国際政治学者で東京大学教授(当時)の猪口孝氏の2002年の著書。
幸運にも古書市で出会った。
政治や国際関係は日々変わるので、20年以上前の著書を読むのはどうか、と言うことも浮かんだが、答合せの意味も含んで読んだ。
冒頭に「我書く、故に我在り」と述べられているとおり本書は、
「過去を知ることで未来が予想できる」
という強い信念に基づいて書かれているが、
様々な点で、当時から見た未来=今が的確に予想されており、その考えが裏付けられている。
例えば、グローバル化と市場の進展は、逆説的に国家への依存度をも進める、という指摘は今のトランプ現象そのものであるし(p.34)、
その現象がトランプという個人に依存するものでもなければ、一時的なムーブメントとでもなく、長い目で見た歴史の必然であることを物語っている。
一方で、自分としては同意しかねる箇所もあった。
例えば太平洋戦争後のアメリカの日本統治に関して、
『日本の民族意識・民族的記憶について根本的な変更をもたらさず』
という箇所である(P.95)
果たしてそうか。
太平洋戦争敗戦から現在の日本の苦境に至るまで、「神」が敗れたことによるアイデンティティの喪失が、この国に長期的かつ無意識下の影響を及ぼしていると考えると、
むしろ民族意識は根こそぎなくなったとも言える。
猪口氏は統計による数理モデルの学者であるという点から、
宗教観や大衆心理には独特の解釈があるように読めた。
解釈は様々あるだろうが、とにかく20世紀後半の国際情勢に関しては、辞書のようにも使えるほどの情報量。
現在の世界情勢は長い目で見れば未だ「ポスト冷戦」の枠組みなので、学ぶところが多い。
猪口氏は東大と米MITで学んだ政治学の権威で、国会議員の猪口邦子氏の夫であるが、
残念ながら一昨年、自宅マンションの火災で亡くなっている。
何故この国において、あるべき知性ほど失われやすいかを改めて考えてみたいと思ったことも、本著を手に取った動機であった。
改めて、ご冥福をお祈りしたい。
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以下、メモとして。
・1980年代終盤〜2000年代初頭当時の状況を、①冷戦の終焉、②地理の終焉、③歴史の終焉、の三つの終焉という切り口で理解。
・その中身は、米ソ冷戦の集結、ソ連崩壊、アメリカ一極集中、とは言え長期期に見たその影響力の相対的低下、共通の敵の不在による同盟関係の弱体化、イスラム教とキリスト教という新たな対立軸の生起、日本の経済的苦境、という激動の時代である。
・フランシス・フクヤマ、サミュエル・ハンチントンという当時を代表する国際政治の論客を筆頭に、マキャベリ、カント、マックス・ヴェーバー、ポール・ケネディ、ケナンからキッシンジャーまで、歴史的な議論を幅広く俯瞰。
・筆者の主な関心は、戦争の回避とその平和的終結という点で一貫している。
・筆者が統計を重視した数理政治学を基礎としているためか分からないが、宗教や市民の心理については重点が大きくないと見えるところがある。