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Posted by ブクログ
一気に読んだ。この作品はフィクションで、とのことだが、本当はフィクションではない。証言と記録と記憶を再構成したもの。アウシュヴィッツでの出来事。
残酷な事実が、ストーリーの中でこれでもかというほど描かれる。あのときこんなふうに、あんなふうに“生きていた”人々が、次々と消えていく。どうなったかわからない人、目の前で“処分”される人。命を奪われるより酷い、魂を、尊厳を傷つけられる行為の数々。
そこで、息継ぎをするかのような愛を感じられるラリとギタのやりとり。ラリを取り巻く友人たちとのやりとり。
文庫本の巻末にあった、その後のラリたちの記述や写真を見て、これはフィクションではなかったと再認識する。
私たちは、収容所で起きたことを、知らなくてはいけない。そして、こんな悲しい物語が二度と繰り返されぬよう祈る。
追記
ゲイリー•ソコロフ(ラリとギタの息子)による結びの言葉の中にあった、ギタの言葉が印象に残ったので、引用する。
「何年間も、五分後には自分が死んでいるかもしれないと思いながらすごしたことがあれば、たいていのことは切り抜けられるようになるのよ。
生きて健康でさえいれば、すべてうまくいくものよ。」
Posted by ブクログ
自分なら人生を諦めてしまいそうな場面でも、生きること、愛することを諦めなかったストーリーに感動した。フィクションであるということから、まだまだ描ききれない心情や場面などもあるとは思うが、生活を詳細にイメージすることができた。恥ずかしいことに、これまでユダヤ人、アウシュビッツという名前しか知らず、何が起こっていたかに関心を持ったことがなかった。非人道的なことが行われていたと教科書で知った程度で、そこには温度がなく、キーワードとしてわたしの記憶に残っていただけだった。他の書籍もぜひ読んでみたいと思ったし、宗教というものについても知識をつけたいと思った。DE&Iや多様性という"キーワード"だけを追うのではなく、しっかりと実感したいと思う。
Posted by ブクログ
生きているすべての人に読んでほしい。
現代に生きる私たちは、ナチス・ドイツが1933年〜1945年まで続き本作の主人公が収容されたアウシュヴィッツは1942年〜1945年までと、始まりから終わりまでを知っている。
本作の主人公は、いつこの日々が終わるのか、解放され自由になるかはたまた5分後には死ぬか、なにもかも分からないまま、アウシュヴィッツでの日々を克明に語る。
結果として、運が良かったとしか思えないような状況をいくつもかいくぐり生き抜いて、現代にこの記録を残している。
髪を剃られ、服を剥ぎ取られ、名前を奪われ数字で呼ばれ、生きるか死ぬか殺されるか、まるで“偶然“が生死を分けるかのような毎日。
生きていくこと、愛する人に会えること、家族と過ごすこと、お腹いっぱいご飯を食べること、本を読むこと、学ぶこと、自由に外を歩くこと、いま当たり前に私の世界に存在する全てが、当たり前ではなかった。
映像としては想像できたとしても映画や写真のような世界で、自分が体験するものとして想像するのはあまりにも難い状況が、過去に確かに起きていた。
これを風化させてはならない。
人間の歴史に二度とあんなことが起きてはならない。
もっと深く知りたいと思った。
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