作品一覧

  • ハウス・オブ・ヤマナカ―東洋の至宝を欧米に売った美術商―

    ハウス・オブ・ヤマナカ―東洋の至宝を欧米に売った美術商―

    小説・文芸

    3.8
    1巻1,760円 (税込)
    19世紀からアメリカに進出し、日本美術品を大量に販売した骨董商・山中商会。20世紀初には清朝崩壊で大量放出された中国美術の大オークションをニューヨークやロンドンで開くが、日米開戦で莫大な資産を失い、所蔵コレクションは全て売り払われる。歴史の荒波に揉まれて消えた、世界的美術商の知られざる六十年。
  • 消えたフェルメール(インターナショナル新書)

    消えたフェルメール(インターナショナル新書)

    ビジネス・実用

    3.6
    1巻847円 (税込)
    あのフェルメールの傑作はもう見られない? 1990年3月、米ボストンのプライベート美術館、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館からレンブラントの〈ガリラヤの海の嵐〉を含む10数点の美術品と共にフェルメールの〈合奏〉が盗まれた。以来、約30年、美術ファン、美術館関係者の期待も虚しく、〈合奏〉はその姿を現していない。著者は他のフェルメール作品〈手紙を書く女と召使い〉〈恋文〉〈ギターを弾く女〉が盗まれた事件の背景を分析し、IRA(アイルランド共和軍)の関与などの政治的な動機、保険金目的、富豪コレクターの指示……といった側面から推理。同時にFBIによる捜査の進捗からもアート界最大のミステリーを追う。加えて、パトロンの存在、カメラ的な技術の導入、現存するも最大37点といわれる作品数など画家フェルメールの謎にも言及。2000年刊『盗まれたフェルメール』を踏まえつつ、〈合奏〉にまつわる新事実を報告する決定版。

ユーザーレビュー

  • 消えたフェルメール(インターナショナル新書)

    Posted by ブクログ

    「合奏」盗難を中心に据えながら、フェルメール絵画の流転、フェルメール研究の歴史にもコンパクトに触れてある。
    入り口で読んでも、ある程度フェルメールについての知識を持った段階で読んでも、いずれも充実感の得られる好著。
    2018.10.10 第1刷 帯付き

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    2019年03月01日
  • ハウス・オブ・ヤマナカ―東洋の至宝を欧米に売った美術商―

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    アート好きなら読んでみたいドキュメンタリー。
    明治から第二次大戦前まで、名の知られた美術商・山中定次郎と山中一族が経営する山中商会。その足跡を丹念にたどる。

    導入部の琳派屏風の左右をめぐる記述で、美的感覚にやや違和感を覚えたが(空白のある構図のほうが美しいと思うので)…読み進めると、すばらしい労作であったと感じた。

    1890年にNYに出店、以後、英国にも進出。
    ロックフェラー財団や名うての蒐集家、エリザベス1世までの御用聞きとなり、日本含む東洋美術の至宝を世界に売りさばいた豪商。義和団事変で中国美術の需要に目をつけ、美術品とは言えないようなインテリア雑貨もまぜつつ、販路拡大。しかし、1920年代後半の金融恐慌、30年代の中華事変、さらには第二次大戦直前の関税法や在米資産凍結令で、解体されてしまう、山中商会。

    戦後はもと社員の協力で復活の兆しも見られたが、日本が経済復興しても忘れ去られてしまう。

    著者は資料の乏しさにもひるまず、無数のコレクターや美術館、公文書にあたり、膨大な調査によって本書をまとめあげた。財務情報や当時の物価などの引用考察は、並みの美術史家ならば思いもよらない視点で、読み物として面白い。学術書ではないが、研究として価値がある。

    日本美術の海外流出を嘆き、高額な競売ばかりがセンセーショナルにとらえられがちな風潮に異議申し立てし、東洋の文化価値を世界へ広めた「民間文化外交官」としての美術商の価値を再認させる狙い。目から鱗が落ちる。

    『武士の家計簿』もそうだが、生活や経済感覚と結びつく教養系学問はもっと推奨されるべきであろう。

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    2017年09月19日
  • ハウス・オブ・ヤマナカ―東洋の至宝を欧米に売った美術商―

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    明治時代から第二次世界大戦まで、東洋美術商として世界的に有名であった山中商会。メトロポリタン美術館、ボストン美術館、フリーア美術館、大英博物館など、大規模な東アジア美術コレクションを持っている美術館へは、相当数の作品を供給していたという。二〇世紀初頭にあっという間にビジネスを拡大した山中商会は、ニューヨーク、ボストン、シカゴからロンドンまで活動範囲を広げ、英国王室からも用命を受けていたほどだ。本書は、今では知るものの少なくなった、その興亡を描いた一冊である。

    ◆本書の目次
    序章  琳派屏風の謎
    第一部 古美術商、大阪から世界へ
    第一章 「世界の山中」はなぜ消えたか
    第二章 アメリカの美術ブームと日本美術品
    第三章 ニューヨーク進出
    第四章 ニューヨークからボストンへ
    第二部 「世界の山中」の繁栄
    第五章 ロンドン支店開設へ
    第六章 フリーアと美術商たち
    第七章 日本美術から中国美術へ
    第八章 ロックフェラー家と五番街進出
    第九章 華やかな二〇年代、そして世界恐慌へ
    第十章 戦争直前の文化外交と定次郎の死
    第三部 山中商会の「解体」
    第十一章 関税法違反捜査とロンドン支店の閉鎖
    第十二章 日米開戦直前の決定
    第十三章 開戦、財務省ライセンス下の営業
    第十四章 敵国資産管理人局による清算作業
    第十五章 閉店と最後の競売
    第十六章 第二次世界大戦後の山中商会
    終章   如来座像頭部

    江戸末期以来、日本国内でも活発に古美術商として活躍していた山中商会が、日本国内の美術ビジネスに与えた最大の功績は、”展観”という販売スタイルを持ち込んだことにあるという。それまでは顧客と一対一で販売するのが通常だったのだが、欧米の画廊に倣い、会場で品物を展示してから販売するという方式に変更したのである。今でいうフリーミアムモデルのようなビジネスモデルが、百年以上も前に行われていたことになる。

    ニューヨークに最初の店を出したのが、一九八四(明治二七)年。明治日本のナショナリズムが高揚し、日本としても熱心に対外貿易を促進していた時代である。その当時、日本の美術工芸品のレベルの高さは群を抜いていたという。遠近感を無視し、植物や動物の描き方も誇張され、遊び心やデザイン感覚に富んでいたのである。そんな中、山中商会は、美術工芸品に限らず、盆栽、狆、金魚から”だんじり”まで幅広いラインナップを取り揃え、日本文化を知らしめる役割を果たした。今風に言うとキュレーションということになるだろうか。

    今でも海外のソーシャルメディア事情などを、日本国内に伝えるためのキュレーターは見かけるが、日本国内の情報を世界に発信しようとしているキュレーターには、あまりお目にかかれない。また特筆すべきは、山中商会のキュレーションが、美術に関して目の肥えた正真正銘のキュレーター(美術学芸員)達に対して行われていたということだ。つまり彼らはキュレーターから情報をもらうのではなく、情報を与えることでビジネスを行っていたということなのだ。

    彼らに取っての最初の転機は、明治後半に訪れる。日本の美術品が品薄になり、値段も高騰してきたのだ。そこに国内が政情不安に陥った中国より、安価な美術品が大量に出回って来た。まるで現在の世界情勢を彷彿とさせる出来事だ。そこで、山中商事は仕入れの中心を一気に中国へと舵を切る。多少非合法なこともあったようではあるが、大量の買い付けを行い、アメリカでの中国美術品ブームも牽引する美術商へとのし上がったのである。ここでの成功のポイントは、文脈形成ということに尽きる。自らが主催する講演会で、中国美術と日本美術を、ギリシャ美術とローマ美術のように相互に入り組んだ「同じひとつの芸術的活動」として取り扱う視点を提示したのである。

    本書の副題には、「東洋の至宝を欧米に売った美術商」と書かれている。おそらく当時の人が、山中商会の商いを国内からの「流出」という否定的なニュアンスで捉える傾向が強かったことも受けてのことだと思う。これは、美術というものを目的と捉えるのか、手段と捉えるのかによって、賛否の大きく分かれるところでもあるだろう。

    山中商会の商いが、あくまでも「手段としての美術」であったことは否めない。しかし、欧米に追い付き、追い越せと叫びながら、海外を模倣していた時代に、欧米を相対化することで文脈を形成し、日本、そしてアジアという文化を広く知らしめたということは紛れもない事実である。その商魂には、今でも学ぶべき点が多いのではないだろうか。

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    2011年04月11日
  • 消えたフェルメール(インターナショナル新書)

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    ネタバレ

    2022/2/19 ジュンク堂三宮駅前店にて購入。
    2023/10/16〜18

    30点前後しかないフェルメール作品のうち、盗まれた「合奏」、「恋文」、「ギターを弾く女」、「手紙を書く女と召使い」に関する盗難の様子やその後がまとめられている。無事であることを祈るのみ。

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    2023年10月19日
  • ハウス・オブ・ヤマナカ―東洋の至宝を欧米に売った美術商―

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    日本を含む東アジアの美術品の価値をヨーロッパとアメリカに広く伝え、当時の(とくにアメリカにおける)美術文化交流の要でありながら、第二次世界大戦を契機として解体させられ、消滅してしまった山中商会の興亡史。当時の社員達の気概や商魂を知る為にも興味深い一冊。
    ただし、著者が断っている通り、ヤマナカの「アメリカにおける」興亡しか追いかけていないので、ロンドンにもあったというヨーロッパでの商売についてはほとんど分からないというのが、やや画竜点睛を欠くという感じ。1920年代、ロンドンで王と王妃からそれぞれロイヤル・ワラントを賜り、その栄誉に浴していたのがイギリスの全ブランドも含めてヤマナカだけだった、とさらりと書かれているけど、これは実はとんでもないことだと思います。そんな栄光の歴史があるのであれば、あと100ページ増えてもいいからヨーロッパにもう少し目を向けて欲しかった。

    中盤から終盤にかけては、完璧に戦争に翻弄されたヤマナカの消滅までの歴史書。その中で意外だったのは、戦争で敵となった日本の会社を解体させるにあたり、当時のアメリカ政府が敵対的な手段ではなく(強圧的ではあったと思われるが)、それどころかヤマナカがそれまで半世紀にわたってアメリカの美術分野に与えた影響と、商売を通じて蒐集家との間で育まれた関係や心情を斟酌して、非常に寛大な処置をとりながら財産の処分をしていた、という点。
    普通、敵の文化だったらヒステリックに排斥したり、もっと悪ければ単純に破壊したり焼却したりしそうな感じだけど、当時のアメリカ政府はその点については非常に「文化的」だったんだと思います。
    さて、これが21世紀の戦争・紛争・内戦で行われているかどうか。その辺を考えると、今の政治の方が品が無いような気もします。まぁそもそも、戦争する時点で知性は欠けてんだけど。

    終章で、著者は「美術商には自国や他国の文化を流出させているというマイナスイメージがつきまとうが、そうではなく、それまで注目されていなかった美術品の価値を認め、広く普及させ、他国との文化交流の先駆けとなる存在。ヤマナカも、当時のアメリカにおいて殆ど知られていなかった東アジア文化を伝播させたという意味で、民間文化外交官の様な役割を果たした重要な存在であった」と述べています。
    それは確かにそうだろうと思うけど、じゃあなぜ本のサブタイトルに「東洋の至宝を欧米に売った」という、穿った見方をすれば挑戦的で侮蔑的とも取れてしまう言葉を並べたのか。実際には、ニュートラルに事実を書いているだけではあるものの、そこからマイナスイメージを想起する読者もいるはず。
    そこまでヤマナカの価値を認めているのであれば、せめて著者ぐらいはヤマナカ贔屓のサブタイトルをつけても良かったのではないか。そんなことを、読み終えてから表紙を眺めてつくづく思った次第です。

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    2013年06月15日

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