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Posted by ブクログ
以前、養老氏が禅は狂気と紙一重であり、大成するのは百人に一人くらいだろうというようなことを述べていたと記憶しているが、その当時は何のことを言っているのか分からなかったが、この本を読んでやっと分かった。日本の仏教はサービス産業化しているかもしれないが、修行自体は古風な日本の徒弟制度に則った厳しいものだったということが分かりました。キリスト教の影響が強い国で育った著者らしく、禅に対してくっきり、はっきり言語化されており、(合理化の提言までも)禅の置かれている状況が分かったような気がしました。また、現代の日本社会への苦言、主体性、自主性のない「子供」が増えているということですが、一般の世界だけでなく、禅の世界でもそうなってきていること。気をつけねばと思うと同時に、そうならない社会にするにはどうするか考えていきたいと思います。
Posted by ブクログ
筆者は1968年生まれのドイツ人。ふとしたことから、仏教・禅の修行のために来日して、そのまま日本に住むこととなる。本書が書かれた時点では、兵庫県の安泰寺というお寺の住職をされている。本書は、筆者の日本での修行体験を語ったもの。
私の妻はタイ人。私はタイで約5年間勤務していた経験があり、その時に知り合って結婚した。タイ人には仏教徒が多く、国民の約95%以上が仏教徒だと聞いたことがある。タイでは、生活に仏教が根付いているな、と思ったことが結構あった。
私が勤務していたのはメーカーで、オフィスがバンコクにあると同時に、工場がバンコクから200km程度離れた海沿いの工業地帯にあった。タイには、宗教的な年間行事がいくつかあるが、工場の周囲のお寺で社員が大勢集まり、行事を就業時間内に行ったりする。また、出家のための休暇制度があったりして、仏教の習慣が比較的身近にあるように感じた。
本書の筆者は、日本では、仏教が生活に根付いており、お寺では修行が出来ると思って来日したわけであるが、日本では、そこまでお寺が人々の生活に入り込んでいるわけではないことに気づかされ、がっかりする経験を持っている。
タイで、妻のアパートに初めて泊まった時のこと。
エアコンもないアパートは非常に寝苦しく、朝方、まだ薄暗い中、眠れないまま、当時はまだ嗜んでいたタバコを吸いに外に出た。すると、黄色っぽい衣装を身につけたお坊さんが何人か托鉢に歩いていた。とある家の前で、その家の方たちが喜捨をされているのを見た時、あぁ、これがタイの習慣なのだなと思ったし、遠くに来たのだな、とあらためて感じたことを思い出した。
Posted by ブクログ
ドイツ人の禅僧である「ネルケ無方」さんの著書です。
外国人での禅を支持する方は多いですが、出家得度し禅僧となり、しかも禅寺である安泰寺の住職も務めているという突出した経験をお持ちです。
本人が仏道を志し、日本に渡り現在に至るまでの紆余曲折の経緯を時系列に書かれています。
私自身、禅僧の方が書いた本を何冊も読んでいるのですが、禅僧の方は常人離れした達観の域に達していると思っていましたが、この本を読んでイメージが変わりました。
普通に人間関係で揉めたり、悩んで凹んだり、逃げ出したりと、俗人とあまり変わらないですね。
まぁ、考えてみれば同じ人間なので煩悩も同じようにあるのが当たり前ですが。
ただ、それらに正面から向き合うという姿勢と覚悟が違うということでしょうか。それこそ座禅(修行)ということのようです。
著書自信が悩みつつ会得した内容なので、リアリティがあり、読んでいて非常に面白かったです。
この本でも何度か出てきますが、「離してみてこそわかる」という内容が印象に残りました。
私も離すことで変わるものを沢山掴んだままにしています。
Posted by ブクログ
ドイツ人にもかかわらず、日本の禅寺で住職を務めている方の、手記になります。
意外にも、欧米では「禅」が文化の一つとして周知されているそうで。
一貫しているのは「人の生きる意味」についての深い思索、でしょうか。
かといって悟りきっているわけでもなく、折々で懊悩されています。
「自分だけがまともな修行をしていると思い込んで壁を作り、皆を見下していた」
また、純粋に宗教として見た場合、その理念と現実の乖離には、、
日本の仏教界もかなりドロドロしているなぁ、とも。
といっても、ビジネスとて捉えればそれもある意味道理の一つでもあり、
これはローマ法王などから見るキリスト教も同質の病巣?はあるかな、と。
「「生きる意味があるか」と問うのは、はじめから誤っている」
ちょうどこの書と入れ違いに読み始めた『知の逆転』で、
「人生は無意味」なんてフレーズが出ていたのとシンクロしました。
それぞれのスタンスも専門も、全く異なっていながらも、
本質として同じことを言わんとしているのは、非常に興味深く落ちてきました。
こういうことがあるから「読書は刺激的」なのだと、思います。
「人生こそが問いを出し私たちに問いを提起している」
けだし真理であると、実感してしまいました、、
ん、人は常に問われている、その在り様を、なんて。
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ビジネス・実用
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