無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
読み物として凄く良かった、という率直な感想。
収録されている22の記事は古いもので1956年〜直近2019年までの出来事を読売新聞社会部記者がメインとなって「あれから、あの人はどうなったのだろう」(p3)という視点で取材・執筆した内容。
飛び抜けて古い「マリアンヌちゃん裁判」と1980年放送「3年B組金八先生 第2シリーズ」、「92年夏の甲子園で松井を5敬遠」「TBSの宇宙特派員計画」以外はいずれも私自身も見聞きしたニュースばかりであったので、実際感を伴って読む事が出来たのが大きい。そういう意味では30代半ば以降の方のほうがすんなり腹落ちする本かもしれない。
とはいえ「腐ったミカン」というフレーズはドラマを観ていなくても聞いた事がある、という方は多いかもしれない。「タマちゃん」や「ムルアカさん」は30代前半だと途端に聞いた事ないよ、という割合が増えそう。というか「タマちゃん」って全国ニュースだったのだろうか?
以下、気になった記事をピックアップ。
《6 断れなかったーー姿を現したゴースト作曲家》(2020年9月22日掲載)…未だに、結局あれは何だったんだろうかと強烈な印象に残っている佐村河内守氏のゴーストライター騒動。記者会見に長髪と髭をすっかり整えた佐村河内氏が現れた時のインパクトはかなりのものだった憶えがあります。おすぎさんにそっくりだったんですよね。が、この記事は「ゴースト」側の方、〈新垣隆〉氏に騒動当時の心境を伺ったものとなっています。「これはまずい」(p62)というフレーズは事態を的確に表していますね。騒ぎの表面化後、償いの意味も込めてあらゆる仕事をこなした新垣氏。その中には音楽と関係が無いバラエティ的な仕事も多くあり、面白おじさんとして活動したのち徐々に表舞台からはフェードアウト。事態と真摯に向き合った姿に音楽仲間の支援もあり、現在はまた音楽に携わる仕事をしている新垣氏の結び「今は音楽に関われる喜びをかみしめながら、一つひとつの仕事をやり遂げたい。もちろん、自分の名前で」(p69)。幽霊ではなく、実体のある人間の仕事として。
《15 日本人初の宇宙飛行士になれなかった26歳》(2021年7月11日掲載)…これは全く知りませんでした。「ソ連宇宙総局と共同で宇宙船に社員を搭乗させ、宇宙ステーション「ミール」に滞在するプロジェクト」(p146)という、いかにもバブリーで派手な企画に定員1名に対する男女2名の特派員候補として選ばれるが最終的に候補から漏れてしまい、結果的にTBSを去ることにはなるが「誰にでも好かれる人柄。知識や経験を的確に伝えられる」(p152)という点を評価されて宇宙関連のNPOに参加することになった〈菊地涼子〉氏にフォーカスした記事。主題ではないとは思いつつも、やはり女性だから選ばれなかったのではないか、最初から男性候補が選ばれる既定路線があって賑やかしの添え物程度のつもりで女性候補を立てていたのではないか、という印象を禁じ得ない。まあさすがに、適正を総合的に判断した上での決定なのだろうとは思いたいが。企画に翻弄された人生を歩んだ彼女だからこその「宇宙飛行士を目指したことに後悔はない。「挑戦しなければわからない世界が広がっていたから」。」(p153)という言葉にミシッと重みが備わる。
《18 三沢光晴さんに「最後」のバックドロップを放ったプロレスラー》(2021年12月12日掲載)…格闘家という生業であるだけに、有り得るべくして起こった事故。2009年6月13日、広島総合体育館においてプロレスラー〈三沢光晴〉と〈斎藤彰俊〉の試合が行われていた。「斎藤さんが『バックドロップ』を放った。どんな技を受けても不死身のように起き上がり、『受け身の天才』と呼ばれた三沢さんが、倒れたまま動かない。」(p176)「死因は頸髄離断という。」(p177)。その後の検証によれば、技におかしな所はなく受け身も完璧だった。が、事実として自分がかけた技が「最後」のきっかけとなってしまった。プロレスラーとして、後輩として、人間として、いかに向き合うのか。私には到底想像が及ばない領域の問答である。励ましの言葉も寄せられるが、やはり誹謗中傷は今なお止むことは無く、目を逸らす事もならず。天命というものを痛感させられる記事。
《21 熊谷6人殺害事件 妻と娘を失った42歳》(2022年4月10日掲載)…言葉が出ない。読みながら自然と涙が浮かんできた。もしも我が身に降り掛かったら自分は耐えられるだろうか、受け止められるだろうか。p206に掲載された生前の妻子と写った家族写真と、p211に掲載された妻子が殺害された自宅に暮らす現在の写真の表情を見比べると、数え切れぬ程に向き合ってきた悔恨・後悔・哀悼・悲痛の想像を絶する深さに直面する。仕事を終えて家に帰って来たら妻と娘ふたりが、何の縁もゆかりも無い責任能力欠如状態の外国人に殺されていたら。
「娘たちは、どちらかが殺される様子を目の当たりにしただろうか。どれほどの力で刺され、どんなに痛い思いをしたか。きっと、「パパ助けて」と叫んだはずだ。」(p208)。
「あなたには奥さんがいますよね、子どもが残っていますよねーーと思ってしまう。家族全員を殺された自分とは違う、と。」(p212)。
「人類が滅亡すればいいのに」(p208)。
かける言葉なんて見当たりませんが、少なくとも、こういった境遇に置かれた方が歯を食いしばり立ち上がって二度と同じ悲劇が起こらない為に呼びかけを行われているのに対して、何の思慮も持たずに「目立ちたがり」とか「売名行為」とか「金目当て」とか誹謗や罵詈の矛先を向けてしまう人は、それだけは、何があっても間違っていると声を大にして伝えたい。
日々報じられる無数のニュースの向こうに、どんな『人生』があるのか。
私も省みる部分があるなと感じつつ、またひとつ成長を実感出来た読書でありました。
3刷
2024.11.30
Posted by ブクログ
報道とは事実とその結果が流れてくることが多く「その後」が放送されることは少ないと思う。
そんな中で、世間から注目を集めた人を中心にその人の「その後」を記したのがこの本である。ゴーストライター騒動の新垣隆氏、生協の白石さんの白石さんなど自分でも知っているような人が今はこんな人生を歩んでいて、そしてあのときどんな心境だったのか、というようなことが克明に描かれている。
彼らが日本中から注目を受けた「あの時間」から、今の時間に至るまでの「その後」と「これから」の人生を必死に生きようとする人々の話には心を打たれました。
今でも続いている「あれから」を読んでみたいと思いました。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。