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結婚。それは祝祭か、墓場か
2度の結婚に離婚を重ね、新たなパートナーと3度目の結婚を、今度は事実婚をしようと考えていた。自分の元の姓はあまりに複雑怪奇だし2度目の夫の姓を名乗るのは嫌だから、1番目の元夫のOに姓を戻したうえで。
家庭裁判所で2年前にもらったままだった氏の変更許可書を手に、姓の変更を完遂させようと役所へ向かう。書面に期限が記されていないことはよくよく確認済みだ。しかし、窓口で言い渡されたのはまさかの一言だった。「今日から法律が変わりました」。
なぜ女性ばかりが姓の変更にまつわる理不尽にぶちあたらなければならないのか? 再々婚を目前に思うのは、姓という一見マイナーチェンジな変更の裏で、法律婚が男女関係に少しずつ変容を強いてくる見えない制度の作用だった。
しかし、天啓のようにあるアイデアを思いつく。私にはパートナーの姓を選ぶでもなく、自分の元の姓に戻すでもない、第三の道があるではないか。その選択は法律婚が本来想定していない、いわば制度の埒外にある、最も男女平等な結婚の形に違いない。
身に降りかかった偶然の珍事によって、姓の変更、そして結婚下の男女の力学をつぶさに見つめ、考察する長い旅に出る――「自分を譲り渡してはならない」。漫画家・鳥飼茜さんによるグルーヴィーかつ笑える令和の名エッセイが誕生!
結婚中の人、過去に結婚していた人、結婚なんて大嫌いな人――パートナーとの関係が気になるすべての人へ。
制度や社会だけではない、個人もまた、結婚を前に歪んでいるのだ
――金原ひとみ
結婚が、苗字変更が、私たちからものすごく大切なものを奪う、
その切実さをこんなに鮮やかに面白く描いた凄みのある文章はかつてあっただろうか?!
いやない!
――鈴木涼美
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Posted by ブクログ
離婚後も1回目の結婚時の夫の姓を名乗っていた著者が3回目の結婚をする場合、もし夫となる人が妻側の姓にするならば、その名字はもはや妻も夫もそれぞれの生家とは関係ないものとなり、当人2人だけの純粋な、ある意味本来の結婚という形に近くなり得るのかも。
名字を変更するのは確かに面倒で、過去の自分を切り離される感覚があるのはよく理解できる。そして過去それを担ってきたのはほとんど女性という事実。
途中の美容師さんの話で気が重くなる。既得権益を得ている側の人が、権利を主張するなら自分たちを納得させる理由を挙げてみろ、というのは横暴すぎるし、きっとこういう人達のせいで世の中がなかなか変わっていかないんだな。
それにしても、名前にふりがなをふるのが必須になるという法律はすぐ施行されたというのに、選択的夫婦別姓制度の初めての請願が国会に提出されてから早50年以上経過していることを知って驚愕。民意でも賛成派が過半数を超えているのになぜかくも実現しないのか。
Posted by ブクログ
“自分を変えるタイミングは、誰かのためではありえない。
自分が自分をそこから救い出そうとする時だけだ。”(p.101)
“自分を譲り渡すことは、相手が「私」を無理やり強奪するようなやり方ではなく、大体はなんとなく自分が合わせたほうが「丸い」かな、っていう微妙な譲りが発端になる。
譲りが常態化してくると、関係性は固定されるものだ。譲りの一つ一つが余りにも小さいため、また周りでも親でも女が譲る姿をたくさん目にしてきたために、それが 「譲りを強いられている」状態とは誰も思わない。好きで「自分譲り」をやってるんだろう、そんな姿は女らしいな、と思う人さえいる。
本当はどっちもが、相手が自分譲りしすぎてないかに細心の注意をしなくてはいけないのだが、気が緩み切ってそれが見えなくなるんだろう。”(p.55)
Posted by ブクログ
名前は存じ上げている漫画家さんの、3回目の結婚にまつわるエッセイ……かと思って気軽に読み始めたら、ガチめのフェミニズムの本だったので、ちょっとびっくりした。
選択的夫婦別姓、家父長制など、著者の書きたいことが溢れすぎていて、重い読後感。
はっきりは書いていないけど、前の結婚は、ちょっとモラハラ気味の配偶者だったようで、相当いろんなことを我慢していたんだろうなぁ。
2回離婚して、それにまつわるいろんなゴタゴタも体験して、それでもまだ結婚のカタチに期待し、挑戦していくメンタルは、強靭としか言いようがない。
ただ、夫婦のカタチ、家族のカタチは千差万別だから、著者のもつ不満が女性全体の不満かというと、違うような気もする。
完全に同意はできないけれど、こういう考えの人がいるということが知れて良かった。
Posted by ブクログ
『私の身体を生きる』で読んだエッセイがとてもよくて、また実写映画『先生の白い嘘』を視聴したこともあって気になる作家の一人なのだけれど、漫画作品を読む前にこちらから読むこととなった。
結婚、おもに改姓にまつわる悲喜交々で、読みながら勉強になることが多かった。
自分のときのことを思い返すと、とくに元の苗字に愛着がなかった点は同じで、けれどまだ社会に出たてで名義変更の煩わしさはほぼ発生せず(改姓後の苗字で初めて契約するほうが多かった)、新しい名前をただ当たり前に受け入れていった気がする。
当時はフェミニズムや夫婦別姓の主張も浸透していない時代で、配偶者のことを人前では「主人」と呼ぶのが自然だと思ったりしていた。うう、怖気が走るわ。
著者はバツ2で、それでも三度目の法律婚をする理由としてこう述べている。
「私は、相手の男性をひとりの人として信頼したり愛したりする前に、男性の放つ威圧感に負けて何度もまともなコミュニケーションを諦め、放棄してしまった。」
「だから今のパートナーを前に、私は口をつぐむわけにはいかないのだ。」
「結婚はコミュニケーションだから。どんなことがあっても二度と放棄はしたくないから。」
こうした三度目ならではの内省や、強い決意、持論に勇気づけられた。人間同士の相互理解を諦めないガッツがある。
私は今ところ結婚はもう懲り懲り(まだ離婚していないが)と思ってるけど、旧態依然の結婚ではなく、失敗と経験を踏まえてよく考えたうえで入籍できるという点においては、再婚にも意味があるように思える。
また、“父性”についての考察も、幼少時の記憶などが重なる部分が多く、とても興味深いテーマだった。父親の家庭での振る舞いや接し方が、娘の将来にどのような影響を与えるか。
父親はなんのために要るのか。一人の女性の中に圧倒的味方の男を存在させることの必要性について、娘をもつ親として詳しく知っておくべきだと思った。
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