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格差の問題を前にして、我々はいったい何を求めているのか。人々を選別する〈能力〉とは何か──。学校は格差再生産装置であり、遺伝・環境論争の正体は階級闘争だ。だが、メリトクラシーの欺瞞を暴いても格差問題は解けない。格差は絶対になくならないだけでなく、減れば減るほど人間を苦しめる。平等とは何か。平等は近代の袋小路を隠すために我々の目を引きつける囮であり、擬似問題にすぎない。世に流布する議論の誤解を撃ち、真の問いを突きつける、著者最後の虚構論。
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Posted by ブクログ
近年よく議題に上がる格差について論じた本。とはいうものの経済格差や教育格差などによる問題に焦点を当てたというよりは、格差というのはそもそも何かなぜ生じるのかを様々な観点から述べている。 印象的だったのは、能力主義や法の下の平等は格差を覆い隠すためのイデオロギーだという主張。実際には環境と遺伝によって...続きを読む最初から差が生じているにもかかわらず、形式的な機械の平等を与えることで現状の格差は自己責任だ・努力の結果だと思わせることができる。すなわち、自由のための自己責任ではなく、格差があるからこそ自由だとされるのである。また、現状に不満を抱き民衆が行動に移すのは差が縮まった時だとの主張もあった。フランス革命やロシア革命、公民権運動は貧しい生活に耐えかねて起こったのではない。むしろ皆の生活水準が上がってきたからこそ、そのほかの部分の差(階級格差や人種差別)に目が向くようになってきたのである。現在の日本でなぜ暴動が起こらないのか、なぜ高度経済成長期の日本で学生運動が起こったのか納得した。
今までの世の中の見方を揺るがすような知との出会いが大きな生き甲斐で、この本はそんな出会いの1つ。 メリトクラシーについてや学校が格差再生産装置であることについては、サンデルの最近の著作で読んでいて既視感があったが、そもそも格差とは何かということについて深く掘り下げており、しかもその過程で話題が広範に...続きを読む及ぶので面白い。他の虚構について論じた著書も併せて読んでみたい。民族という社会現象を生む集団同一性の虚構、責任という社会装置を機能させる自由意志の虚構、格差のヒエラルキーを正当化する能力という虚構。 能力は生じた格差の裏返しで、格差を正当化するための政治装置に過ぎない。貴族制が家系を持ち出して正当化するのと同様に。ダーウィン進化論が貴族制を打倒するのにブルジョワジーが必要としていたイデオロギーを提供した。 人種自体、どの身体特徴に注目するかによっても変わりうるもので、文明人対野蛮人という図式で西洋植民地主義に都合のよかった黒人、白人、黄色人種という分類が普及した。 裕福な恵まれた家庭で育つ子は環境が良いので先天的な個人差に至るまでIQが上がるが、貧困家庭では各家庭の条件に応じて子の発達が阻害されるので遺伝要因だけでは知能のバラつきが説明できない。加齢で自分の遺伝子が与える傾向に基づいて経験を選択、修正していくので、逆説的に遺伝率が上昇する。 擬制は虚構性が意識される。例えば法制度である。道徳や宗教は虚構性が明らかになっては機能しない。中世共同体が解体して個人の群れに還元された近代社会で正しさを保証するため、ホッブズ、ルソー、ロック、モンテスキューといった思想家が答えを用意した。全体主義は個人主義が生んだ。選挙は政治家の出身階層が偏り、社会階層が再生産されるため、真に民主的ではない。 普遍的だと信じられる価値はどの時代にも生まれるもので、時間と文化を超越する普遍は実現不可能。判断基準は歴史・社会条件に拘束され、正しいから受け入れるのではなく受け入れるから正しいとけいようする。 不満は客観的状態ではなく自らの過去や他人との比較から生まれるので、ロシア革命やフランス革命のように、暴動が起きるのは生活が良くなっているときだったりする。 人間は外因の沈殿物で内因はない。主体は幻想である。身体運動を単なる出来事でなく行為とする認識が意志という架空の存在を要請する。意志も主体も心理状態ではなく社会制度が生み出す認識形式で、解釈装置である。 では全て外因によって決まる、主体はないなら我々の人生は運命を辿るだけなのかという問に対しては、偶然の積極的意義から開かれた未来を見つけるべしとする。
本の内容にほぼほぼ同意。内因というものは存在せず、偶然や遺伝や環境のような外因にすべて起因するということは、この本を読む前から私は感じていた。それをうまいこと言語化してくれている。格差の低層の方々によく言われる努力不足、つまり自己責任論がよく取り上げられるが、この論理を用いることで、そもそも外因なの...続きを読むだから努力とか遺伝とか議論すること自体が間違えていると指摘している。 また人の嫉妬や劣等感がどのように発生するかに焦点を当てて、格差を小さくすることによる問題についても議論している。 内容は良いのだが、内容が少し冗長でもう少しまとめられた気はする。
競争時に配役が決まり、同時に台本、いわゆる物語を意識下に作成する。物語の生成においては、それまでの教育や経験によるバイアスや文脈が読み込まれ、それにより配役に序列が組み込まれる。バイアスの一つが権威主義によるメリトクラシーだが、そこに「格差」が生まれるのだ。それが「序列や役割」となり、前提に「能力差...続きを読むや資産の差」が作用するというわけだ。 その「格差」が虚構であるという。当然、認知により作られる物語だから、虚構だろう。だが、あなたがファーストフードのクーポンを探している同じ時間に、自家用ジェットでランチを取りながらバカンスに向かう家族が存在するのは現実である。それは虚構だと言ってもどうにもならない。 著者は、その格差の原因が環境によるものか、遺伝によるものかという論争は意味がなく、循環論であるという。全くその通りだと思う。遺伝が環境をつくる、環境が能力をつくる、という相互作用はある。勿論、例外はあるが、互いに相関性も因果性も高いものだ。 ー ハイエクは世界の事物を三種類に分類した。第一は生物や山野などの自然物。第二は自動車や船など人工的に製作されるモノ。そして第三は言語・道徳・宗教・市場など、人間が生み出す人工物でありながら人間自身の意図や制御を超え、自律的に機能する集団現象である。社会秩序は人間の相互作用から生成される。だが、人間が意図的に構築するわけではない。 相互作用による社会秩序こそ、この世界の物語であり、個人の意図では作用仕切れない格差である。 ー 結婚した女性は他の女性と自らとを比べ、夫よりも自分の地位が低い事実は問題にしない。準拠集団が異なるからだ。ところが個人ではなく集団を比べれば、地位の違いが自らの劣性に必ずしもつながらない。職場の他の者と自分を比べるのでなく、女性全体の地位を男性一般の地位と比べる。そして気づく。地位が低いのは自分が劣るからではない。社会が不公平だからだ、女性が不当に差別されているからなのだと。黒人だから、外国人だから差別されている。人種差別ゆえに地位が低いのならば自分の責任でない。悪いのは社会だ。したがって自己を卑下する必要はない。こうして防衛反応が消える。集団間の不公平に気づけば、成功の意味も変わる。より困難な状況を乗り越えたのだと自信が増す。そして自分だけの問題でなくなり、同じ差別に苦しむ人々と連帯する動きが現れる。 格差は集団化を動機付け、やがて国家成立の一因として寄与していく。ユダヤ人は再び国家を取り戻し、日本人は相互防衛する誓いの下で日本人たる。アダムスミス曰く、格差による競争が成長を生みながらも、格差を是正しようとする作用が秩序を生むのだ。この辺の論点は共通している。
格差を非難する人は、家庭環境が生み出す能力差を学校教育が是正することで、公平な競争を保証すべきだという。しかし、格差は絶対になくならないどころか、格差が小さくなればなるほど、その小さな差について人間はよけいに苦しむ。 能力を正当に評価すべきという人がいる。しかし、評価は比較であり、同質化をまねく。...続きを読む平等で客観的な評価は個性と相いれない。私たちが目指すべきは全員が少数派として生きられる多様性に溢れる社会だ。p.339
たしかになんか微妙な感じがあるなあ。おかしなことは言ってないと思うんだけど、新書にしては(新書でなくても)大部すぎ、情報多過ぎで、全体としてなにが言いたいのかよくわからない。昔の精神科医系知識人が情報をアップデートするとこうなるとかそういうんだろうか。
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