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Posted by ブクログ
人間の欲望の拡張という観点から資本主義について述べた著作。学生時代の頃読んで衝撃を受けた思い出がある。
・株式会社制度によって巨大組織が登場し、経営者が実権を握る。これは19世紀的な抗争的市場経済でもないけれど、古典的な資本家が支配する資本主義でもない。ダーレンドルフはこれをポスト資本主義と呼んだ。
・ロビンズによれば、経済学とは希少な資源の配分にかかわる学問である。
・社会主義経済の何が問題だったか。「消費」という観点に絞って言えば、生産されたものが人々の欲しがっているものに見合っているという保証がどこにもないことである。また、新たな技術を開発し、新たな製品を開発し、新たなマーケットを開拓する精神、つまり未知の世界へ投企する精神、未知のものを現実化していこうとする精神が圧倒的に欠けているのだ。
・社会主義経済では「消費者」という概念が存在しない。人民が何を必要とするカア手にする、計画当局が決定するからだ。
社会主義には「労働者」というカテゴリーはあるが「消費者」というカテゴリーは存在しない。
・ただし、60年代は資本主義経済も社会主義経済もそれほど大差がなかった。軍需産業を別として、自動車、電化製品、住宅といった製造業が中心の時代は、いかに規格化された製品を能率的に大量生産するか、という課題が与えられた時代だった。
・ところが70年代は、コンピュータ技術の進展により、多品種少量生産をかつてはかんがえられもしなかったくらい効率的に行う技術が提供できるようになった。テクノロジーの進歩と情報化により消費者という概念が決定的な重要性を持ってきた。
同じようなものをいかに効率的に大量生産するか、という生産の場が企業の利潤の発生の場ではなく、いかに消費者の欲望に寄り添うかが利潤の発生の場になっていったのである。70年は「生産の場」から「消費の場」への転換が起きた時代である。
グローバル化も消費の場を重視することになった景気である。
70年代以降、
資本主義は消費者の多面的で多様な欲望を開拓することで市場を拡大しつづけた。
社会主義は労働者への動機づけと消費者についての情報という2点で決定的な弱点を持っていた。
・人々はゆたかになればそれほど物をほしいとは思わなくなるし、それほどはげしく働かなくなるし、企業をリスクを覚悟で冒険しようとしなくなるだろう。これがケインズ、マルクス、シュンペーターの予想だった。ではなぜこれが当てはまらないのか。
消費者というものにどこまで寄り添えるかが国際競争力の試金石になりつつある。
・80年代:差異化が必要になった。従来の画一化され、標準化された大量生産方式だと、いずれ消費者のニーズは落ち込んでくる。ある程度の質の車がひとわたり行き渡れば当然需要な落ちてくるだろう。そこで新たな形で消費者の欲望を喚起しなければならない。消費者の欲望は「人並み化」から「差異化」に変化していた。
Posted by ブクログ
1993年刊だから、今から32年も前の本だ。日本が繁栄しているという前提で書かれているので、今読むと隔世の感がある。しかし、特に7章・資本主義の病理に書かれているような、自己増殖するという資本主義の本質を確認し、産業社会の行き詰まりから、人間が文化への欲望に目覚める方向にかけたいと語る著者の想いには共感する。残念なことに30年たっても、世界はあまりその方向には行ってないのだが。SNSの登場で欲望は、ルッキズムとお金により向かっている。文化も消費されている。生成AIの登場で、技術的には正確性ではなく偶然性に支配されているが、利用方法としては産業が欲望を加速させる方向に加速している。
さて、本書だが軽快に読める。その文章は語られたもののリライトではないかと思えるほどだ。引用は多いが概して分かりやすく、引っ掛かりがなくて、サクサク進む。ウェーバーのプロ倫をバッサリ批判しているあたり爽快だ。いわく、資本主義は高潔さよりもいかがわしさが似合っているとか。ヨーロッパが「外」に欲望を求めたのが帝国主義で、アメリカが移民を受け入れ、機会の平等を徹して求め、その国民を消費者として、市場を作ったのが、ヨーロッパとは反対の「内」なる方向の資本主義だったとか、歴史の捉え方も新書らしく面白い。
Posted by ブクログ
資本主義は
国外のフロンティア
→国内の大衆消費者
→人々のアイデンティティ
→広告で作られた実態のない「好奇心」
の順に欲望を拡張してきた、と言う話。
最近までを綺麗に書いてるなぁと思ったが、読み終わって奥付を見たら1993年出版でびっくりした。
日本の成功は、同質な品を大量生産する米国的製造から、より細かいニーズに添う生産にいち早く変えたから。
その後は「個々人」に寄り添うことが出来ず、広告代理店が「好奇心」を煽り実態のない消費を作った。
いまIT企業がイケイケなのは、テクノロジーで個々人に寄り添うことを実現したからか。
小麦の罠と一緒で、豊かになって増えるからより作らなきゃいけない。
でも、昨今世界的に突然少子化が進んでいるから、もう作らなくていいというフェーズになった。
これが「モノ消費」から「コト消費」への転換駆動力な気がするな。
30年前の本だけど、近年流行った「お金2.0」とか「モチベーション革命」とかと書いてあることは同質で、なんか気が抜けた…
人間言うことは流転するんだなぁ…
Posted by ブクログ
「資本主義はニヒリズムか」の中で紹介されていた本作品を読んでみた。今日のこの高度に情報化し、グローバル化した社会で「資本主義」という概念をどのように理解すればよいのか、そして文明論的に、歴史的にみればどのような意味をもつのかを問う作品である。
第1章が、社会主義はなぜ崩壊したのかということで、「効率的」は自明的なことかを問いながらも、社会主義が欠けていたものを論証している。
第2章は、80年代と日本の成功について、理念なきテクノロジズム、歪んだ資本主義?としながらも、消費資本主義を誕生させたということで総括している。
第3章は資本主義という拡張運動ということで、ブローデルの三層理論、バタイユの発想、ジンメルの欲望論などを参照しながら、その時代時代の資本主義の変遷を語っている。
第4章は、「外」へ向かう資本主義ということで、ゾンバルトの説、産業革命とは何だったのかとして、それ以前のアジア・イスラムの商業活動に言及している。
第5章は「内」へ向かう資本主義として、20世紀アメリカが生み出した資本主義について分析を行った。
第6章はナルシズムの資本主義として、欲望のフロンティアのゆきづまり、浮遊する好奇心、情報資本主義における消費者といういままでになかったタイプの資本主義の到来について語っている。
第7章は、消費資本主義の病理で締めくくっている。ゆたかさの果てに、つまり、「成功するがゆえに没落する」資本主義について、シュンペーター、マルクス、ケインズらの予言を紹介している。
最後に、著者は以下のように締めくくった。
モノはほんらい、技術だけではなく文化の産物でもある。経済活動自体が、ほんらいは広い意味で文化という土壌と不可分なのである。今世紀の産業主義は、それを技術の次元に還元し、文化から切り離そうとした。いま限界にきているのはそうした今世紀の産業主義である。だが、その限界地点で、ようやく、欲望を産業技術のフロンティアの奴隷にすることから解放されようとしているのではないだろうか。欲望を文化的なイマジネーションの世界へ取り戻すことができるようになってきたのではないだろうか。わたしはといえば、やはりこの可能性にかけてみたいのである。
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
資本主義の駆動力は何なのか。
ゆたかさの果て、新たなフロンティアはどに求められるのか。
差異・距離が生み出す人間の「欲望」の観点から、エンドレスな拡張運動の文明論的、歴史的な意味を探る。
[ 目次 ]
●資本主義という拡張運動
過剰の処理としての資本主義
「欲望」についての考察
●「外」へ向かう資本主義
産業革命とは何だったのか
●「内」へ向かう資本主義
20世紀アメリカが生みだした資本主義
●ナルシシズムの資本主義
モノの意味の変容
欲望のフロンティアのゆきづまり
●消費資本主義の病理
「ネオフィリア」の資本主義
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