ものすごくタメになったし、非常に面白かった。独立系書店の経営者たちのyoutubeをみていたときに勧められていて手に取った一冊。かなり前に読み終えたけれど、なかなかの読み応え、つけた付箋が多すぎて感想がなかなか書けないでいた。
カリブ諸国の歴史をその地の当事者の視点から語り直す、捉え直す本。
世界史や思想史に無知な私でもちゃんとわかるように、どういう内容をこれまでの欧米の思想家たちが語ってきているのかを簡単に例示した上で、カウンターとなる視点を提示し批判をしてくれるので、調べながら読まずともすんなりと論理の展開を追えて、とても読みやすかった。
本当に世界の歴史って、結局は学術面でも中心に座っている欧米にとって都合の良い語りによって歪曲されているのだなぁ、被害を受けた側、搾取された側の言葉がメインストリームに乗ってくる量との間に圧倒的な非対称があるのだなぁ、と苦しい気持ちになった。
ハンナ・アーレントの名前はいろんなところでよく聞くし、著作のタイトルもなんとなく知っているし(読んでないけど)なんかすごい賢い人なんやな、くらいしか私は正直知らない人だったけれど、現代の賢そうな人がしょっちゅう引用するので、それはそれは優れた人だったんだろうと思っていた。
しかし。本書のp23を読んで、衝撃を受けた。
以下、ちょっと長いが引用。
“アーレントの「人間事象の事実的世界全体」の議論で問題となるのは、人間が語られ記憶される権利を、彼女が西洋社会においてのみ認識していることである。『全体主義の起原』において、彼女は人種という概念を取り上げる。「人類の歴史は諸民族の名を記憶してはいるが、それら民族の部族時代の祖先については不明確な知識しか与えてくれない。人種という言葉は、似市非科学的諸理論の霧の中から拾い出されて、独自の歴史の記憶も、記憶に価する事蹟も持たない未開部族を指す言葉として使われるようになるや否や、明確な意味を持つようになる」。
そしてアーレントは、人種とは「アフリカとオーストラリアにしか」存在しなかった人間の分類であり、彼らは歴史上何ひとつ意味をなすことを生み出せなかったため、「独自の歴史の記憶」を持たない人間であると断言するのである。「それとともに人種は本質的に政治的な概念となり、特定の政治的組織形態を指す言葉となる。[....」。この意味での真の人種はアフリカとオーストラリアにしかあらわれなかったと思われる。彼らは今日にいたるまで、完全に歴史と事蹟を欠いた唯一の人間であり、一つの世界を築くことも、自然に手を加えて何らかの意味で利用することもしなかった唯一の人々である」。
アーレントに従えば、人間が記憶されるということは、その行為が「詩の言葉、書かれたページや印刷された本、絵画や彫刻、あらゆる種類の記録、文書、記念碑」のようなものに包まれ、後世に残るということである。“
欧米の思考がこのように独善的になる理由として、キリスト教、ダーウィン進化論、資本主義などが絡み合いながら「人間観」を紡いで、それをあたかも普遍的なものとして世界に流通させてきた流れが、学者でない私でも、集中して読めばなんとかついていけるように書き表されていて、新しい視点を体得することができた。
これを読んだ後、仕事で、あるアメリカの会社のリーダートレーニングに行った。
「あなたの目の前には新たな世界が広がり、未知の領域へと足を踏み入れる時がきました。焚き火を仲間と囲み、共に明日からその領域を踏破し、新たな成果を上げるのです・・」的な社員の士気を高めるビデオが流れた。
ハリウッド映画などでも繰り返し使われてきた、開拓者の語り。でも、この本を読んで、私たちの世界はプレデターのナラティブで溢れている。プレデターの狩りをロマン化する語り、正義とする語りに溢れているんだと思った。
とても有意義な本だった。