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ヒトは縄文土器の文様にどんな思いを込めたのか? 人類はなぜ戦争をはじめてしまったのか? 古代、男女の関係はどのようなものだったのか? 考古学は新たな知を取り入れ、俄然面白くなっている。
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Posted by ブクログ
考古学の入門書として類書の中でもとりわけ初学者の方によい本だと思います。なぜ日本の古墳は世界の墳墓と比べて巨大なのか、縄文土器はなぜ派手な紋様をしているのか、という個別のトピックで興味を引きながらも、考古学という分野自体の歩みと危うさ、光と影もバランスよく扱っていてスッキリした構成となっています。 ...続きを読む 入門書としてよいと思ったのはまさに考古学のオーソドックスな解説をしながら考古学自体の意義を胡座をかかずに再考しているところで、ナチスと考古学の悪しき結びつきなどに警鐘を鳴らしつつも、そうした社会との関係を問う考古学を「パブリック考古学」と今は呼ぶとして学問への関心を持続させる書き方になっているのが誠実だったと思います。 また、縄文土器をめぐり当時の人々の主観的、心理的世界を探求していくアプローチを「認知考古学」と呼び最先端の学際的な領域を紹介しようとしているのも読み物としての娯楽性に富み楽しいものでした。 総じて入門書としてその学問の楽しさ、美味しい部分をスッと出す娯楽性と、学問的な誠実性が両立していた本と言えます。
本書は児童書の棚にあった。編集者は少なくとも中学生あたりを読者に想定しているのだろう。けれども内容はとっても高次なことを語っている。元の原稿は駒澤大学の学部生向けの「日本考古学概説」である。コロナ禍の下、配信のみになったのが残念で書籍化したらしい。目次全文が手に入ったので、本レビュー最後尾にコピペし...続きを読むた。よくぞ新書体裁にここまで詰め込んだ、というぐらいに日本認知考古学のパイオニアとしての矜持を持った概説書になっていることが、この目次を眺めるだけで判ると思う。栞だけで頁が倍くらい膨らんだ。全部メモすると大変なことになるので、どうしてもという部分のみメモしてゆきたい。 以下少し専門的になるので、(いつものことですが)興味ある方のみお読みください。 【追記】レビューを書いている途中、ふとwikiで松木武彦さんを検索したら、「9月21日死亡」の文字が!! 冗談かと思った。非常にショックです。現役の考古学者で最も尊敬する方でした。 戦争と平和の問題を考古学から解明する学者として、佐原真さんを継ぐ方と期待して疑わなかったのに…。また、認知考古学もこれからという段階だったのに…。考古学界にとって、大変な損失です。言葉になりません。 ・考古学の対象はヒトが出現した700万年前から第二次世界大戦前後まで。 ・椿井大塚山古墳(京都府木津川市)や黒塚古墳(大和)に葬られた人物は、鏡の製作と配布に携わった絶大な有力者ですが王ではない。王は同時期、遥かに巨大な箸墓古墳(大和)があるから。 ・アクセサリーや絵画は、心理的機能の産物であり、こんなモノをたくさん生み出してみんなで共有する様になったヒトは、ホモ・サピエンスだけです。そんなモノの白眉は、実際には存在しないものを頭の中に作り出す脳の力、すなわち「想像」の産物です。ドイツ・シュヴァーベン・アルプ「ライオン人間」は3万2000年前のマンモス象の牙から彫り出した作品。もしかしたら「神」として崇めていたのかもしれない。神がヒトを造ったのではなく、ヒトが神を作ったのです。 ・ホモ・サピエンスは2回目の「出アフリカ」をした。その時、世界中に拡散した。その原動力は、想像力でもって先のことを予測する能力、個人ではできないことをみんなで行う社会の力だった。更には好奇心や冒険心もそれを後押ししただろう。 ・1万6500年前に日本列島に土器が出現した(青森・大平山元I遺跡)。最古は中国湖南省玉蟾岩(ぎょくせんがん)洞窟の1万8000年前。問題は、未だ寒冷期で木の実は十分に採れなかった時代だったのに、何故土器を発明したのか。魚介類を茹でるための土器なのか? ・縄文土器は実用的ではない。文様のある土器を用いて煮炊きしたり食事したりすることを通じて、文様等、表象の組み合わせや順列を互いの心に共有し、確かめ合うことが、たくさんの人々を大きく複雑な社会にまとめ上げていくための手段として必要だった。未だ権力もリーダーも現れていない社会では、世界観や物語や神話が必要だった。 ・縄文人も現代人も、一万年では遺伝子レベルでは進化していません。パソコンでいうと全く同じ機種です。国際的にも同じです。嬉しい・悲しい表情は世界共通です←(〇°д°〇)。松本直子氏(松木さんの妻)が、岡大留学生にアンケートしたところ、中期の土偶は「幸せ」「女性的」、後期・晩期の土偶は「怒り」「嫌悪」「男性的」になった。後期は環境の冷涼化が影響したのだろう。 ・弥生時代(2950年前〜)から「戦争」は始まった。 ・チンパンジーの集団同士の戦いは戦争ではない。①規模。せいぜい十数人か数十人。組織化も不完全。②戦いの動機は遺伝子を残すことで、戦争とは違う。 ・考古学から見た「戦争」は、佐原真によると6つの証拠が必要(既レビュー「戦争の考古学」参照)。 ・「豊かな資源を占有して定住する」生活様式が戦争発生のメカニズムとなりうる。①社会経済要因。人口増加。一転して、災害等で欠乏が生まれると、他集団の資源や財の強奪が生まれる。②社会心理的要因。資源に対する強い防衛意識。メンバーにとって「自分の命をかけてでも守るべきもの」。戦いの正当化、集団の規範。ただ、それは「ムラからクニへ」の征服や統一には直ぐには結びつかない。強いリーダーを仰いで、それに従うことを良しとするヒロイックな集団関係が作り上げられ、約800年間は戦うよりもパワーバランスの上に立った集団関係が進んでいった。 ・九州北部では、BC2世紀頃から奴国、伊都国でクニになってゆく。BC1世紀頃から、周囲との交渉、外国との外交、金属器の生産のリードなどをする「王」へ成長。 ・BC2世紀、北九州、吉備、近畿、濃尾で独自の武器が発達して、他地域に一切波及しない。よって、地域同士の戦いは、この頃にはまだない。この頃にの池上曽根遺跡のような大きなムラは、他地域とドングリの背比べで、九州のクニと呼べるようなものはなかった。紀元前までの最大の墓は、大阪市加美遺跡のY-1墳丘墓だが、規模は九州に引けはとらないが、墳丘の中に20基以上の埋葬があり副葬品のないものもある。王はいなかった。九州北部は強国が仕切る「王制」だったのに対し、吉備・近畿・濃尾は小さな「共和制」が並び立つ社会だった。 ・関東に稲作が伝わったのは、BC3世紀を過ぎてから。農村が近畿、九州並に広がるのは紀元前100年代ごろを待たねばならなかった。その農村も貧富や地位の格差も少ない田舎の農村だった。 ・東北は青森砂沢遺跡で、BC4世紀に稲作が始まったが、BC1以降縄文の生活に戻る。 ・紀元前までの日本列島の社会は、日本史上最も地域の多様性が大きかった。しかし、紀元後にこの多様性が一気に小さくなり、広い範囲に同じような文化が広がる古墳時代へと急速に変化してゆく。 ・AC2世紀頃から、日本海沿岸から北陸にかけて、と吉備に、王が生まれる。そのうち中心になったのは、出雲と吉備。「紀元後1世紀の後半に九州北部から王の姿が消え、紀元後3世紀に大和に強力な王が現れるちょうど中間の2世紀に、出雲や吉備に王たちが現れ、中国との交渉も背景にして、一時的に倭の代表権を握るような段階があった」 ・この動きの背景。①気候の変動。BC1世紀に、温暖・少雨傾向から湿潤・多雨傾向へと、極めて大きな気候変動があった。日照不足によると連年の不足、水田の埋没、新たな水田や灌漑の開発の必要が生じ、乗り切る新たなリーダーが必要とされ、それを乗り切った「勝ち組」のムラやクニが王となっていった。② 紀元後に九州北部より東に鉄器が行き渡り始めた。当時はまだ輸入に頼っていた。交易ネットワークが東に波及し、利害をめぐる競争が広域化した。 ・その結果、AC2世紀中頃、「倭国乱れる」。2つのブロック、北九州の青銅器(銅矛)の祭を盛大に行う「共和制」的クニグニと、近畿・東海の銅鐸を祭るクニグニ。その間に、青銅器祭を廃止して大きな墓に祭られる王を頂点とした吉備・出雲の王制的なクニグニが林立していた。乱の直前か、その初期に青谷上寺地で100体以上を殺戮する事件が起きる。 ・3世紀前半には、乱の対立は解消され、西日本に王制が始まる。大和がその中心になり、吉備・出雲は地位を奪われた結果になる。出雲は交易ルートが日本海から瀬戸内にシフトしたからか。吉備はその間、「取り込まれた」か。(←私の意見は当然違う)大和が出てきたのは、「もともと広く安定した平地があって、生産力が高く、東西南北の水路や陸路の交点として交易の富も集まった大和が、新しい権力の中枢になるべくしてなったのでしょう」 ・その後、箸墓古墳の王は「王の中の王」の最初の人物となり、AC250年ごろに死去して葬られたと推測できる。 ・古墳は絶対的な支配者の墓ではない。大和王権成立後も、地元での支配力を温存した各地の王と、(大和の)大王との関係を表すものとして営まれた。これを前方後円墳体制という。 ・箸墓古墳の相似墳で典型的な例は、岡山県浦間茶臼山古墳(1/2)。この3世紀後半の吉備の王が、ときの大王と密接な関係をもって大和王権に所属していた可能性は高いでしょう。 ・当時地域が密接な関係を持っていたわけではない。香川県猫塚古墳は双方中円墳でしかも積石塚で、独特の地域臭を残している。前方後方墳は大和王権成立後に吉備認められる。外様大名みたいな位置付か。 ・大和王権初期の3世紀後半から4世紀中頃までは、古墳の中心に葬られる王や有力者の男女比は、およそ6対4だった。大和王権は、各地の男女の王や、大王に仕える大和の有力男女が、ほぼ対等の立場で支える王権だった。(←これは初めて知った!とっても重要な指摘!)しかし、古墳時代中期になると、古墳の被葬者は全員男性になる。王墓の形も前方後円墳で統一される。 ・「国家」は、人類の長い歴史の中では、きわめて「最近」になって生み出されたものです。最も古い国家は、わずか5000年前。大多数はたかだか1000〜2000年前の紀元後になって現れました。日本は、古く考えると1800年前の古墳時代、新しく考えると1300年前の奈良時代になります。国家は、私たちひとりひとりの精神・肉体の両面における生活や生涯・生命に、ものすごく大きな影響を与えます。どの時代のどの国に生まれるかによって、人生は全く違うものになります。←その通り!! ・幸い、現代の「日本国」は「民主主義」を標榜し、そこに属するすべての人に対して、国家の運営(政治)に参与できる仕組みが作られています。それを十分に認識し、若い読者の皆さんにはこれからの国家を担っていただきたいと思います。皆さんは国家の付属物ではなく、ときには国家に対峙して、それを良い方向に導いていく意志を持ちうる個人だからです。考古学の学びは、このような意識を持つことにもつながっています。 ・日本には44万もの遺跡があります。高度成長期に遺跡の破壊が日本史上最高潮になり、80年代に文化財保護法が出来上がる。現在、考古学関係の仕事をしている人は、日本で約6000人。けれども、考古学ファン含めて何らか関わっている人は数万に及びます。とても開かれた学問。 「おわりに」で、「私も還暦を迎え、歳もとり、病も経験し、若い皆さんにこの世界を託して去ってゆくのももうそんな遠い先のことではないでしょう」と書いていた。2021年11月の発行ではあるが、もう自分の病のことを知っていたのか?この頃、あんなに精力的にテレビに出ていて、本もこれが絶筆ではなくたくさん書いていたのに……。 松木武彦以上の考古学者は、現在日本にはいない。信じられない。この本には、思った以上に、私の関心領域に突っ込んだ記述が多く、私の「仮説」に、大いに根拠を与えたものになった。 「はじめての考古学」目次 はじめに 第一章 考古学をはじめよう 考古学とは何か/人間とは何か/考古学の対象はいつから?/考古学の対象はいつまで?/物を対象とする意味/モノに語らせる技術/はじめの一歩/埴輪の年代/三時期区分法の始まり/型式学の誕生-モノとモノの新古/新古を確定する方法/考古学の両輪/辺境発の考古学/年代を数値で知る/年代が記されたモノ/作られた年代がわかるモノ/年輪で年代を決める/建築年代がわかった建物/化学でモノの年代を決める/絶対年代の充実/理系が変えた日本考古学/三角縁神獣鏡の製作と配布/モノが語る「大和王権」の構造/人びとと暮らしの分布論/民族の考古学/考古学とナショナリズム/コッシナ学説のその後/コッシナをどう評価するか? 第二章 人類はなぜ拡がっていったのか-ヒトの進化と旧石器時代 ヒトの出現/道具と脳の共進化/世界を拡げる道具/言葉としての道具/計画する思考/社会を作る道具/生き残った理由/最古の日本列島人/氷期を生き抜く/石器の移り変わり/縄文時代への胎動 第三章 縄文土器が派手な理由-認知考古学で解く縄文時代 ヤリから弓矢へ/土器の出現/遊動から定住へ/旧石器時代から縄文時代へ/縄文時代はいつからか/最初の繁栄と滅亡/縄文の暮らし/四季のめぐみ/集落と社会/認知考古学とは何か/縄文土器の認知考古学/造形の秘密/社会を作る土器/命の世界観/強まる祈り、変わる社会 第四章 ヒト特有の戦うわけ-弥生時代と戦争の考古学 農耕の始まり/縄文から弥生へ、心の変化/弥生時代の幕あけ/弥生時代と戦争/戦うチンパンジー/オスの戦い/戦争とは何か?/考古学からみた戦争の始まり/戦争発生のメカニズム/日本列島の戦争の始まり/戦争と弥生時代社会/王の登場/東方地域の弥生時代社会/王はいなかった近畿・瀬戸内・東海/秘境だった関東/縄文がのこる東北/列島の北と南/激動の紀元後へ/新勢力の台頭/寒冷化と交易が生み出す権力/倭国乱れる/乱後の倭国/前方後円墳の成立/卑弥呼のいたところ/都市が結ぶ新たな社会 第五章 古墳は他の墓とどこが違うのか-比較考古学でみる古墳時代 比較考古学とは何か/世界のなかの古墳/古墳が来た道/古墳の「きょうだい」たち/巨大さと後進性/王を神格化する舞台/古墳を生み出す背景/大和王権と前方後円墳体制/大王墓とその相似墳/前方後円墳を築かない王たち/王の亡骸を飾る品々/ネットワークとしての大和王権/男女が支えた大和王権/大王墓の移動/男性の優位化と武装の革新/倭の五王の政権課題/人びとと古墳/墳丘の縮小と崩れ/新しい思想の古墳/前方後円墳の消滅/飛鳥時代の古墳/飛鳥の考古学/寺院と瓦の考古学 第六章 過去を知ること、いまを知ること-考古学と現代 現代と過去/社会が変わるしくみ/国家の起源を探る/国家とは何か/国家形成の研究の拡がり/日本考古学の国家形成論/古墳時代の国家の指標/国家と私たち/社会に向き合う考古学/教育と広報/多様な過去との接し方/遺跡破壊の歴史/破壊と保存のせめぎ合い/遺跡を守る制度/考古学者になるには おわりに
大学時代の恩師のお名前を本屋でお見かけして、思わず購入。 分かりやすい文章、語りかけてくる文体に当時の講義を思い出しました。 「はじめて」と銘打っているだけあって、まずは考古学が扱う年代や史料についての話から入り、実際に旧石器時代から古墳時代にかけての時代解説。 そして考古学が現代人にとって、どう...続きを読む役に立つかなどの解説も。 初心者にも親しみやすく、それでいて内容は完全に初心者よりは詳しいため、それなりに考古学に触れている人でも楽しんで読める本でした。 要は誰でも楽しんで読める本。 是非、これまで考古学に触れてこなかったけど、少し勉強して見たいなと思う人に読んでいただきたいです。 考古学の世界に導いてくれる導入本としては最高だと思います。
最新の考古学の成果を比較的平易な言葉で分かりやすく解説してくれる初心者にも優しい良書。邪馬台国や天皇家については意図的にぼやかしてる?のが残念。
誰にでも考古学の道は開かれている 戦争や国家が生まれる発祥を考えることで、今の歴史に対することができる、歴史学って浅はかだけどロマン!面白い!という点だけが自分としては強かったので、歴史学を学ぶことへの意義として新しい観点。 日本人は他国に比べると、古墳やら大仏やらなんでも大きく作りたがる。面白い。...続きを読む 大仙陵古墳はぜひ行きたい、卑弥呼の箸墓古墳も。 大和統一者が女性で、権力者の男女比も6:4と、 女性社会である点も興味深い。 勉強になった。数年に一回読み直したい。 ⚫︎ローマやギリシアの古典考古学に対して、辺境のデンマークやスウェーデンで発祥した先史考古学。 ⚫︎考古学を学ぶことは今や未来の歴史のためである。古くはナチスドイツの侵略における大義名分に考古学の理論が用いられたこともあると、ナショナリズムにおける考古学という観点(コッシナの住史考古学) ⚫︎土偶の表情で後期になると哀しい表情の土偶があるという研究、本当かなあ、と思いつつ、土偶を読むを読むの再読の思いが。 ⚫︎
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