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もはやこれまでと諦めてうなだれたとき,足元にまったく違うモノサシが落ちている.与えられた問いの外に出てみれば,あらふしぎ,あなたの弱さは克服すべきものじゃなく,存在の「傾き」として不意に輝きだす──.〈ケアをひらく〉の名編集者がみんなの弱さをグッと後押し.自分を変えずに生きやすくなる逆説の自他啓発書.
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Posted by ブクログ
のっけからいいことばかり書いてある。 ケアと医療の大きな差異、ケアと編集の大きな共通点に気づかされる。 P4 「未来の目標のために現在を手段にする」という姿勢そのものから、ケアはかけ離れているからだ。むしろケアは「現在志向」だと思う。今を少しでも楽にする。痛いことはしない。この場にある不快をとにか...続きを読むく除去する。そこにいられる「現在」を作る。【中略】ケアに対して「刹那的」という表現を中てるのは正確だと思う。 P8 生きているということはそんな過酷さと恍惚の間をさまようことにほかならない P12 福祉の世界では医療が捨て去ったノイズこそが正面から取り上げるべき対象になる【中略】医療は本人の願望を押しのけて必要な処置をする客観性ベースの世界であるのに対して、福祉の世界は関係性ベースである。 P32 しかし向谷地さんは(「悪いところばかりでいいところもみましょう」ではなく)当の問題になっていることそのものが「いい」という論法をとる。 P75 そうした感動に向けて物事の組み換えを行い、モノサシ、つまり分母を変えることを目指すのが、編集という行為ではないのか?! P91 困難は一つだと苦しいが2つ以上あると何とかなる(春日武彦さん)【中略】編集の仕事も小さな困難の集合体だ【中略】ヘルパーさんの仕事と編集者の仕事は似ていると思う。特に「あちらを立てればこちらが立たず」的な人間関係のあり方が。 P110 ケアとは未来の安寧を考えるより現在の不快を減らし、現在の怪を享受するシステムである。ケアとは、現在を未来の手段にしない、つまり社交や対話と同じようにケアは、現在を「目的」とする思想であり行為なのである P118 「病気は回復の一過程である」(ナイチンゲール) 生体というものは基本的に良き方向に進むように作られているというこのナイチンゲールの言葉を真に受ける道もあるのではないか。 P123 生きているとは、インプットとアウトプットが絶えずなされて止まらない、それ試合極めて動的なプロセスだ【中略】「治さなきゃ治らない」といったことを言いたがる人たちは、実は人を改変したいという欲望に負けているだけではないか。 P164 言葉にするときは一つの時間軸に各要素を並べなければならないので、逆に私たち自身があたかも一直線に行動しているように思ってしまうけれど、それは一列に並べなければ成立しない言語という不器用な表現道具に引きずられた誤認に過ぎないのではないだろうか。 P180 相手が何かの意思を持って、意図的にこちらに向けて発したメッセージを受け止めるところにコミュニケーションが始まるのではない。身体的なサインをこちらで勝手に解釈し、好きなように意味づける人がいる限り、コミュニケーションは終わらない。 P190 私たちが何かをなす前に既にして世界は豊穣で完全であり、ただそれを部分的に受け取ることによって人は快を得ている。【中略】成長という言葉も教育という言葉も”善きもの”とされているが「現在のままでは不足である」「今のままではよくない」という前提が共有されている。【中略】ALSを生きるということは徹底的に受動的な体験だが、それは忙しかったりするのかもしれない。 P200 援助職の人がおそらくいつもの仕事のように、額に傾聴&共感マークを貼り付けて首がちぎれんばかりにうなずく「援助者しぐさ」 P240 今ケアとは何かと聞かれたらこう答えるだろう。「それ以外には改変を加えず、その人の持って生まれた<傾き>のままで生きられるように背景(言葉、人間関係、環境)を変えること」と。編集もおそらく似たような行為なのだろう。文章に改変を加えるより先に、その人や文章の<傾き>が輝きに代わるような背景(文脈、構成)を作っていく作業が編集の本態ではないか。
素晴らしい本だったなぁ。 自分のなかでもわっとは感じていたけど、うまく言葉になっていないものを、たくさんの印象的な事例をもとに、言語化してくれている。 「あぁ、本当にそうだよなぁ」と何度も感じた。 特に「受けの豊かさに向けて」。 世の中では「主体的・能動的であること」が褒められて「受動的であ...続きを読むること」はおしりが叩かれそうなイメージがあるけど、ずっとそうじゃない感覚があった。 むしろ「受動的であること」たとえば、物事を観察したり、発見したり、受け取ったり、自分のなかで咀嚼したり。そういったことの先に、応答する何かが生まれるのであって。 「能動的であること」ばかりが叫ばれると、中身のスカスカで、心がこもっていないものが、ただ乱造されるだけ、なような気がしていたのだ。 そのような「能動的・主体的」へのモヤモヤをずっと抱えていたので、この本に書かれる「受けの豊かさ」からは、なにか勇気をいただいたような気がしたな。 ケアと編集。 自分の仕事や、子育てや、表現活動など、ありとあらゆる局面で、この本を援用するなら、どうなるだろう?といったことを考えていきたいなと思った。
・「今、ここ」で困っている人を助けられる人は、太陽や空気や地面と同じように、この世界をどうにか存続させている基底的な条件である。 こうした人達が世界のバグを終始補修して、手入れをしている。ケアはこうして「今、ここ」を成立させている。 ・そうやって整えられた舞台の上で、自己啓発とかリスク管理とかコス...続きを読むパとか一攫千金とか革命の夢とかが、スポットライトを浴びながら歌ったり踊ったりしている。 ・可能性といった時点で、今よりよい将来像のほうに軸足がある。 よい将来像から現在の姿を見返して、その不足分を可能性と言い換えているにすぎない。 ・依存症の人は依存先が少ない。 ・会話を手段ではなく目的として楽しむ。 ・質的に近いと量の問題は無視されがち。 ・言語によって世界は簡略化され、枠付けられ、その結果、自閉症でない人間は自閉症の人から見て一万倍も鈍感になっているという。 ということは、このようにして単純化され薄まった世界において優位に立てるということだ。 ・ケアとは何か「それ自身には改変を加えず、その人の持って生まれた傾きのままで生きられるように、背景を変えること」
かなり良かったな。臨床哲学はかくあってほしい。多くの当事者研究は他者経由の自己理解になり得てない気がするし。中動態と一言でまとめれば俗的だけど、結局そういうことなのだろう。環境にアプローチしつつ、感受する能動的受動を心がけていくぞーー。
ずっと読んでみようとおもいつつよめなかった本。彼が編集担当した本などから引用しながら論が進んでいく。面白い!!強い編集、弱い編集、噛み合わせを変える、ちょっと信じる、手を動かすより口を動かせ、中動態
とにかく、そうだ私はこんなことがしたかったんだ、私が目指すのはここなんだ、と思えることのオンパレードで、自分でもなんでこんなところで泣けてくるのかわからないような(そしてそれは実際、後で読み返してみても、その部分の何が私に涙をもたらしたのかが全くわからないような)箇所で、心震わせられる体験が続く。 ...続きを読む支援の場でよく言われる「ありのままでいい」という言葉が、その「ありのまま」すらさらに超越して、ありとあらゆるその人に関する全てを許すというケア。それを実践しているべてるの家。 そうだった、そうなんだ、これなんだという思いが止まらない。 「治療」という名目で改変するのが医療、それ自体には手をつけずに周囲を、環境を改変するのがソーシャルワーク、そしてケアであると。医療も福祉も通ってきた私にとって、納得すぎるこの言葉。さらに著者は、理解されることは最大のケアだと言い切る。 この言葉を聞けてよかった。私が知りたかったのはそこだ。それでいいのかどうか、確かめたかったのがそこだ。 著者が編集している〈ケアをひらく〉のシリーズは、好きで結構な数を読んでいる。 巻末で参考文献として挙がっている本も、既読ものが多い。そして、とても感銘を受けたものばかり。 著者が編集に向き合うとき、それはまさに「それ自体」には手を加えず、「周囲」を変えて「それ自体」がもっとも活きる形に整えていくというケアの手法に他ならない。 変えるのは環境。本人はそこに存在しているだけでもう十二分に価値がある。どうやってそこにいるか(評価)ではなくそこにいる(存在)そのものが価値。 このことを肝に銘じて、また明日から人に向き合っていこう。 この本は今年のベスト3にいれないとなあ。困ったなー、3冊に絞れない。
ノンフィクションであり、エッセイであり「ケアをひらく」シリーズのブックガイドのようにも感じた。 自らの、そしてその事物そのものの位相や環境を変えることで世界が変わる。
身内の介護経験と、傾聴ボランティアから始まり福祉業界の片隅にいたことから、〈ケアをひらく〉シリーズは『驚きの介護民俗学』に始まり、10冊以上読んで来た。そのすべての編集に携わってきた白石正明さんが定年退職するにあたり書き下ろした本書が、おもしろくないわけがなく。あとがきに紹介されている熊谷晋一郎さん...続きを読むのエピソードもさすが!まだまだ読むべき本を発見したのも嬉しい。
「ケアをひらく」シリーズを世に送り出した編集者白石さんの編集の先生はべてるの家の向谷地さんなのだそうだ。 あのシリーズがどうしてああいう本たちなのか(漠然としているが)、なんとなく分かってくる本。 「ケア」とはー 「何がむずかしいのか。一つは今の世の中の基本的な価値観と逆のことをやっているから...続きを読むだ。自分の身は自分で守るという「自立/自律志向」とか、最小のインプットで最大のアウトカムを得ようとする「効率志向」にまずは反している。それだけではない。この“志向”という言葉が前提としていること、つまり「未来の目標のために現在を手段にする」という姿勢そのものから、ケアはかけ離れているからだ。 むしろケアは「現在志向」だと思う。今を少しでも楽にする。痛いことはしない。この場にある不快をとにかく除去する。そこに居られる「現在」をつくる。 将来のために現在を犠牲にしたりしないのだから、言葉のイメージは別にして、ケアに対して「刹那的」という表現を当てるのは正解だと思う。もちろん現在の状態を楽にすることで、結果的によいことがやってくるかもしれないが、それは副産物である。やってくるかもしれないし、やってこないかもしれない。それはどうでもいい」p.4
編集それ自体とケアの関係性という表題の問題についてはそれほど納得に至らなかったが、ケアをひらくシリーズの編集者としての功績や繋がりを得た人々についての語りを通して、筆者自身の個人的な部分が見え、学ぶところもあり好感を持てた。
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