作品一覧

  • 君たちの記念碑はどこにある? カリブ海の〈記憶の詩学〉

    君たちの記念碑はどこにある?

    小説・文芸

    5.0
    1巻2,530円 (税込)
    西洋列強による植民地支配の結果、カリブ海の島々は英語圏、フランス語圏、スペイン語圏、オランダ語圏と複数の言語圏に分かれてしまった。そして、植民地支配は、被支配者の人間存在を支える「時間」をも破壊した。 つまり、カリブ海の原住民を絶滅に近い状況まで追い込み、アフリカから人々を奴隷として拉致し、アジアからは人々を年季奉公労働者として引きずり出し、かれらの祖先の地から切り離すことで過去との繋がりを絶ち、歴史という存在の拠り所を破壊したのである。 西洋史観にもとづくならば、歴史とは達成と創造を巡って一方通行的に築き上げられていくものだ。ゆえに、過去との繋がりを絶たれたカリブ海においては、何も創造されることはなかったし、「歴史のない」もしくは「世界史的に重要でない」地域としてしか表象されえない。 ……本当だろうか?  “海が歴史であります” ――デレック・ウォルコット “「目に見える」歴史でなくとも、ここには歴史がある” ――エドワード・ボウ 本書は、『私が諸島である』で「第46回サントリー学芸賞(思想・歴史部門)」を受賞した著者が、カリブ海の風景に沈む地域的記憶を訪ねゆく試みをまとめた一冊である。 西洋の思想家が信奉する歴史の「外」に置かれてきた、カリブ海作家たちが想像/創造するオルタナティヴな思想の精華は、どのような姿をしているだろうか?  “日本には、西洋社会の外から発信される記憶の思想を紹介する本はいまだ少ない。本書は、西洋の直線的な記録に抗い、海のような風景のプリズムを通して屈折し、反射し、揺らぎ重なり合い、形を変えながらも消えることのない記憶の光を描き出す、カリブ海の「記憶の詩学」を紹介する。カリブ海作家たちは、文学を通して歴史を再訪し、解体し、再構築し、そしてその記憶を想像/創造し直す。単線的な時間軸に縛られず、歴史を編み直すことで、かれらは過去へ未来へと縦横無尽に航海する多層的な記憶の物語を紡ぎ出すのである。[…]私がカリブ海のアカデミアに身を浸し、読み続けたカリブ海文学が持つ豊饒さを、読者のみなさんにも体験していただきたい。”――「序章 私たちがいなくなることはない」 かれらの詩学的挑戦に、今こそ刮目されたい。
  • 私が諸島である カリブ海思想入門

    私が諸島である カリブ海思想入門

    小説・文芸

    -
    1巻2,420円 (税込)
    カリブ海思想について新たな見取り図をえがく初の本格的な入門書。 西洋列強による植民地支配の結果、カリブ海の島々は英語圏、フランス語圏、スペイン語圏、オランダ語圏と複数の言語圏に分かれてしまった。それらの国々をそれぞれ孤立したものとしてではなく、諸島として見るということ。カリブ海をひとつの世界として認識し、その独自の思想を体系化する画期的著作。これからのカリブ海思想研究のためのリーディングリストを付す。 「web侃づめ」の大好評連載が大幅増補され、ついに書籍化! この海の下で我々は手を取り合う━━。カリブ海思想研究の俊英による待望のデビュー作。 【目次】 序章冒険の季節 第1章ひとつの世界としてのカリブ海 第2章1492を越えて、人間であること 解呪の詩学 第3章カリブ海を定義する者へ 存在論的不純性 第4章神話とカリブ海 悲しくも希望に満ちた叙事詩 第5章出会いを押し進めるために 相互歓待 第6章カリブ海の社会モデル論 プランテーション、多元、クレオール 第7章環カリブ海的経験のクレオライゼーション この海の下で、我々は手を取り合う 第8章カリブ海によるクレオール的時政学 海が歴史である 第9章ミサイルとカプセル 円環性の実践としての弁潮法 第10章ニヒリズムに抗うクロス・カルチュラルな想像力 カリブ海的身体と幻肢 第11章カリブ海のポストモダンの地平 カリビアン・カオス(前編) 第12章カリブ海のポストモダンの地平 カリビアン・カオス(後編) 第13章押し付けられた言語は誰の存在の家か 私−像を描く言語 第14章クレオール礼賛の裏で カリビアン・フェミニズム 第15章クレオールの精神 カリビアン・クィア・スタディーズ 【著者】 中村達 1987年生まれ。専門は英語圏を中心としたカリブ海文学・思想。西インド諸島大学モナキャンパス英文学科の博士課程に日本人として初めて在籍し、2020年PhD with High Commendation(Literatures in English)を取得。現在、千葉工業大学助教。主な論文に、“The Interplay of Political and Existential Freedom in Earl Lovelace's The Dragon Can't Dance”など。

ユーザーレビュー

  • 君たちの記念碑はどこにある? カリブ海の〈記憶の詩学〉

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    ものすごくタメになったし、非常に面白かった。独立系書店の経営者たちのyoutubeをみていたときに勧められていて手に取った一冊。かなり前に読み終えたけれど、なかなかの読み応え、つけた付箋が多すぎて感想がなかなか書けないでいた。

    カリブ諸国の歴史をその地の当事者の視点から語り直す、捉え直す本。

    世界史や思想史に無知な私でもちゃんとわかるように、どういう内容をこれまでの欧米の思想家たちが語ってきているのかを簡単に例示した上で、カウンターとなる視点を提示し批判をしてくれるので、調べながら読まずともすんなりと論理の展開を追えて、とても読みやすかった。

    本当に世界の歴史って、結局は学術面でも中心に座っている欧米にとって都合の良い語りによって歪曲されているのだなぁ、被害を受けた側、搾取された側の言葉がメインストリームに乗ってくる量との間に圧倒的な非対称があるのだなぁ、と苦しい気持ちになった。

    ハンナ・アーレントの名前はいろんなところでよく聞くし、著作のタイトルもなんとなく知っているし(読んでないけど)なんかすごい賢い人なんやな、くらいしか私は正直知らない人だったけれど、現代の賢そうな人がしょっちゅう引用するので、それはそれは優れた人だったんだろうと思っていた。

    しかし。本書のp23を読んで、衝撃を受けた。
    以下、ちょっと長いが引用。

    “アーレントの「人間事象の事実的世界全体」の議論で問題となるのは、人間が語られ記憶される権利を、彼女が西洋社会においてのみ認識していることである。『全体主義の起原』において、彼女は人種という概念を取り上げる。「人類の歴史は諸民族の名を記憶してはいるが、それら民族の部族時代の祖先については不明確な知識しか与えてくれない。人種という言葉は、似市非科学的諸理論の霧の中から拾い出されて、独自の歴史の記憶も、記憶に価する事蹟も持たない未開部族を指す言葉として使われるようになるや否や、明確な意味を持つようになる」。
    そしてアーレントは、人種とは「アフリカとオーストラリアにしか」存在しなかった人間の分類であり、彼らは歴史上何ひとつ意味をなすことを生み出せなかったため、「独自の歴史の記憶」を持たない人間であると断言するのである。「それとともに人種は本質的に政治的な概念となり、特定の政治的組織形態を指す言葉となる。[....」。この意味での真の人種はアフリカとオーストラリアにしかあらわれなかったと思われる。彼らは今日にいたるまで、完全に歴史と事蹟を欠いた唯一の人間であり、一つの世界を築くことも、自然に手を加えて何らかの意味で利用することもしなかった唯一の人々である」。
    アーレントに従えば、人間が記憶されるということは、その行為が「詩の言葉、書かれたページや印刷された本、絵画や彫刻、あらゆる種類の記録、文書、記念碑」のようなものに包まれ、後世に残るということである。“

    欧米の思考がこのように独善的になる理由として、キリスト教、ダーウィン進化論、資本主義などが絡み合いながら「人間観」を紡いで、それをあたかも普遍的なものとして世界に流通させてきた流れが、学者でない私でも、集中して読めばなんとかついていけるように書き表されていて、新しい視点を体得することができた。

    これを読んだ後、仕事で、あるアメリカの会社のリーダートレーニングに行った。

    「あなたの目の前には新たな世界が広がり、未知の領域へと足を踏み入れる時がきました。焚き火を仲間と囲み、共に明日からその領域を踏破し、新たな成果を上げるのです・・」的な社員の士気を高めるビデオが流れた。

    ハリウッド映画などでも繰り返し使われてきた、開拓者の語り。でも、この本を読んで、私たちの世界はプレデターのナラティブで溢れている。プレデターの狩りをロマン化する語り、正義とする語りに溢れているんだと思った。

    とても有意義な本だった。

    0
    2026年03月19日
  • 君たちの記念碑はどこにある? カリブ海の〈記憶の詩学〉

    Posted by ブクログ

    序盤はアレントの批判的解釈が続き、「理解はできるが反西洋に拘泥し過ぎでは?」と思っていたが、後半にかけて語られる「記憶の詩学」のパワーに圧倒されてしまった。
    何かを論じる人間がいかに自分のポジションに無自覚なのかがよくわかる。自省を促される良書。

    0
    2025年09月26日

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