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Posted by ブクログ
吉川浩満著「理不尽な進化——遺伝子と運のあいだ」を読んだ。本書は進化論の本来の意義や面白さを改めて確認し、その上に進化論が含む矛盾とすら思える理不尽さ、そして一筋縄ではいかない生命、あるいは種の原理について冷静に指摘している。進化論の解説としてはもちろん、思想史、さらには哲学書としての役割すら果たす出来である。俺は進化論というある種中空的で、いかなる問題も巧みに包含してしまう学説について、とても不思議に、あるいは奇妙にすら思っていた。進化論の汎用性を理解したのは新型コロナウイルス感染症のワクチン接種の際、即製のワクチンを危険だと忌み嫌い、その間にも感染症を発症し倒れていく過激派たちを目撃した時だった。彼らの言い分は必ずしも否定できず、恐ろしいことに多くの真実も含んでいたことだろうと思うが、しかしその結果としてコロナウイルスに罹患し倒れたのでは本末転倒もいいところだろうと、深く思った。これを世間は適者生存だと嘲笑したが、今にして思えば、俺や世間は進化論を軽視し、適者生存という思考を過信していたと思われる。中国の武漢で初めて新型コロナウイルスが蔓延した際、その危険性をいち早く発見し、中国政府に報告した若い医師はコロナに罹患し死亡した。これは必ずしも自然な死ではなかったかもしれないが、適者生存というなら彼ほどの適者は存在しえない。世界各国や有識者やWHOですら見抜けなかった危険性を理解していた人物が、なぜ真っ先に死ななければならなかったのか。本書はその現象を「理不尽」と呼び、進化論を理解する上での要としている。著者は恐竜の絶滅は理不尽によるものだと解説している。巨大隕石の衝突までは地球の覇者として存在していた恐竜は、隕石の衝突による急激な環境変化に応じられず、そのまま絶滅した。この一連の現象は、恐竜の責任ではなく、また恐竜の遺伝子の責任でもない。だれ一人として想定しえない事態が起こり、誰もがそれに対処できず、生き残った種は偶然生存し、絶滅した種は偶然絶滅することになった。これは理不尽と呼ぶほかない。本書が哲学書と呼べる要素は、この論理にある。人生は理不尽の連続であり、科学的な答えや責任の所在を問うだけでは対処できない問題ばかりだ。これをウィトゲンシュタインは「たとえ可能な科学の問いがすべて答えられたとしても、生の問題は依然としてまったく手つかずのまま残されるだろう。」と言及している。人生のほとんどの疑問や問題は、いわば詮無き問いといえる。生まれる国も家庭も人種も言語も選択できず、時には社会の大勢に押し潰されることもある。ほとんどの問題は時間、つまり忘却が解決するが、それは詮無き解というほかない。著者は本書を「自分で掘った穴を自分でまた埋めているようなものだ」と謙遜する。しかし本書は進化論のみならず、すべての学問、さらには人生まで言及した良書だ。だれもが理不尽に身を委ね、活用できるものならどれほどに楽だろうか。人生とは実に栓のないものである。
Posted by ブクログ
文庫本オビの名だたる評者のコメントに魅せられて手に取ってしまった一冊。
本書は科学としての進化論について論ずるものではないし、一般読者にも理解できるよう丁寧に論述されているが、内容を一言で説明することは難しいので、気になったところを、以下書き留めておく。
「私たちは進化論が大好きである」(序論)との印象的な一文から本書は始まる。そもそも進化論は、生物の世界を説明する科学理論である。と同時にそれは、"新たなビジネス環境への適応"、"進化する天才"、"○○のDNAが流れている"といったワードを日々目にするように、物の見方やイメージを我々に喚起するものでもある。
本書は先ず、「適者生存」として語られる進化論を、圧倒的多数の絶滅した種から見るとどうなるのか、という問いから思考を進めていく。遺伝子が悪かったのか、運が悪かったのか?それを説明するキーワードが"理不尽な"である。生存のためのルールが変更されてしまう、そして新しいルールはそれまで効力を持ってきたルールとは関係ない。こうして多くの種が絶滅し、代わってその空きに新たな種が登場する。
第二章では、科学理論としてのダーウィニズムと、スペンサー流発展的進化論として私たちが抱いている進化論的世界像(との分業体制あるいは乖離的共存の状況について語られる。この辺りの論は非常に面白い。
第三章は、適応主義を巡り、進化生物学者として有名なグールドとドーキンスの間で行われた論争を取り上げる。論争の判定としてはドーキンス側に軍配が上がったというのが今日的評価だが、著者は、なぜグールドは死ぬまで負けを認めようとしなかったのか、その点について終章で考えていく。
ここでのキーワードは「歴史」である。グールドは、生物がもつ特徴が何の役に立っているのかという「現在的有用性」と、それがどのような経緯でそうなったのかという「歴史的起源」の区別を保持することが重要であると言う。ではなぜ歴史が必要とされるのか。進化の道筋はそのメカニズムとは外的な関係にある物理的諸条件に左右されるという事実は、進化の歴史が単なる発展や展開ではなく、ほかならぬ歴史であることと同義であるからである。
そして、ダーウィニズムの心臓部には「説明と理解」、すなわち「自然の説明」と「歴史の理解」という哲学的問題がビルトインされている。
本書はたしかに進化論に関する本である。そこで取り上げられている内容だけでもとても興味深い。同時にものの見方、考え方についての人文学的内容に溢れた本である。ニ読、三読することでそのつながりや著書が本書全体を通して言わんとしていること、面白さがより分かってくるのではないだろうか。
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