作品一覧

  • 朝鮮紀行

    朝鮮紀行

    小説・文芸

    4.3
    1巻2,310円 (税込)
    英国人女性旅行家イザベラ・バードが朝鮮を訪れたのは、1894年、62歳の時のことである。以後3年余、バードは4度にわたり朝鮮各地を旅した。折りしも朝鮮内外には、日清戦争、東学党の反乱、閔妃(びんひ)暗殺等の歴史的事件が続発する。国際情勢に翻弄される李朝末期の不穏な政情や、開国間もない朝鮮に色濃く残る伝統的風土・民俗・文化等々、バードの眼に映った朝鮮の素顔を忠実に伝える名紀行。
  • イザベラ・バードの日本紀行 合本版

    イザベラ・バードの日本紀行 合本版

    小説・文芸

    -
    1巻2,970円 (税込)
    1878年、イギリスの女性旅行作家が、欧米人未踏の内陸ルートで東京―函館間を旅した見聞録。世界を旅した大旅行家の冷徹な眼を通じ、維新後間もない北海道・東北の文化と自然を活写。京都・奈良・伊勢など関西方面への旅も収載した、原典初版本の完訳。 ※この電子書籍は、2008年に講談社学術文庫として刊行されました、『イザベラ・バードの日本紀行 (上)』『イザベラ・バードの日本紀行 (下)』を合本とし、電子書籍化したものです。この電子書籍とは別に『イザベラ・バードの日本紀行 (上)』、『イザベラ・バードの日本紀行 (下)』もそれぞれ電子書籍で配信中です。
  • イザベラ・バードの日本紀行(上)

    イザベラ・バードの日本紀行

    小説・文芸

    4.4
    1~2巻1,980円 (税込)
    1878年、横浜に上陸した英国人女性イザベラ・バードは、日本での旅行の皮切りに、欧米人に未踏の内陸ルートによる東京―函館間の旅を敢行する。苦難に満ちた旅の折々に、彼女は自らの見聞や日本の印象を故国の妹に書き送った。世界を廻った大旅行家の冷徹な眼を通じ、維新後間もない東北・北海道の文化・習俗・自然等を活写した日本北方紀行。

ユーザーレビュー

  • イザベラ・バードの日本紀行(上)

    Posted by ブクログ

    1870年代の明治維新が起こり、日本は西洋化を目指して劇的に変化してころ。
    英国人女性の著者が横浜から北関東・東北地方を陸路で移動して北海道までを目指す旅を行うことを決意する。
    当時、北日本を縦断する旅をする外国人は希少で、ましてや女性にとっては初めての試みであった。
    周囲の友人から励ましと引き止めの両方を受けながらバードは1人の日本人青年を通訳として旅に出た。

    本書は実の妹への手紙をまとめた形で発刊されている。
    よって、中身は本音そのものでリップサービスはなく、良いものは称賛し、不快なものは厳しく批判している。

    現代の日本人が読んでも、当時の地方の様子と現地住人が初めて外国人と邂逅した様子が見えて面白い。
    興味深いのは今でも美徳とされる 安全さ、伝統建築・文化、人々の礼節 は当時から称賛されていたこと。
    これからも大事に守っていきたいものである。

    0
    2025年10月21日
  • イザベラ・バードの日本紀行(上)

    Posted by ブクログ

    明治初期の日本を旅した英国人女性の紀行文。
    ガイドがいたとはいえ、未開の地日本を女性1人で旅するなんて危険極まりなく、尋常ではない好奇心の持ち主だと思います。
    この人は朝鮮も紀行しています。
    上流階級と下層階級が同じ国民とは思えない、車夫でもお金を誤魔化したりしない、北海道のアイヌのこと、など当時の日本を知るうえでとても興味深い。

    0
    2025年08月20日
  • 朝鮮紀行

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    『朝鮮紀行』という牧歌的なタイトルからは程遠い、激動の政治の中枢に触れる内容で、驚くほど面白かった。

    イザベラ・バードは日本では1878年の東北・北海道の紀行で知られる旅行家/探検家/紀行作家/写真家である。
    本書は1894年の日清戦争の直前からその後三年にわたる著者の見聞が綴られている。
    「モンゴロイドの特性調査の一環として」行われた旅は、はからずも朝鮮が日清戦争と諸々の内紛・外圧によって変転する様子を克明に追うものとなっている。
    辺境の風俗や生活を観察する過酷な調査研究の旅の一方、ジャーナリストのように政治と社会全般の事実を取材し評価する著者の態度と力量に感服した。
    1831年生まれの著者はこのとき63歳! とんでもないバイタリティ……しかも、この間にどうやら中国奥地紀行にも出かけていたらしい。
    なんでこれアニメにしないの? 大河ドラマにもなりそう。『日本奥地紀行』は漫画連載中だけども、こちらもぜひ、と言いたい。

    以下は印象的だったことのメモ。

    朝鮮到着(釜山)の最初から闊達な日本人の活動が記述されていて面映ゆい。郵便、汽船、銀行、商業あらゆる主要な業務は日本人によって運営されている。日清戦争勃発以前は清国民と日本人が朝鮮国を運営していたかのようである。日本をすでに旅行していた著者にとって日本人は旧知であり、清潔でこまかいところに気が付き、能力が高いという評価らしい。が、しかし矮人(こびと)と日本人を呼ぶところにちょこまかと気忙しい短所をあらわしていて、また朝鮮の人々に対する態度はひどいものだと述べている。
    一方、朝鮮の人々は三世紀前の日本人による蛮行のせいで日本人をひどく憎んでいるという。日本人はそんな昔のことという意識しかなかったのではないだろうか? とにかく朝鮮全土で日本人嫌いは根強く、日清戦争が拍車をかけたとはいえ元来日本人は憎まれている。

    著者の見立てでは朝鮮の人々に宗教の影響はまったくなく、鬼神信仰(シャーマニズム)ばかりである。仏教は禁止されて欠片も見られない、孔子廟はあるものの人々の精神に深く影響があるとは思えない、という。
    このような状況で、実利的なご利益をきっかけにキリスト教が流行ることとなったということか。1897年にはキリスト教はブームとなっていて、多くのキリスト教系の学校も運営されている。


    朝鮮民族というのは怠惰で、いつも仕事がなくぶらぶらしている両班と不潔で貧しいまま向上心のない庶民というのが著者の評価であったが、ウラジオストクから沿海州の旅でロシア領満州における朝鮮人移民の隆盛を見て考えを改める。朝鮮本国では少しでも豊かになると官僚に搾取されるので働く気が起こらない。少数民族に対して政治の寛大なロシア領では極貧の朝鮮人たちは仕事に精を出し、商業・農業で豊かな暮らしを手に入れている。


    ーー王妃暗殺からほぼ1ヶ月後、王妃脱出の希望もついえたころ、新内閣の状況があまりに深刻なため、各国公使たちは井上(馨)伯に(中略) 朝鮮独自の軍隊に国王の信頼を得るにたるだけの力がつくまで日本軍が王宮を占拠するよう勧めて、事態を収拾しようと試みた。(中略)なかでも日本の干渉を最もつよく勧めたのはロシア公使(中略)ーー要求を断った日本政府が結果的にロシアに干渉を許してしまうことになるのも身から出たさびといわざるをえない。ーー
      日本政府は事件を企てた日本人を逮捕し、政府としては閔妃暗殺に関与していないことを証明するため、力によって国王を守る役回りを固辞したという。昔、自分が学校で習った記憶で閔妃暗殺は日本が朝鮮支配へ向かう布石と思っていたので、このくだりには驚いた。この時点では列強も日本政府の関与は疑っていなかったという。日本政府は日清戦争(下関条約締結は半年前である)によって清から朝鮮を独立させた張本人であるから、保護国の役割を果たすべきという見方かもしれない。
     日清終戦後から日本人は政策にかなり干渉していたのだが、長キセルの禁止だとかこまかいところに口を出して反感と混乱を招くところが多々あり、大きく統治すべきなのにやり方がまずいと著者はイギリス人らしい感想も述べている。
    最初の旅行から三年、1987年に著者は完全に朝鮮を去る。日清戦争後、あらゆる改革を進歩と正義のために進め国政に関与した日本の影響は影もなく、もっぱらロシアの力が支配的である。朝鮮の国政は国王の主権の喪失、反対派の支配、絶対王政の復活と時代に逆行している。しかし、アメリカ人の財政顧問により財政は好転した。社会の開明は進んで三年前とは大きく変わった。

    ロシアはイギリスによる税関と国家財政の監督もやめさせる意向のようである。日本は撤退したがそのまま黙ってはいないだろう。朝鮮はいずれロシア・日本いずれかの支配下に入るほかなくなるに違いない。
    この状況で朝鮮を去るのは心残りだと著者は言う。

    当時のイギリス人としてはこのくらいの予想は火を見るよりあきらかなことなんだろうか? 政治家でもない一旅行者である著者の洞察に恐れ入ってしまった。当時の人の感想を知ることができ、とても面白く、考えさせられることが多かった。

    当時の日本人も義侠心にかられる人、利だけを考える人、いろいろいたんだろうな。完全に外から見た日本人を朝鮮という外地での存在を垣間見えて興味深かった。

    0
    2025年05月18日
  • イザベラ・バードの日本紀行(下)

    Posted by ブクログ

    個人的な興味の有無も影響しているかと思いますが、蝦夷の話のあたりは上巻に比べて読みが進まなかった印象です。
    京都や伊勢あたりからまた読みやすくなりました。

    筆者はこの紀行文を通して、日本が西洋の文化を取り入れる時に、西洋文化の根っこにあるキリスト教を理解しないで取り入れようとする事や、逆に日本の文化を無視してまで西洋文化を取り入れる事に警鐘をならしていると思いました。

    日本だけでなく当時の西洋に対して劣っているとされた文化が消えゆく定めであると言う事は、世界的な冒険家だった筆者には十分に理解できていたと思いますし、そう言った観点からもこの紀行文を残したのでしょうか?

    日本人が明治維新を迎えた時点ですでに無神論者で物質主義者であると言う点は我々日本人を理解する際の一つの視点となりそうです。

    日本人の根っこに筆者が無いと警告したような何かを持つ事が出来たとしたら、我々日本人は今と違った日本人に変わる事ができたのか?はとても興味がある点です。

    0
    2025年05月15日
  • イザベラ・バードの日本紀行(上)

    Posted by ブクログ

    ずっと昔の日本の姿が、外国人旅行家の女性の目線で書き記されている。
    当時の日本という国、そこに生きる人たちに会いにいけたように感じた。
    イザベラ・バードが描写する美しい景色がどんなものであったのか、それを同じように見てみたくて、彼女が訪れた場所に行ってみたくなった。
    もちろん当時と今では全然違った景色ではあろうけれど、当時から残る建造物や森や川、そういった場所に立ち彼女と同じものを見た時に、「歴史」というものを感じられるだろうと思う。
    過去も今も未来も、不変ではないけれどずっと繋がっているんだと。

    これを読んでいる間はなんだかタイムスリップしたような、不思議でワクワクした気分になれた。

    0
    2024年04月02日

新規会員限定 70%OFFクーポン 今すぐGET