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Posted by ブクログ
法然の説く浄土宗の入門書であるが、宗教そのものにあまり関わる機会がなかった人向けに書かれている。阿満氏は冒頭で、「あの世」の実在を信じなくて久しい現代の文明社会においてなお、なぜ宗教が必要かを述べる。
曰く、人は物事に「意味」づけを求めるものであり、それは親しい人の死や自らの不治の病という「納得」が容易でない不幸に対しても同様である。そこで、生と死、幸福と不幸といった人間の営みに「納得」を与える「物語」が求められ、宗教がこれにあたっているのだという。この考え方には同意できる。
浄土宗の与える「物語」のうち私なりに「納得」感が得られたのは、「死後は平等」という浄土の姿と、平等であらんが故に成仏の条件を「為心念仏」という極めて容易な行為に求めた合理性である。
「念仏さえ唱えれば成仏」という教えは、浄土宗が爆発的に広まる一因となったが、支持を得んがための大衆化(ポピュリズム)とも見られかねない。しかし、念仏をもって死後の平等が約束されることにより、末期としか思えない現世であっても、前を向いて歩いていこうという気持ちを呼び起こす。来世の「物語」が現世の人に生きる「意味」を与えることこそが、法然の教えの魅力であろうと思う。
Posted by ブクログ
「専修念仏」の立場を説いた法然の思想について、著者がみずからの解釈を提示している本です。
著者は、親鸞にくらべて徹底性を欠くと評価されることのある法然のことばを検討し、「対機説法」という観点からその解釈を試みています。また、武内義範や田村圓澄らの解釈を参照しつつ、法然が世俗的倫理とは異なる立場における倫理を示していたと主張しています。著者は、念仏を唱えることにおいて阿弥陀仏が私のなかで働くことになると考えており、そのうえで「念仏に出逢う」ということが、みずからの悪業に気づき懺悔をおこなうことによって開始されると述べます。「出家」とは、そうした念仏と出逢い阿弥陀仏の悲願がみずからにおいて実現されることの「シンボル」であると主張しています。
宗教への関心が希薄になってしまった現代に生きる人びとにとって専修念仏の教えがもつ意味をわかりやすく解説することが、本書のねらいだといってよいでしょう。そうした著者のねらいは十分に果たされていると考えますが、その一方で、法然の思想を彼の生きた時代のなかで解釈するという立場からは、やや逸脱している叙述があるのではないかという印象もいなめないように思います。
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