サブタイトルにあるコンテンツ モデレーションという言葉について。本書を開くと扉のところにその言葉についての解説がありました
「 プラットフォーム上の投稿や動画を選別・削除し、調整するプロセスのこと。そこには政府による規制とイノベーション、企業の利益と公共性、言論の自由と社会的秩序など複雑な価値の対立が潜んでいる」
いわゆるGAFAM(ガーファム)のことを巨大プラットフォームと呼ぶことが最近増えたように思います。
投稿出来るSNSをはじめとするあらゆるサイトでは今、誹謗中傷や性的なものを含んだあるいは含んでなくとも公序良俗に反する不適切動画、捏造やフェイクなど「どうしてこういうものが公の場にあ...続きを読む るのか」と思うものが大量に無防備にさらされ続けています。
本書はデジタル空間での規制について、EU・アメリカ・日本での違い、そもそのも規制への考え方の差や法律の厳格さの違いなどについて書かれています。
本書を読んで乱暴にざっくり言ってしまえば、アメリカは表現の自由を重視し基本的には投稿などについて削除はしない方針であること(しかし政府方針と異なり、トランプ大統領は自分の政治的方針に合わないものをことごとく排除する行動をしており、表現の自由を重視するといいながらむしろ表現の自由を圧迫しているのではと著書がいう状態ではあるものの)、EUは規制が厳しく取り締まっていくことに積極的な法整備と体制であることが分かりました。
で、肝心な日本はどうなのかと言えばこれもざっくり言えばどっちつかずになっている、ケースバイケースのような対応になっているといった感じでした。
日本でも主に使われているプラットフォームの運営先がアメリカであることが多いために、結局はアメリカのやり方に従わざるを得ない状況にあるというのが今現在だと思います。
しかしアメリカの国民性と日本の国民性では全く違うのだから、アメリカのやり方に合わせろと言われても(言ってないけど現状)それは無理な話だとしか思えず。
もやもやを解消したくて読んだのにむしろもやもやが深まった気がしてならない(苦笑)
個人情報に限らず、プラットフォームに違法情報の削除を請求しても認められることはほとんどありません。日本でも個人情報保護法は存在しますが、プラットフォームに対して投稿や検索結果の削除請求を行える制度はありません(P64)
例えばGoogleには削除を求めたい投稿について報告ボタンやビジネスサイトだと削除依頼申請ボタンなどあります。アクションについて検討はするようですがしても余程の酷い投稿でない限り削除されないです。
また本書で触れられている「Lumenプロジェクト」(p115 プラットフォームに送られた削除依頼の内容を収集・公開することで、削除プロセスの透明性を促進する研究プロジェクト)は、本書にも書かれているように「誰が、どのような理由で、どのような内容の削除依頼を送ったのか、を可視化することを目的」としているので、結局削除をしたいばかりに逆にどんな削除依頼をしたのかという形で依頼者の実名をフルネームで公開されるという、著者も書かれてますが日本人には違和感しかないプロジェクトです。
そういうものを検索する人は限られているかとは思いますが、実名で公開されるので検索すれば世界中誰でも観られるものだそう。アメリカの透明性の重視の凄みを感じます。
けれども。ほんとアメリカのやり方、日本人には理解不能。
Lumenを使う日本人いるだろうか?もうすでに実名で相当の被害が出ている人は使うかもしれないけど…あえて使う人はそういないのでは。
アメリカが運営先であるSNSに不当な投稿をされた場合、削除を求めるためには今現在最終的にはその運営先に投稿者の照会を求めなくてはなりません。
法律は2024年にそれまでのプロバイダ責任制限法から情報流通プラットフォーム対処法に改正されました。(p238)
他の削除申請に関するサイトなどを見ると、それにより以前よりは手続きがスムースになったと言われますが、法が整備されることとそれを実務で行うことの間にはとてつもない断崖絶壁があります。
法律による規律があるかという問題と、法律の執行や救済が実際に効果を上げているかという問題は区別して考える必要があるということです。 問題行為が禁止や制限の対象になっていないからではなく、ネットワーク上の行為が取り締まりや 責任追及が難しいために、法律が対応できていない場合もあります(P 220)
未だにアメリカに英文で依頼書を送らねばならないことは変わらず、そんな作業を一般日本国民が自分でできるはずもありません。
どういう手続きを取ったらいいか教えてくれる総務省のサイトも新設されましたが、結局はどこに相談しても聞いても「弁護士に頼め」という結論に行き着き大変な労力と心理的・金銭的負担を被害者が負わなくてはならないのは2026年現在何も変わっていません。
アメリカの民事訴訟では、相手方が匿名のまま訴訟手続きを開始し、裁判所の判断によって発信者情報を開示することも、相手方に訴訟が提起されたことをきちんと知らせることなどを条件に認められています(P 152)
こういうところは日本でも取り入れてほしいと思います。お国柄無理でしょうけれども。
著者はEUの規制は厳しすぎると言っています。確かに法律はそうなのかもしれない。でも、実際にSNS等の被害にあっている人はそんな風にはとても思えないと思いました。特に日本ではそうでしょう。
表現の自由は大切だけれども、傷ついている人間が「傷ついている」と訴えても「表現の自由だから」と不当な投稿者が守られる現在の状況は、犯罪が起きて加害者のプライバシーは守られるのに被害者のプライバシーが全部晒される構造と似てるように自分には思われてならないです。
被害にあっている人は立場的に弱い。加害者が表現の自由で守られることのために、本来公の場にさらされなくてもいい形で自分が不当に扱われていることを我慢しなくてはならないなんて本当におかしいです。
自分はEUのような厳しい規制を日本にもしてもらいたいと思いました。
EU のデジタルサービス法のような政策は、アメリカの伝統的な制度や理念とは全く相容れないものであることは確かです。(略) EUのデジタルサービス法が恣意的な言論規制に発展しかねないという懸念も無視できないものです(p123)
それはわかるけどしかし。
日本は個人情報保護法を都合の良いように利用して情報を操作していると感じることも報道を見聞きしていたら感じることも多いです。
著作権についてはアメリカも侵害した側に対して厳しい規制と対処をするようです(「通信品位法230条」による規制)。権利についてはガンガンと言いまくるところはいかにもアメリカらしい。
この規定により名誉毀損については裁判に訴えてもほとんどアメリカでは削除されないとのこと(p103)
本書を読んで知りたかったことについて「何故そうなのか」を知ることができました。そして日本のインターネット界隈における法規制に対するがっかりがものすごく深まりました。
でも今知ることができてよかった。
これまであまり本書のような内容について一般向けに書かれたものはほぼなかったように思います。
本書タイトル「プラットフォームに正義を託せるか」
自分の答えは決然と否です。
でももやは使わないことも考えられない。
コンテンツ・モデレーションというものにもっと世の中が広く関心を持つようになること、その言葉が広まること、そしてここに書かれている問題はネットを使わずにはもう一日も過ごせない私たちには常に自分事であると認識することがこれから必要だと強く感じます。