グロテスクな教養

グロテスクな教養

ビジネス・実用
792円 (税込)

3pt

大正教養主義から、八〇年代のニューアカ、そして、現在の「教養崩壊」まで、生産・批判・消費され続ける教養言説の底に潜む悲喜劇的な欲望を、さまざまな側面から映しだす。知的マゾヒズムを刺激しつつ、一風変わった教養主義の復権を目指す、ちょっと意地悪で少しさわやかな教養論。

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グロテスクな教養 のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    多くの教養論のレビューした本書はもっと早い段階で読んでおきたかった。社会階層、文化資本、育ちの良さ、学歴社会、そして学力の議論をひっくるめた神聖喜劇のような状況を「グロテスクな」とした表現には、清々しさを覚えた。個人的にこの表現があてはまるものが一つある。それは「大学」だ。

    大学には思いつくだけでも次のような意味が付与されている。(1)学問的に認識し、精神的に生きようとする人々を集めたもの 、(2)教養教育を含む大学教育、(3)大学ないし大学院における研究を通じた教育、(4)教員・研究者による研究、(5)大学は研究と方法の態度の訓練の場、(6)職業教育、(7)中等学校と同じようなカレッジの側面、(8)専門職大学院、(9)サービスステーションの性格、(10)その他の専門教育。これらを含む「大学」を、さらに一つの文書・チャンネルで監理しようとすると、その手段が余計にグロテスクになる。著者の言葉を借りると「厳粛と言っていいのか滑稽と言っていいのか、笑っていいのか泣くべきなのか分からない」という状況だ。このように、教養と大学には共通項があると思えた。

    しかし、その先に考えるヒントも与えてくれている。「教養は、自分自身をどう見るか、他者にどう見られたいか、他者をどう見るか、ということと結びついている(233頁)」。結局教養は自分で定義するしかない。だとすると大学も大学自身で規定するしかないのだと考えることができる。

    自己規定するために、まず必要なのは「教養」であるはずなので、それを身につけなければならない。と考えてしまうあたりで、いつものループに陥っている自分がいる。旅はまだまだ続く。

    0
    2013年11月08日

    Posted by ブクログ

    多くの内向的な文系男子(今は中高年)がとらわれている病を、冷徹にしかし(たぶん)愛をもって指摘。指摘されて自分が嫌になるが、でも、もう一度読みたい気もする。そんな一冊。

    0
    2012年03月17日

    Posted by ブクログ

    「教養とは何か。」

    この疑問を持つ者には、数々の問いかけを投げかけられる良書であると自信を持って薦められる。

    語り口は少し難しいものの、興味深い記述に溢れていて本当に勉強になった。
    これからも、教養とは何か、いかに生きるべきかを考えていきたい。

    0
    2011年02月20日

    Posted by ブクログ

    自分の臓物を見せられてるような、まさしくグロテスクな気持ちになった。
    自分の中の何か屹立したと思っていたものが瓦解したうえで、次に出てきたのが「いかに生きるべきか」だったのは、皮肉、滑稽の極みではないか。
    さて、これからどうしよう。

    0
    2026年06月29日

    Posted by ブクログ

    自分自身の教養コンプレックスを自覚することができた。
    教養コンプレックスとブルジョアコンプレックスの違いも確認できた。
    ひとびとが教養と呼ぶものの正体も掴むことができた。
    これでもう怖いものはない。

    0
    2013年05月21日

    Posted by ブクログ

    教養に対する様々な言説を紹介・分析している。ただ他の読者も指摘しているように読みづらい部分があるのも事実。一度読む価値は十分にあると思う。

    0
    2013年01月03日

    Posted by ブクログ

    楽しく読めた。文章にユーモアがあって楽しめたのだと思う。自分は「教養」がないとよく思うのだけれど、では「教養」とは何かといわれるとよくわからないし、この本を読んでもわからない。印象に残ったのは、「大学で何を専攻したかに関わらず、就職する健全な意志を持つ」というフレーズかな。うろ覚えだけれども。あとは、教養とは批判精神のことだといっていた人がいたということ。

    0
    2011年09月03日

    Posted by ブクログ

    文章にアイロニカルな表現が多く、やや読みづらいが、「教養」をめぐる言説に対する分析・考察は鋭く面白い。

    0
    2009年10月04日

    Posted by ブクログ

     旧制高校時代から戦争をはさみ、ニューアカまで……「教養」や「教養主義」についての言説をちょっと意地悪な視線で俯瞰するのが本書。筆者のときに照れたようなときにひねたような、愛憎半ばするその文体が魅力的だ。今、「教養について語ること」そのものがグロテスクなのを重々承知しながら、愛ゆえに語らざるをえない……というのが萌え。

    「教養」が常に人を磨くとは限らない。それどころか今「教養主義」と言えば、素直に悪口ととったほうがいい。人より多少本を読んだからといって何がエラいの? それより求められているのは「コミュニケーション能力」なんだよ! (というのが現代なんだろうが……、その「コミュニケーション能力」ちうのもそうとういやったらしい言葉だとオレは思う)
     エリートが、「いかに生きるべきか」(=これこそ“教養”の正体)を独占してきた時代は終わり、誰も彼もが……いやむしろニートであるからこそ「自分探し」に狂奔するようになった。その「教養」と「自分探し」の間に横たわるものについて、すこし考えてみたくなる本だった。

    0
    2014年03月30日

    Posted by ブクログ

    大正から現在に至るまでの「教養」を巡る言説の変遷を“教養主義者”的観点に基づいたアイロニカルな筆致で紐解く“教養言説の展覧会”。
    『神聖喜劇』を読み途中で投げ出した身としてはこの論考の真髄がなんたるかを理解するには至らなかった悔しさがあるが、いわゆる「エリート」や「知識人」達の言説を丁寧に拾い上げて各時代の要請と連結させていく様はまさに“展覧会”という言葉が相応しく、各章に満遍なく知的好奇心を揺さぶる面白さが散りばめられている。高等教育機関に焦点を絞るという著者の明瞭な意図も清々しく、その潔さにおいて著者が自嘲気味に使っている“いやーな気持ち”になることはなかった。
    「教養」について関心のある者なら、このグロテスクな展覧会に一度足を運んでみても損はないだろう。

    0
    2011年08月01日

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