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※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ベンヤミンをはじめ、二十世紀の歴史を生き切った人びとの言葉へ、詩人が旅した記録を集成。それぞれの場所、それぞれの風景の声に耳を澄まし、二十一世紀への宿題となったパトリオティズムの行方を確かめる備忘録。
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Posted by ブクログ
地図を眺めながら読みすすめるとその土地に、その時代にいる気持ちになれる。読み終えた本を抱えてその土地に行き、その本をよみこんでいく。
長田弘の声は低く静かに響いてくる。たとえそれが戦争についてであっても。「私の20世紀読書紀行」と副題にある通り、読書をして知り得た人や場所への旅を通して、20世紀とはどういう時代であったかを振り返る紀行文集。 自身が著名な詩人である著者の旅には、心に残る「詩人」の墓を訪ねたものが多い。20世紀は「...続きを読む戦争と革命の世紀」と呼ばれる。なかでも、スペイン市民戦争に関する詩人の関心は他を圧している。G・オーウェルの『カタロニア讃歌』をもとに歴戦地を訪ねる章は圧巻である。また、マヤコフスキーやエセーニン、パステルナークなど、スターリニズム化したソヴィエト・ロシアに生き、苛酷な人生を生きた詩人たちについても多くのページが割かれている。 全編を貫く主題は、ナショナリズムとパトリオティズムという似て非なる二つのイズムだ。どちらも愛国心と訳されることが多いが、二つは微妙にちがう。詩人の言葉を借りるなら、「ナショナリズムが政治の問題であるなら、パトリオティズムは日常の問題である。ナショナリズムがイデオロギーの問題なら、パトリオティズムはライフスタイルの問題である。」詩人の立場ははっきりしている。パトリオティズムは肯うが、国家がそれをナショナリズムに置き換えようとする動きには異を唱える。 しかし、何よりも詩人が大事にするのは、「わたし」という存在。義勇軍としてスペイン市民戦争に参加した三人のイギリス人が、戦場から故国に待つ人に寄せた手紙を素材に、それぞれの戦いを論じた「ある詩人の墓碑銘Ⅰ・Ⅱ」で、最も自分に引き寄せて語っているのは、文学者としてでなく、ひとりの「わたし」としての死を死んだ若き詩人ジョン・コーンフォードである。 ダーウィンにはじまる家系に生まれ、ケンブリッジはトリニティ学寮のフェローを父に持つ青年が、自分を取り囲むアカデミックな環境に反撥を感じ、スペインで勃発した共和国の危機を契機として参戦する。そして、結果的には後に無謀な戦いであったとされる戦いであっけなく命を落とす。 詩人は、その青年の父母、祖父母の代にまで遡り、彼の父祖たちの交友関係を描き出してゆく。B・ラッセルやT・E・ヒューム。E・M・フォースターやL・ストレイチーらブルームズベリ・グループなどのイギリス思想界や文学界を彩った人々が入れ替わり立ち替わり現れては去ってゆく。 平和主義者として戦争に反対する者がいる。あえて、戦うことに意味を見つける者がいる。また、そのどちらにも拠らず、冷笑して憚らない者がいる。それぞれにそれぞれの考えがあり、立場がある。彼らはイギリスだけではなく、世界の思想界を代表する人々である。詩人は、しかし、それらの人々とは異なり、名もない庶民の中に分け入って、ひとりの「わたし」として従軍したジョンの父やジョンその人に思いを寄せているようだ。 しかし、である。「わたし」という存在は、わたしであるようでいて、そう簡単に「わたし」ではない。詩人は、シンガポールで日本人だと分かると、マッサージハウスに連れて行こうとするタクシー運転手に辟易しながら、ここでは、「わたし」はわたしではなく「日本人」なのだということをいやでも思い知らされる。 叙情的に描かれるスペインやロシアの慎ましやかな村の風景や素朴な人々の佇まいに、この詩人ならではの優しさが感じられるが、「わたし」という存在を自明なものと信じて疑うことを知らない現代の日本人に向けて、静かにしかしねばり強く問いかける詩人の声は重い。ネット上で声高にナショナリズムが叫ばれる今日であるからこそ、手にとってみる価値のある一冊ではないだろうか。
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