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日常のなかの不思議を研究した物理学者で、随筆の名手としても知られる寺田寅彦の短文集。大正9年に始まる句誌「渋柿」への連載から病床での口授筆記までを含む176篇。「なるべく心の忙(せわ)しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」という著者の願いがこめられている。(解説=池内 了)
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Posted by ブクログ
夏目先生がちらほら出てくることに感無量であり、漱石の『硝子戸の中』のよう。 こんな随筆たちというか書簡たちというものは、作家たちの私生活や思考はもちろん、当時の時代背景まで浮かび上がってきて本当に良いです。 75頁 “ルノアルの絵の好きな男がいた。” え!!あ!!これ龍之介ですよね!!??ちがう...続きを読むかな 77頁 夢= AIにして良いです?? 大正十三年四月、渋柿 雑草のことや三毛の墓の歌のこと、『懐手して宇宙見物』(大人の本棚)に収録の備忘録なんかにも出てきて、偶然にも同時読みしていて面白かったです 104頁 “太平の逸民”とは。注釈には、 世の中の平和なとき、世を遁れ隠れている人。たとえば夏目漱石『吾輩は猫である』に「要するに主人も寒月も迷亭も太平の逸民で……」とある。(「寒月」は寺田寅彦がモデルであるとされる。) 昭和三年五月、渋柿 231頁 忠犬ハチ公が死んだというエピソード 渋谷前のハチ公のエピソード、この時代の話しだったのか 昭和十年六月十二日 245頁 不審紙(ふしんし) 262頁 ガラス戸の話 晩年の話に、この『柿の種』の序盤に出てきた「ガラス」の天井の話 一貫している 267頁 ペシミストとオプチミスト これ『懐でして宇宙見物』の方にも出てきたなぁ! 寺田寅彦 1878.11.28-1935.12.31(明治十年~昭和十年) 大正時代1912.7.30-1926.12.25 十五年間 1912明治四十五年 大正元年 1914大正二年 第一次世界大戦 1920大正九年 書き始め 寅彦42歳 1921大正十年 1923大正十二年関東大震災 寅彦45歳 “崩れ落ちた工場の廃墟に咲き出た、名も知らぬ雑草の花を見た時には思わず涙が出た。” 1926大正十五年 昭和元年 1927昭和二年 1928 昭和三年 寅彦51歳、松尾芭蕉『おくのほそ道』への連想が感じられる「羽越紀行」 1933昭和八年 寅彦55歳 “この書の読者への願いは、なるべく心の忙しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおあて読んでもらいたいという事である。”【自序より】 1935昭和十年 寅彦57歳没、最後の短文は亡くなる二ヶ月前、終盤の病床からの書き物はなんだか寂しさを感じた
随筆だと思っていたのだが、読んでみるとそれよりも短い掌編が多く、箴言集のような趣もあるし、軽いスケッチのような感じもする。なんとも言えないユーモアが楽しめる。
寺田寅彦が俳句雑誌「渋柿」に載せた短文を集めた「柿の種」「橡の実」からの176篇をまとめたもの。随筆の名手の、さらに短い文章が、寺田寅彦の心境、想いを、より深く伝えているようで、興味深く読みました。
物理学者とは思えない情緒豊かな作者の100年前の日常。随筆というのか散文というのか、短い文章の中に当時の思索や出来ごとが簡潔に描かれていて、そこに去来する感情に共感するところが多く、とても身近に感じた。 大正から昭和の始めにかけての「今」がここにある。
とても些細な日常を、人間として、また科学者としての視点で切り取ると、こうも面白かったり感慨深かったりするのだなぁと気づかされた。それと同時に、自分はたくさんのことを見落としながら生きているだろうということが勿体無く感じる。また、解説でおっしゃっている、科学は些細な日常から始まる、というお話にもなる...続きを読むほどと思わせられた。そして関東大震災の後の随筆は、東日本大震災後の現代日本でリアルタイムに書かれたと錯覚しそうなくらい、現代にも通じているような気がする。
明治生まれの科学者、寺田寅彦の随筆集。俳句雑誌の巻頭に寄せた文章が中心となっている。著者が先生と呼ぶ、夏目漱石の影響が文章にも感じられる。特に短章 その1のほうは、夢十夜のような幻想的な雰囲気さえある。 後書きは、池内了によるのもので、阪神大震災の1年後に書かれており、著者が触れている関東大震災後の...続きを読む日本への警鐘を、今の日本にも通ずるとしている。東日本大震災が起こった今、更にその思いを強くせざるを得ない。 (2015.2)
古本で購入。 「天災は忘れた頃にやってくる」 と言った(と言われている)物理学者、寺田寅彦の短いエッセイを集めた本。 「なるべく心の忙しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」 という著者の願いを無下にした一読者ではあるけれども、夜ごと数編を読んで眠りにつけば、きっ...続きを読むとゆったりした心持ちになれるだろう。 寺田寅彦の「気付き」の鋭さおもしろさに唸らされる。 いっこうに花の咲かないコスモスに、ある日アリが数匹いた。よく見ると蕾らしいのが少し見える。コスモスの高さはアリの身長の数百倍、人間にとっての数千尺にあたる。そんな高さにある小さな蕾を、アリはどうして嗅ぎつけるのだろう― 言われてみれば何てことのないような、だけど誰も気にもとめないようなことに、「あぁ、確かに」と思わされてしまう。 また、俳人でもある彼の目を通して見る東京の日常は、詩情豊かで味がある。 永代橋のたもとに電車の監督と思しき四十恰好の男がいて、右手に持った板片を振って電車に合図している。左手は1匹のカニを大事そうにつまんでいる。そうして何となくにこやかな顔をしている。この男には6つ7つの男の子がいそうな気がした。その家はそう遠くない所にありそうな気がした― 読んでいて知らず微笑んでしまうようでいて、どこかせつない感じのエピソードがいくつもある。 日々の生活に、そうした光景はきっといくつも通り過ぎていくのかもしれない。 僕の生には詩が足りない。
なんて素敵な本なんだろう。科学とは。生きるとは。 こういうふうに純粋に、学問のひろがりを味わってたのしむことが、やはり心の忙しくなりやすい現代ではなかなか叶わないから。 科学を志すひとにもそうでないひとにも、いちど手にとってもらいたい。 科学の原点とは何であったか、見失わずに科学と向きあっていけたら...続きを読むと願う。
p.29 この説明が仮に正しいとしても、この事実の不思議さは少しも減りはしない。不思議さが少しばかり根元へ喰い込むだけである。 p.92 にぎやかな中に暗い絶望的な悲しみを含んだものである。 科学と文学と感覚の不可分さがシックリ腑に落ちる。
無粋な人ならば、あまり日常のことに気を留めない人ならば通り過ぎるところを興味深く観察しているのが良い。あ~確かに!ってなる。 科学者が文学者であることに納得がいった。 機知に富んだ話に休憩をはさむように猫の話が出てくるのがまた良い。 気になったこと:ナシ赤星病の話がある気がする。
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