慶喜のカリスマ

慶喜のカリスマ

2,200円 (税込)

11pt

4.1

慶喜がこれまで正当な扱いをされてこなかったことの蔭には、ふたつの決定論史観が作用しています。ひとつは王政復古史観、もうひとつはコミンテルン・ドグマ。どちらも慶喜に「封建反動」のレッテルを貼り付ける点では、奇妙に一致するのです。本書は野口氏が満を持して放つ「慶喜と幕末」です。幕末の数年における彼の眩い輝きと没落、明治以降の沈黙をとおして「ありえたかもしれないもうひとつの日本」が浮かび上がります。


歴史上、「多くの人びとの期待を一身に集めて登場したのに、その期待を完全に裏切った」人が何人かいます。後世からみると「あんな人物に当時の人はいったいなぜ、希望を託したのだろう」と不思議に思うのですが、たしかにそのとき、彼にはカリスマがあったし、時代は彼を舞台に上げたのです。その機微を明確に描き出すことに成功したものが、すぐれた評伝なのでしょう。
さて、近代日本でこの種の人物を探すとすれば、その筆頭に挙げられるのは徳川慶喜でありましょう(ついでにいうと、もうひとりは近衛文麿)。しかし、司馬遼太郎の『最後の将軍』を読んでもどうにもこの人のことはよくわからない。
慶喜がこれまで歴史の専門書からも歴史小説からも正当な扱いをされてこなかったことの蔭には、ふたつの決定論史観が作用しています。ひとつは王政復古史観、もうひとつはコミンテルン・ドグマ。どちらも歴史を行方の定まっている一方交通の方向量のように考えて、慶喜をもっぱら否定されるもの、乗り越えられるべきもの、敗北ときまったものと扱ってきて、この人物に本来ふさわしい出番を与えてきませんでした。慶喜に「封建反動」のレッテルを貼り付けて戯画風に単純化する点では、ヴェクトルは正反対でも両学説は奇妙に一致するのです。
本書は幕末について書きつづけてきた野口氏が満を持して放つ「慶喜と幕末」です。幕末の数年における彼の眩い輝きと没落、明治以降の沈黙をとおして「ありえたかもしれないもうひとつの日本」が浮かび上がります。

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慶喜のカリスマ のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    英邁であるが臆病である、と言うのが慶喜を評する通説であろうか。
    同時代の松平春嶽も「有能ではある。しかし肝っ玉は小さい」と言っている。同時代人の共通認識なんだろう。
    慶喜の判断一つで時代が変わったかもしれない節目における慶喜の立ち位置、政治情勢、外圧等を詳細に説明し、その時の慶喜の心情を分析する。そ

    0
    2013年10月25日

    Posted by ブクログ

     松平春嶽が德川慶喜を 「ネジアゲの酒呑み」 と評したという話は、かなり知られていることだろう。ところが現状では、この評を活かせるような土俵を設定できる書き手はごく限られている。歴史小説とか歴史ドラマと称するものの多くがチョンマゲをつけたサラリーマン物の別称でしかないことを想えば、淋しいことではある

    0
    2015年03月17日

    Posted by ブクログ

    封建社会存続のための最後の砦として、持ち前の政治能力とカリスマ性を駆使して針の穴に糸を通すようなギリギリの勝負を仕掛けたが、時の運に見放されて敗れ去った慶喜公の前半生を評した本。幕府内の有力者にも味方はほとんどおらず、無責任な期待をただ押し付けられるだけ、という状況の中、数少ない身内を固めて、一会桑

    0
    2014年05月11日

    Posted by ブクログ

    面白かった。やはり歴史は勝者の目から語られている。
    日本の歴史教育は色々考えるべきだろうな。
    慶喜のひととなりに言及しながら、政治家と軍人は違う、歴史に名を残す人間でも、大義だけで生きている訳ではないことを示す。
    明治維新は、所詮は、経済と権力を巡るjクーデターであった。
    で、文章が軽妙でまるで週刊

    0
    2013年09月16日

    Posted by ブクログ

    慶喜がなさなかった事で、結果的にどれだけの人々が命を救われたかという事が、改めて表れてきます。歴史というものは本当に面白い。

    0
    2013年08月02日

    Posted by ブクログ

    漱石が生まれたのは慶応3年。
    その時、徳川将軍は、最後の将軍慶喜だ。
    漱石の「吾輩は猫である」の冒頭には、「天璋院様」が登場する。登場すると言っても、「天璋院様の御祐筆の妹の嫁御に行った先の云々」と出てくるだけだが、天璋院様は、大河ドラマで宮﨑あおい演じた篤姫だ。
    江戸時代の人物たちは、明治になって

    0
    2024年05月29日

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    徳川慶喜を書いた本は多いが、この本は掘り下げが深く秀逸だと思う。秀逸なのか?愚鈍なのか?両面持ち合わせているが、愚鈍ではなく臆病だったという解説。
    ・大政奉還後の”ええじゃないか”は人種愛的なエロスが充満
    ・鳥羽伏見のの戦いは、戦意無し 部下が暴発
    ・大阪城は籠城の城 慶喜が逃げ出したのが最大の失敗

    0
    2021年08月07日

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    慶喜は本当は臆病だった?
    朝令暮改の人は沢山いるけど、慶喜の場合は本当はどうだったんでしょう。
    禁門の変のときは先頭に立ったり、神戸開港の時には弁舌あざやかだったのに、鳥羽伏見の時は夜中に大阪城を抜け出したり、王政復古の時には仮病で欠席したり。
    精神分析医が解説したら面白いかも。

    0
    2015年03月02日

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