Posted by ブクログ
2020年12月18日
9年ぶりとなる涼宮ハルヒシリーズの最新刊。
『なんせ今日は新年が始まってまだ三日しか経っていないわけで、北半球が春への準備体操をし始めるにはまだ多くの日数が必要だろう』
初っ端のキョンのこの独特の言い回しだけで、もう懐かしくてたまらなかった。
収録作品は3編。
「あてずっぽナンバーズ」は涼宮ハ...続きを読むルヒが団長を務めるSOS団の初詣を描いた日常回。読みどころは、ハルヒとキョンの甘酸っぱいような、そうでもないような二人きりのとあるやり取り。ここは挿絵が特に良かった。思わずにやつきながら読んでしまうところ……
「七不思議オーバータイム」は、SOS団が自分たちの通う高校の怪談を創作する話。
ハルヒの特殊能力というのは、本人が「こうあってほしい」となかば無意識的に願ったことが実現してしまうというもの。そのハルヒが七不思議に興味を示していると知ったSOS団は、もし本当に起こっても現実に害を及ぼさない七不思議を創作することになるのだが……
現実に起こったとしても問題のない怪談とは何か。色々な理屈をあーだこーだ言いつつ、七不思議を創り上げていくSOS団のやり取りが楽しい話。ハルヒが満足する、現実に害のない怪談は何か、というのが段々エスカレートしていって、読んでいて「これでいいのか?」と思いつつも、それはそれでまた面白く読めました。
「鶴屋さんの挑戦」は300ページほどのボリューム。旅行中だというSOS団と何かと縁の深い鶴屋さんから届いたメール。それは旅先で面白い事件に遭遇したというもの。『最後のほうに問題を出すから、皆の衆には回答をお願いするよ』という鶴屋さんからの挑戦の言葉に、ハルヒはがぜん色めき立つ。
本格ミステリ好きにはなんともたまらない話でした。本編の前フリとして話される、SOS団の古泉と長門、そしてこの巻から登場するミステリ研のTのミステリ談話からして、素人置いてけぼりの濃さ(笑)
クイーンやカーの好きなミステリから始まり、後期クイーン問題をめぐるあれこれ。本格ミステリの様式美の一つ〈読者への挑戦状〉に込められた意味。それを国内外、様々な本格ミステリ作家の著作を引用しつつ解説していく。本格ミステリを多少は読んでいる自分としては、古泉のミステリ談義も興味深く読めました。
そして、本編となる鶴屋さんからの挑戦メール。この手のトリックは、衝撃と一種の感動まで覚えたものから、スッキリしないもの、憤懣やるかたないものまでこれまで色々読んできましたが「鶴屋さんからの挑戦」が一番、フラットな目で読めた気がします。
作中作というメタ的な構成になっているから、個人的に多少アンフェアと思っても「まあ、作中作だし」と一歩引いた目で見れたのが良かったのかもしれない。そうやって読むと「この文章の書き方は何を隠しているのか」とSOS団と同じ視点で、また一種のゲーム感覚で鶴屋さんからの挑戦を楽しめたように思います。
そして鶴屋さんの挑戦はメールだけにとどまらず、現実世界にも仕掛けられていて……。この盛り込み具合も読んでいて楽しかった。
作者である谷川流さんのあとがきにも書かれているけれど、『一度やってみたかったことを全部まとめてやってみました』というのが、読んでいて伝わってくる。本格ミステリとは何か。そして小説や物語とは何か。はたまた涼宮ハルヒとは何なのか。メタ的な問いかけも多数含んだ挑戦的で実験的な、ある意味本編に負けず劣らず、濃い一編だったと思います。
時系列的には、「七不思議オーバータイム」「鶴屋さんの挑戦」は、『涼宮ハルヒの驚愕』より後の話みたいで、9年越しに『驚愕』のその後に言及されたのもシリーズを読んでいた身としては、うれしかった。ここからシリーズ再始動なのか、また眠りについてしまうのかはあれですが……。
それでもハルヒやキョンたちにこうして会えたのは、昔の友人に久しぶりに出会ったような、懐かしさと嬉しさを伴うものでした。前作からかなり間が空いていたので、作品の雰囲気にスッとなじめるか、疑問でもありましたが、やっぱりハルヒもSOS団も好きなんだなあ、ということが再認識できました。
あとがきでは京都アニメーションの事件についても少し触れられています。ハルヒなくして京都アニメーションは語れないし、その逆もまたしかりだと思います。単に「このアニメがすごい」を超えて、「このアニメ会社がすごい」とまでなったのは、ハルヒと京都アニメーションというタッグだったからに違いありません。
個人的に劇場版『涼宮ハルヒの消失』の出来は忘れられない。テレビアニメシリーズの全体的に明るい雰囲気から一線を画した冬の寒々しい描写や表現が、キョンの心情とマッチし、そしてなにより話の山場での、キョンのモノローグの演出は素晴らしいの一言に尽きる。
『私はあなた方を忘れない。
私はあなた方が為したことを忘れない。
前二行に賛同いただける方は主語の部分を複数形にして読んでください』
事件のことについては、京都アニメーションに関連する作品に触れるたびに、たぶん思い出されると思います。でも谷川流さんの言葉を読んで、京都アニメーションの一ファンとしては、悲しい事件の記憶だけでなく素晴らしい作品たちのことも心に刻み、そして作品の素晴らしさを、こうして誰かに伝えられたらなあ、と強く思いました。