無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
第175回芥川賞候補作
人生を切りひらく決断と成長の一手
京都にある味噌製造会社につとめるわたし。ある冬の寒い朝、出勤すると社内のあちこちでささやかされる噂にになつかしい名前を聞く。
「亡くならはってん、黒野田さん」
かつてわたしが心のなかでこっそり「ソリティアおじさん」呼ばわりしていた人が死んだ。
「火事やってんて」
ひょんなことからソリティアおじさんの通夜に参列したわたしは、ずるずると交際の続く恋人、将来の見通しのたたない仕事、それぞれに踏ん切りをつけるためある決断を下す。
軽妙な京都弁で女性の内面を鮮やかに描き、誰にでもある変わらぬ日常におとずれる些細な変化こそが、人生の行き先を変える様を控えめに、けれど確かに物語る胸に染み入る傑作小説。
ソリティアのように無数の選択肢がある人生で、わたしが選んだ次の一手。クリアとなるか、手詰まりか。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
親戚のたけしおじちゃんが亡くなったのは、
社会人2年目の冬だった。
私の実家は一階が車庫で、
その中に小さな事務所があった。
父の実家がやっていた電器屋の名残りみたいなもので、そこにはいつもたけしおじちゃんがいた。
ひいおばあちゃんの血の繋がらない息子。
私の親戚で、一番好きなおじちゃんだった。
学校から帰ると玄関に入る前に、
たけしおじちゃんのいる事務所に向かった。
おじちゃんは、当たり前のように「おかえり」と
言ってくれてその頃はディアゴスティーニが出してた戦艦大和の模型を作っていた。
「これおじちゃんが作ったの!?」
「そやで。綺麗に塗れとるやろぉ」
そう言って頭を撫でてくれた。
その手が分厚くて柔らかくて好きだった。
私が中学か高校の頃には仕事は辞めて、
事務所も潰して大きな車庫になった。
おじちゃんに会うのは、おじちゃんの孫が産まれた時とかそれくらいになった。
「たけしおじちゃん、大腸癌だったんだって」
おじちゃんが亡くなった連絡を親からもらった翌日。仕事を早退して行ったお葬式でそう聞いた。
あんなに近かったはずなのに、
気づいたらおじちゃんがどんなふうに生きて、
いつから癌と闘っていたのか、何も知らなかった。
日々の忙しさに自分が死んでいって、
大事な月日を忘れてしまっていたこと。
細くなったおじちゃんの体や顔、手を
まっすぐ見れなかった。
本作「ソリティアおじさんがいた頃」は、
深い接点のなかった会社の元社員「ソリティアおじさん」の訃報を聞いた主人公が、その死から自分の人生を考える物語だ。
ずっと、主人公は考え続けている。
考えている頭の中の声を聞かされているような物語の進み方に、妙な親近感が湧く。
「あー確かにな」
「それはちょっと違うんちゃうん?」
なんて、私も頭の中で考える。
主人公はソリティアおじさんの過去やプライベートな人生は知らない。
ただ、少しだけ身近な人の死を前にして、
どう生きてどう考えていたのかに思考を馳せて、
じゃあ私って?じゃあ私の恋人って?と付随させた自分の人生を考える。
私が知らなかったたけしおじちゃんの時間。
家族がいて、仲がよかったおじちゃん。
私たちのことも大事にしてくれたおじちゃん。
棺桶に入った「おじちゃん」だった身体。
もういない「おじちゃん」という人の考えや人生。
30歳。恋人と二人暮らし。
社会人に復帰できて半年。
たけしおじちゃん、私どんなふうに生きていくのが
いいと思う?
そんなこと聞かれても困るかもしれないけど。
子供の時、本当に仕事してんの?ってずっと思ってた、ごめんね。
ディアゴスティーニ、すごいと思ってたけど仕事いいの?って思ってたよ。
この作品のおかげで、
私もふと蘇る思い出があって、
少しだけ今の私に新しい気持ちが生まれる。
そんな思いにさせてくれる作品でした。
Posted by ブクログ
文學界新人賞受賞時に誌面に掲載されたものを読んだ。
ソリティアおじさんと呼ばれる(主人公・瑠奈が勝手に呼んでるだけ)元同僚が死んで、それによって起こる主人公の心の変化を描いている。
といっても、ソリティアおじさんは瑠奈にとってそんなに近しい人ではない。ので、例えば身内が亡くなった時のような、そこまで大きな衝撃があるとかではない。ではないのだけど、それでも彼との少ない思い出を振り返って、考えて、それによって微妙に揺れた心が、自分の生活にも影響して……というのが丁寧に描かれている。京都弁の語り口も軽快で、この作品の雰囲気作りにとても効果的だと感じた。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。