無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
『レバレッジ・リーディング』から20年、日本人の生き方をアップデートし続ける著者が本音で書き下ろし!
著者累計77冊、300万部突破!
6つの再設計で人生後半戦のライフスタイル・仕事を見直せば、
幸福で豊かな生き方が手に入る――
プロローグ 57歳、初めてタップした日 僕のセカンドハーフ(後半戦)は、ここから始まった
第1章 人生後半は、戦い方を組み直す――後半戦の再設計(1)戦い方
第2章 面白がれなくなったら、老いは始まる――後半戦の再設計(2)感情
第3章 身体のOSを入れ替える――後半戦の再設計(3)身体
第4章 新しいことは、実験でいい――後半戦の再設計(4)始め方
第5章 「とりあえずビール」はやめた――後半戦の再設計(5)配置
第6章 55歳、料理ゼロから鮨を握る――再設計を、実際にやってみる(1)鮨
第7章 乗せられる側から、操る側へ――再設計を、実際にやってみる(2)ヨット
第8章 後半戦は、仲間と広げる――後半戦の再設計(6)つながり方
終章 後半戦は、もう始まっている――セカンドハーフ戦略を、いま動かす
「20年前、僕は人生の前半を加速させる本を書いた。
今度は、人生の後半を更新する本を書きたい」
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
レバレッジリーディング。自分の人生を変えた本の一つだ。レバレッジが効くものに投資することの面白さは、仕事が飛躍的にできるようになっていく事で体感した。最速で成長する為に、本をどんどん読もう。年間200冊を15年。もう3000を超えた。そろそろ、好きな本だけをじっくりと読むことにしようかなと思っていたところだったので、本書がポトンと落ちてきた感じだ。
まず、流動性的な知性、瞬発力、地頭、みたいなものと、結晶的な知性、経験値からくる判断やアイデア、確かに後者に重きがおかれるのが人生後半戦だろう。まず、過去の勝ち方を捨てることが大事だと説く。
いま伸びている曲線があるうちに、もう一つの曲線を作っていく事で、さらに異なる成長の波に乗るイメージ。これは興味をもつ、変わること、面白がることによって、徐々にシフトしていく。頑固おやじになってはいかんという事でもある。
気合いではなく、知識を入れることでやろうという意思が出てくる。しばらく立つと薄まるその意思を、また新しい知識を入れる事でリフレッシュする。これを体のOSを入れ替えるという表現をしているのは、さすがテックの草創期を支えた本多さんだからだろう。
料理、寿司を始めた彼は、ボコボコにされた。柔術でもボコボコにされた。つまり、50台後半でボコボコにされる経験こそが、彼が一気に買われた瞬間だったということだ。やりたいことは、誰にでもある。音楽、スポーツ、料理、アート。
自然と決まってくる社会における役割、家族の中での役割、こういうひとという観念的な自分をある意味で捨てる。過去を捨てるのではなくて、過去と同じでなくてもいいという考え方はまさにその通りだと思った。いつまでも、ギラギラしているという風に言われる事って、きっとそういう事なんだろう。スポッとハマって、そこに安住する事なく、そこから出ることをむしろ楽しむタイプ。若いよね、という風に言われるのもそうだろう。社会がはめてしまうこういうひとというレッテルを、思いっきり飛ばして行こうぜ、そんなメッセージを受け取った。20年前に受けた衝撃を、セカンドハーフ戦略として昇華させる、この人はやっぱりギラギラしているんだろう。
Posted by ブクログ
田中渓さんがおすすめしていたことがきっかけで、本田直之さんの『セカンドハーフ戦略 人生後半戦、何を捨て、何を始めるか』を読んだ。
正直、タイトルを見たときは「自分にはまだ早いだろう」と思った。20代後半の自分に、人生の後半戦なんて遠い話に感じたからだ。それでも手に取ったのは、今の自分の生き方に、漠然とした危機感があったからだった。
若さだけで乗り切っている感覚。体力も気力も勢いも、いまはまだある。だからこそ、その在庫が切れたときに何が残るのか、考えるのが怖かったのだと思う。人生について、これまでとは違った角度から一度考えてみたかった。
いちばん刺さったのは、「2種類の知性」の話だった。新しい情報を素早く処理する「流動性知能」と、経験から積み上げた知識や判断力である「結晶性知能」。前者は若さとともに下がっていき、後者はむしろ後半戦で伸びる。この区別を知って、少し楽になった。いまの自分が頼っている「キレ」や「飲み込みの速さ」は、いずれ衰える資産で、そこに寄りかかるほど危うい。逆に言えば、経験を意味に変えて積み上げていく作業は、いまからでも始められる。
そして、この一文がずっと頭に残っている。
人生後半の敵は、失敗ではなく、「いつもの延長」である
失敗はまだいい。失敗すれば痛みがあるから、人は変わる。怖いのは、慣れたやり方のまま、何となく日々が過ぎていくことだ。自分の「いつもの延長」って何だろう、と自問した。若さで押し切るいつものパターン。恵まれた環境に甘えるいつもの居心地の良さ。どちらも、今はまだ何の問題も起こしていない。だから余計に、手放すのは難しそうで、だから先に知れてよかった、とも思った。
手放すべきなのは、過去の経験そのものではなく、過去のやり方への執着。「成功してきた人ほど、過去の勝ち方を手放せない」という指摘には、まだ成功もしていない自分が読んでも、はっとさせられた。自分が今いちばん手放せずにいるのは、自分で抱え込んだ責任や期待だ。幸い上司に恵まれていて、仕事環境もいい。だからこそ、その環境に依存した自分のままでいいのか、という問いが残った。良い環境は手放さなくていい。でも、それに寄りかかる姿勢のほうは、いつでも手放せるようにしておきたい。
「衰えるのは身体より先に、感情と好奇心だ」という言葉にも、身に覚えがある。最近心が動いたのは、上司と話しているとき、走っているとき、本を読んでいるときだった。特別なことではなく、日常の中にあった。ただ、それを「心が動いた」と意識していなかっただけだ。これからは、体を動かすことや健康を、ただの習慣ではなく、感情と好奇心を守るための投資として続けてみようと思う。
あえて恥をかける場所、肩書きが通用しない場所を持つ。ここはまだ実践できていない。むしろ、これから探したいと思っている部分だ。20代はまだ肩書きも少なくて、恥をかくハードルは低いはずなのに、意外とそれを避けてしまう。だからこそ、できれば若いうちに、自分の弱さを出せる場所を持っておきたい。
人生の後半戦のための本を、前半戦の途中で読むのは、少しずるい気もする。でも、後半になってから慌てて準備するより、ずっといい。この本は、50代からの処方箋というより、20代のうちから飲んでおける予防薬のようなものだった。いつもの延長を、今日いちど疑ってみる。それだけでも、読んだ意味はあったと思う。
Posted by ブクログ
経験は、「素材」にすぎない。
「素材」をどう扱うかで、まったく別の料理になるのだ。
50代以降に本当に強くなる人間と、ただ年を重ねるだけの人間の違いは、ここにある。経験を意味に変え、昨日の自分のやり方を今日も疑えるかどうか。この習慣こそが、結晶性知能を本当の力にする。
ハーフタイムシフトは、一発で正解を出すものではない。後半に出てみて通じなければ、人に聞き、初心者に戻り、また組み直せばいい。昔の勝ち方にしがみつかないことが大事だ。人生後半で必要なのは、頑張ることをやめることではない。頑張る場所を変えることなのだ。
感情の老化とは、怒りっぽくなることだけではない。
本当に怖いのは、面白がれなくなることだ。
何かを見て「面白そう」と思えない。知らない世界に入ってみようと思えない。自分とは違う人の話を聞こうと思えない。若い人の感覚に、一度乗ってみようと思えない。
これは、ただの性格の問題ではない。脳の使い方とも関係している。
身体のOSを入れ替えるとは、体重を落とすことではない。10年後の自分が使える身体を、今日から少しずつ作り直すことだ。
新しいことは、実験でいい。
僕はこれを、「B版思考」と呼んでいる。完成してから始めるのではなく、未完成のまま小さく試し、反応を見ながら直していく考え方だ。
本書で言うセカンドハーフ戦略 ハーフタイムシフトで描いた設計図を動かすことーは、このB版思考から始まる。大きな決断ではなく、小さな実験から。
向いているかどうかも、意味があるかどうかも、始める前にはわからない。まず小さく出して、違ったら直す。合わなければやめる。面白ければ続ける。
そう思えるようになるだけで、新しいことへのハードルはかなり下がる。
完成した自分になってから出ようとする人は、出るころには環境のほうが変わっている。未完成のまま出て、試しながら変わる人だけが、次の景色を見ることができるのだ。
結局、人生後半の差は、どれだけ大きな決断をしたかではなく、小さく試した回数に出るのだと思う。
そして50代は、この「やってみる」を特別な力に変えられる年代だと僕は考えている。
20代の「やってみる」は勢いだ。50代の「やってみる」は、第1章で書いた結晶性知能ー経験、判断力、人脈、文脈を読むカーを持ったまま動くことだ。初心者の好奇心と、経験者の文脈読みが同時にある。これは「最強の組み合わせ」なのだ。
この組み合わせを使えるのが、50代の面白さなのだと思う。
B版で動くときは、三つだけ気をつければいい。
完璧を待たない。やめていい。フィードバックをもらう。
たくさん持つことより、ちゃんと味わえることのほうが大事になってきた。
何かを増やすより、一つひとつの密度を上げる。
ここから、僕の中で「引き算」の感覚が少しずつ変わっていった。
ここで言う引き算は、人生を小さくすることではない。余分なものを削いで、本当に大切なものにエネルギーを集め直すことだ。
足し算から、引き算へ。
これは諦めではない。衰えでもない。豊かさを知り尽くした人間にしかできない、
より高度な設計だ。
選択と集中。ビジネスでは当たり前のこの戦略を、人生にも適用する。成長期は多角化し、成熟期はコアに集中する。
ただ、頭ではわかっても、人生で線を引くのはビジネスより難しい。数字という客観的な指標がないからだ。
しかも、人生後半には、こちらが選ぶ前に、向こうから取り上げられる時期がやってくる。
モノは絞り、仕事は選び、経験は広げる。
引き算と足し算を、同時にやる。これが、人生後半の新しい成長につながっていく。
減ったはずなのに、軽くなる。軽くなった分だけ、遠くまで行ける。それが、引き算の本当の力。人生後半に手に入る、チャレンジできる贅沢なのだと思う。
人生後半は、前半戦の延長ではない。年齢によって自動的に始まる余生でもない。
これまで蓄えてきたものを使って、自分の意思で後半戦の戦い方を組み直す時間なのだ。
何を手放し、何を残し、何を新しく始めるのか。
その問いを持った瞬間から、人生の後半戦はただの延長戦ではなくなる。他人が決めた枠に入るのではなく、自分で、これからの時間を決める。
ハーフタイムの笛は、外から聞こえてくるものではない。自分の中にある違和感として、すでに鳴っている。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用