直なまでに、損な道を進んでしまう不器用な兆治と、なにをしても不幸を呼び込んでしまうさよ、兆治に陰険な仕打ちをしたがる上司など、舞台を江戸時代の下町に変えると、このまま、山本周五郎の時代小説の世界になるのである。『兆治』を原作として、昭和の大スター・高倉健が主演した映画『居酒屋兆治』が、1983年に公開される。この映画では、舞台は北海道の函館に変えられ、それに伴って、兆治が辞めた会社が造船会社、さよが働いていたキャバレーがある旭町が、ススキノに変わっていた。  画文の紀行文『武蔵野写生帖』は、美術専門誌の「芸術新潮」(新潮社発行)に連載された。いつもの旅で相棒であったドスト氏の同行はなく、これまでの、絵と会話を楽しむ旅行とは違った印象の画文紀行文で、20巻、21巻の2巻に分けて全編を収録する。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録「草臥山房通信」(20)を寄稿。
  • 山口瞳 電子全集21 1981~1982年『草競馬流浪記』
    2,200円 (税込)
    全国27カ所ある公営競馬場(当時)を踏破した紀行文『草競馬流浪記』を始め、1981~1982年に書かれた108作品収録。 収録作品は、エッセイ「無惨なり!90番」(「オール讀物」1981年1月)から、エッセイ「草競馬流浪記 12―――名古屋土古の砂嵐」(「小説新潮」1982年12月)まで、1981年から1982年に発表された小説、エッセイ等108作品を初出掲載順に収録。 当時の山口瞳は、紀行作家とも言うほど旅続きの時期だった。1979年7月に始まった名コンビ・ドスト氏との『酔いどれ紀行』(連載7、8回目の「酒田、鶴岡、冬支度」、「横浜、一見英国紳士風」を当巻に収録)や、画文紀行「武蔵野写生帖」の連載も続いている。そのような時期に、「旅」(日本交通公社発行)1981年5月号から、全国27カ所にある公営競馬場(当時)を踏破する、『草競馬流浪記』という文字通り前人未到の連載紀行を開始する。 また、1982年5月号から始めた、「新潮45+」(新潮社発行)の将棋対局の自戦記「将棋おちこぼれ教室」は、「奈津ちゃんは成人式の巻」と「泰明君は名人候補の巻」の2つの自戦記を書いたあと、「われ敗れたり―――将棋界引退の弁」を書き、体調の都合によって、この企画を突然、中止してしまう。 この2年間に発表された小説は短篇ばかりの7篇。1983年に発表される書き下ろし小説『家族』(『血族』の続篇ともいえる作品)の構造を練っていたのかもしれない。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録「草臥山房通信」(21)を寄稿。
  • 山口瞳 電子全集22 1983~1984年『家族(ファミリー)』
    2,200円 (税込)
    『血族』の続篇、実父について綴った『家族』を始め、1983~1984年に書かれた小説、エッセイ等65作品収録。 収録作品は、エッセイ「正直貧乏」(「朝日新聞」ほか1983年1月15日 サントリー広告より)から、エッセイ『温泉へ行こう』16「奥鬼怒、露店風呂めぐり」(「新潮45+」1984年12月)まで、1983年から1984年に発表された小説、エッセイ等65作品を初出掲載順に収録。 1981年5月より雑誌「旅」誌上(途中から「小説新潮」)で連載開始された、全国27箇所(当時)の公営競馬場を巡る紀行文「草競馬流浪記」は、1983年11月の第21話「旅の終わりの帯広、岩見沢」にて完結した。また、1983年5月「新潮45+」で予告篇「西伊豆早春賦」を皮切りに、全国の湯治場を“山口組”が巡る温泉紀行文『温泉へ行こう』の連載が開始。1983年10月「回想の中房温泉」から、1985年4月「呉越同舟、汪泉閣の宴のあと」(山口瞳電子全集23に収録予定)まで、予告篇を含め全21回の旅となった。 そんな多忙な日々の中、1984年4月に3年ぶりの長篇小説『家族(ファミリー)』が、書き下ろし作品として刊行される。この作品は、その中で書かれているように、「『血族』という小説を書いた。そうしてそこから押しだされるようにして父のことを考えずにはいられない立場に追いこまれる」こととなった山口瞳が、『血族』(実母の半生について書かれた私小説)の続編として、書かなければならなくなった作品であった。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録「草臥山房通信」(22)を寄稿。
  • 山口瞳 電子全集23 1985~1986年『新東京百景』
    2,200円 (税込)
    還暦を迎え、小説“絶筆”宣言をした1986年11月。画文紀行文『新東京百景』他、1985~1986年に書かれた64作品。 収録作品は、エッセイ「晩年」(1985年1月「別冊文藝春秋」170号)から、エッセイ『新東京百景』9「深川ロフト、浅草ROX」(1986年12月「小説新潮」)まで、1985年から1986年に発表された小説、エッセイ等64作品を初出掲載順に収録。 1986年(昭和61年)、11月3日の誕生日に、山口瞳は満60歳、還暦を迎えることになり、これを期して、絶筆を宣言するが、連載と以前より約束してあった原稿については、その限りでないとした。第23回巻に収録された小説も「庭の砂場」(1985年11月「オール讀物」)と「窮すれば」(1986年2月「小説新潮」)の2作の短篇小説と、「誰にでも青春があった」という編集部企画のために書いた中篇小説「-に-を掛けると」(1986年9月「オール讀物」)のみと大変少ない。 紀行エッセイのための旅行は、1983年から続いていた『温泉へ行こう』の連載が1985年の「呉越同舟、王泉閣の宴のあと」(「新潮45+」3月号)をもって完結し、代わりに、1986年「小説新潮」4月号から、画文紀行の『新東京百景』の連載をはじめる。その第1話は「新宿超高層ビル群の夜と昼」と題して、変わりゆく新宿の夜景を中野サンプラザからの夜景を見事に描いている。第23回巻では第9話までを収録。また、1986年よりサントリーPR誌「リカーショップ」で連載された『行きつけの店』11編も当巻末に収録した。  付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録「草臥山房通信」 (23)を寄稿。さらに山口瞳がサントリー勤務時代“編集長”として辣腕を振るったPR誌「洋酒天国」の巻末「編集後記」の資料もすべて見られるようにした。 EPUB68.7MB(校正データ時の数値)。 ※この作品にはカラー画像が含まれます。
  • 山口瞳 電子全集24 1987~1988年『行きつけの店』
    2,200円 (税込)
    小説“絶筆”宣言後、エッセイ『新東京百景』、『行きつけの店』を始め、1987~1988年に書かれた45作品収録。 収録作品は、エッセイ「続・不老こう」から、エッセイ 「剣豪作家と山下清」まで、1987年から1988年に発表された45作品を初出掲載順に収録。 1986年11月3日の誕生日に、山口瞳は満六十歳、還暦を迎え、これを期して絶筆を宣言するが、 連載と以前より約束してあった原稿(エッセイ、コラム等)は書き続けていた。 1986年より「小説新潮」に連載していた紀行文『新東京百景』は、10回「光が丘のインディアン・サマー」から、 最終回にあたる19回「日比谷映画街、大団円」まで収録。 完結後直ぐに、「サントリークォータリー」29号から、1986年に「リカーショップ」で連載していた『行きつけの店』の続篇が始まる。 山口瞳は、特に「行きつけの店」を大切にしていて、それは、「旅館、料亭、小料理屋、酒場、喫茶店などは文化そのものだと思っている。 そこで働く人たちも文化である、私自身は、そこを学校だと思い、修業の場だと思って育ってきた」(エッセイ「時の移ろい」より)という思いからであった。 今回は、特別付録として山口の妻・治子が山口の没後、その思い出を語った、入手困難なエッセイ『瞳さんと』全編を収録している。 ※この作品にはカラー画像が含まれます。
  • 山口瞳 電子全集25 1989~1992年『旅する人よ』
    2,200円 (税込)
    小説“絶筆”宣言後、エッセイ『行きつけの店』を始め、1989~1992年に書かれた69作品収録。 1989年~1992年の4年間、小説はなく、1963年から連載中のエッセイ「男性自身」は1989年11月20日初出の「還暦」から、 1994年1月20日初出の「大団円」まで、日記体形式で日々の身辺雑記を、多くの作家仲間との別れを、昭和から平成へと時が移ろう中、 淡々と綴っていくのであった。 特に、1990年5月3日、作家・池波正太郎が逝去する。敬愛する先輩作家の死に際し、千日谷の斎場で執り行われた告別式で、 山口瞳は弔辞「旅する人よ」を献じた。 ライフワークともなっていた『行きつけの店』も、1992年8月「サントリークオータリー」40号に収録された 「国立・谷保の文蔵のモツ焼キ」の回が全23回の最終話となる。 付録として、電子全集の総監修を務める、山口瞳の長男・山口正介が回想録「草臥山房通信」(23)を寄稿。 また特別付録として国立の山口邸「変奇館」内部を貴重な特別撮影写真で紹介する。 ※この作品にはカラー画像が含まれます。
  • 山口瞳 電子全集26 1993~1995年『吉行さんのいない銀座なんて』
    2,200円 (税込)
    山口瞳電子全集の最終巻。1993年~逝去する1995年8月までに書かれた47作品と未掲載3篇、座談・対談98篇を収録。 収録作品は、エッセイ「川端家での一日」から、第113回直木賞選評「思いが深ければ」まで、1993年から1995年に発表された47作品を初出掲載順に収録。 また、電子全集編纂作業中に発掘した貴重な作品3篇も収録。 1994年7月26日、兄事していた、作家・吉行淳之介が死去。「週刊新潮」8月25日号の男性自身で、7回連続で追悼の記を書いた。山口自身は前立腺の手術のため慶應病院に入院中で、7月28日の吉行の葬儀に出席できなかった。 1年後、山口瞳にも“最期”の時が訪れる。1995年8月29日、肺がんのため、聖ヨハネ会桜町病院ホスピス棟にて死去。満69歳だった。 山口が亡くなるまでの経緯は、同巻の付録として収録した長男・山口正介の手記『ぼくの父はこうして死んだ「男性自身外伝」』に詳しい。 また、最終巻の特別篇「対話集」として、1963年の「江分利満氏の優雅なお色気」から、1995年の「おいてますます楽しき馬券」まで、 野坂昭如、伊丹十三、大原麗子など、各界の有名、著名人との座談・対談を98篇(のべ77人)掲載。さらに、社内誌に1度だけ掲載された、幻のエッセイ「通り過ぎた人」を初めて収録。 付録として、電子全集の総監修を務める山口正介の回想録「草臥山房通信」(26)のほか、監修者・宮田昭宏制作した「山口瞳年譜」も掲載される。 ※この作品にはカラー画像が含まれます。

※期間限定無料版、予約作品はカートに入りません

山口瞳 電子全集5 『男性自身V 1980~1983年』 のユーザーレビュー

\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

レビューがありません。

山口瞳 電子全集5 『男性自身V 1980~1983年』 の詳細情報

閲覧環境

  • 【閲覧できる環境】
  • ・ブックライブ for Windows PC(アプリ)
  • ・ブックライブ for iOS(アプリ)
  • ・ブックライブ for Android(アプリ)
  • ・ブックライブ PLUS for Android(アプリ)
  • ・ブラウザビューア

※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。

この本をチェックした人は、こんな本もチェックしています

山口瞳 電子全集 の最新刊

無料で読める 小説

小説 ランキング

山口瞳 のこれもおすすめ

同じジャンルの本を探す