山本健吉の作品一覧
「山本健吉」の「いのちとかたち 天際の借景」「奥の細道」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
「山本健吉」の「いのちとかたち 天際の借景」「奥の細道」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
Posted by ブクログ
697
山本 健吉
1907年~1988年。長崎生まれ。本名、石橋貞吉。父は評論家・小説家の石橋忍月。慶應義塾大学国文科卒。改造社に入社、「俳句研究」の編集に携わる。文芸評論家として古典から現代文学に至るまで幅広い評論活動で知られる。『芭蕉』で新潮社文学賞および日本芸術院賞、『古典と現代文学』で読売文学賞、『いのちとかたち』で野間文芸賞を受賞。1969年、日本芸術院会員。1983年、文化勲章受章。『俳句鑑賞歳時記』、『俳句とは何か』(共に角川ソフィア文庫)、『基本季語五〇〇選』(講談社学術文庫)など著書・編著多数。
三月四日(昭和五十三年)、越路吹雪の第二十五回リサイタルの初日。一曲歌ったあと、彼女の挨拶の言葉の中に、 てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた という安西冬衛の「春」の詩がさしはさまれた。ようやく寒気がゆるんで、春の雨らしい暖い雨が降り、如何にも春の到来を思わせる日で、こういう日の挨拶に、季節にたがわずこんな春の詩をさしはさむ彼女の機知に感心します。
落し文 富安風生氏が「動物学者が落し文の名で呼ぶとは、動物学者もしゃれている」と書いているのを見て、はてなと思ったのだ。動物学者がこんなしゃれた名をつけることがあるかしら。動物や植物にしゃれた名をつけるのは、たいてい子供であるらしい。子供でなくても、生活の上で始終そのものに触れている、なみの生活人のウイットであるらしい。ダンダラチョウという美しい蝶を、動物学者がそういう名前で呼ばれているのを知らないで、たまたま岐阜で発見したからと言って、ギフチョウと名づけ、それが 通名 になってしまったような例がある。岐阜だけにいるとはかぎらないから、科学的にも正確な名前でなく、ダンダラチョウという名前に気づいたら、改めたらよいものを、台帳のようなものに登録されてしまったらどうにも動かせないらしいのである。これで、昔ながらの名前は、俗名だということにされるのである。 落し文などという名前は、決して動物学者の感覚ではない。これは、ゾウムシ科に属する小形の甲虫で、雌が産卵のさいに、栗・楢・樺・櫟 などの葉を横に嚙み切り、切られた尖端に一個ずつ卵を生みつけ、きれいに巻いて筒状の 揺籃 をつくる。それが巻かれたまま地上に落ちているのを、小鳥の仕業に見立てて、「時鳥の落し文」とか、「鶯の落し文」とか言っているのである。 落し文というのは、ただ落した手紙ということではない。元来はっきり言いにくいことを、だれが書いたとも分らぬように文書にして、道や廊下などに落しておくことだ。平安時代からあったことで、つまり 落書 である。それが門や塀や高札などに書かれると、落首・落書 になる。 落し文は多く結び文だった。そして、あのゾウムシ科の甲虫の仕業によって地に落ちた筒状の枯葉は、この結び文に似ていた。
そういう信仰が古くからあって、日本人の雪をよろこび、「雪見」などと言って、それを鑑賞する態度が導き出されてくるのだ。 雪は今でも、私たちを童心にかえらせる何物かがある。雪は思郷、回想をさそう種です。
それは、あらゆる日本人にとって共通の経験であり、共通の知識である。ある場合には、共通の美意識、共通の思想を形成する種ともなる。日本列島は東西に長く、ほぼ北緯三十四度から六度ぐらいの線における季節現象が標準となる。だいたい京阪地方を中心に、西は瀬戸うちに沿って九州北部に至り、東は東海道を経て東京とその周辺に至る地域で、それ以外の地域の季節現象は、標準からの若干のずれとして意識される。古くから文化の栄えた地域が中心になるのは、 止むをえない。「霞」とか「時雨」とか言っても、大和盆地や山城盆地にことに顕著な季節現象として、ひとびとの意識に焼きつけられ、美化されたのであった。
Posted by ブクログ
俳句の研究書をAIに推薦してもらった数冊の中の1冊です。著者のことを存じ上げず、また、収録されている評論が1946年から1983年に出されたもので、古いという思い込みゆえに、半信半疑で読み始めたのですが、私にはインパクトがありました。俳句の成立当初をみながら、切れ字が如何に重要か。そして、俳句はダイアローグであることを説いています。
それゆえにということもあるのでしょうが、著者にとって、芭蕉が如何に巨大な存在か。沢山の箇所で芭蕉に言及がありますが、以下の文章がその最たるものでしょう。
「「物の見えたるひかり、いまだ心にきえざる中にいひとむべし」(あかさうし) この芭蕉の言葉が、俳人たちの何より忘れてならないことだ。発句の中に、この「物の見えたる光」が灯っているかどうか、それが一番大事なのだ。言いかえれば、そこに「いのち」が輝いているかどうか。その瞬間のおのれの「いのち」が、句の中に移されているかどうか。」
Posted by ブクログ
歳時記の季語を、歳時記の編纂者が随筆風に解説しつつ関連する俳句を紹介していく内容だが、あまりに高踏的なので途中からなかなかノリについて行けず読み進むまでに時間がかかった。上皇が音読しているというから、それもそのはず。
一旦慣れれば面白く、著者の興味が国語だけでなく、風土の方にもあり、民俗学に近い記載が多いことがわかる。雅語よりも市井の人々の暮らしの中で使われた言葉や、漁師の風の呼び方の方に肩入れしている。2020年の梅雨は長く、8月になった途端に真夏になったけど、こういう自然の上で生活しているんだなと妙に実感を持てた。
「末黒の薄」、「蛙のめかり時」、「卯の花腐し」など、由来の怪しい言葉があったりするのを知るのも楽しい。
季語の感覚がなければ分からない日本の小説も多数あったんだろうと思う。も少し勉強したい。
Posted by ブクログ
歳時記にならった構成となっており、春・夏・秋・冬・新年に章分けがなされ、それぞれ時候・天文・地理・人事・動物・植物の順に、それぞれの季語を含む句と、それに対する著者の鑑賞・批評が収められています。なお、著者の季語についての研究成果は、『基本季語五〇〇選』(1989年、講談社学術文庫)にまとめられており、本書はあくまで著者の鑑賞・批評に眼目があるというべきであるように思われます。
「道のべに阿波の遍路の墓あはれ」という高浜虚子の句をめぐって著者は、「遍路は春の季語であるが、「遍路の墓」では季感を持っていないのである」と述べ、さらにつづけて「このような句を見ても、季語の存在意義が季感にないことは確かである。この句に季感があるかないかより、季語がはっきり存在することのほうが大事なのである。一句に重量感を与えるものは、季感でなく、季語そのものである」と主張しています。ここに、季語についての著者の考えかたが集約的に示されているといってよいでしょう。
俳句は時候のあいさつのたぐいなどではなく、定型詩であり、季語を用いるという制約が短詩である俳句がわれわれの心に深く入り込むことを可能にしていると考えることができるのかもしれません。
Posted by ブクログ
『山本健吉俳句読本』の第一巻として刊行された本を、再編集したものです。
著者は、俳諧が連歌にその源流をもっているということに着目して、談笑の場における諧謔精神を受け継ぎながらも、それを芸術的に昇華したところに、俳諧の本質を見ようとしています。そのうえで、ディアローグにおいて成り立つ芸術として俳諧をとらえなおし、その本質を「挨拶」や「滑稽」ということばによっていい表わそうとしています。
著者のこうした俳諧論は、桑原武夫の『第二芸術論』とひとまとめにされて、俳句に対する批判だと誤解されたことがあったと著者は回想していますが、他方で著者は「純粋俳句」ということばで、俳諧のあるべきすがたを積極的に語っています。俳句が連歌からの独立を果たすにあたって、表現上の独立性を獲得するために、「切れる」ことが重視されたと著者は論じています。そして、このような背景にもとづいて、切れ字の意義についての考察が展開されていきます。
こうした立場から、著者は芭蕉の俳諧のもつ芸術的価値について検討をおこない、とりわけ蕪村との比較を通じて、連歌という源流につながりつつもそこから独立している俳諧独自の芸術的精神が芭蕉の句において十全に示されていると主張しています。