カーティス・ヤーヴィンの作品一覧
「カーティス・ヤーヴィン」の「ネオ君主論 民主主義の敗北とテック右派の時代」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで203万冊以上配信中!
「カーティス・ヤーヴィン」の「ネオ君主論 民主主義の敗北とテック右派の時代」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
この人の理論が、トランプ政権の思想の源流のひとつを担ってると書評かなんかで知って読んでみた
『たしかに現実の政治を見てみると、今日「民主主義」と呼ばれるものは実際には「能力主義」であり、「寡頭制」だ。また、民主主義は「ポピュリズム」にもなりうる。つまり、政治体制に関する言葉は、知識階級全体の階級的利益に組み込まれているのだ。』
今の民主主義は実態としては知的エリートが支配していて、耳心地の良い言葉で取り繕って大衆を管理しているのではという問題提起までは理解できた
そういう側面があるとして、でもその代替案が、トップが強力な権限を持つネオ君主制というのはどうなんだろう
『チャーチルの名言の中の「他のすべての政治形態」は当時の時点の話で、もしチャーチルがいま生きていれば、ヤーヴィンの提唱するネオ君主制を最悪の政治形態である民主主義よりも優れた形態であると認めるかもしれない。』(訳者あとがきから)
でも、ネオ君主制が政治形態として優れているとしても、それはそこで暮らす人々の自由や幸福に繋がるのかな?(ネオ君主にただ従属するだけでいいなら幸福かもしれないけど)
I read somewhere, perhaps in a book review, that this man's political theories are one of the intellectual influences behind the Trump administration, so I decided to read his work.
"Indeed, if we look at politics as it actually operates, what is called 'democracy' today is in fact 'meritocracy' and 'oligarchy.' Democracy can also become 'populism.' In other words, the language used to describe political systems has become entangled with the class interests of the intellectual class as a whole."
I could understand his argument up to the point where he questions whether today's democracies are actually controlled by intellectual elites, who use pleasant-sounding language to disguise that reality and manage the masses.
There may well be some truth to that. But is the answer really a neo-monarchy in which a single ruler holds enormous power?
"The 'all other forms of government' in Churchill's famous remark referred to the forms that existed at the time. If Churchill were alive today, he might acknowledge that Yarvin's proposed neo-monarchy is superior to democracy, which he called the worst form of government." (From the translator's afterword.)
But even if neo-monarchy were a superior form of government, would that necessarily translate into greater freedom and happiness for the people living under it? (Perhaps they could be happy if all they wanted was to submit to their neo-monarch.)
Posted by ブクログ
「暗黒啓蒙主義」という、現代のリベラル民主主義を批判し、権威主義的なトップダウンによる政治体制を支持する思想の代表的な論客がカーティス・ヤーヴィンである。彼は、第二次トランプ政権で副大統領となったJ.D.ヴァンスや、シリコンバレーを代表するピーター・ティール、イーロン・マスクらにも思想的な影響を与えている。本書は、ヤーヴィンへの単独インタビューに成功した日本人翻訳家の大野和基氏が、その内容を一冊にまとめたものである。
現在では、「民主主義」という言葉は非常に響きがよく、社会を支える大前提として一般に信じられている。しかしヤーヴィンによれば、現代の民主主義社会も、実際には能力主義・実力主義を背景とした一部のエリートによって支配されているという。彼は、この支配構造を、中世のキリスト教会が社会に大きな影響力を持っていた体制になぞらえて「大聖堂」と呼ぶ。大学、学界、大手メディア、文化・教育機関、官僚機構などが知的中枢として結びつき、社会の価値観や認識を形成しているというのである。
このような状況のもとでアメリカ社会の分断が加速しているが、ヤーヴィンは、民主主義に代表されるボトムアップ型の制度では、現在の社会の分断や混乱を収めることはできないと考える。
では、この状況をどのように打開するのか。ヤーヴィンは、政府を一つの巨大なシステムとして捉え、そのシステムをITやAIなどのテクノロジーによって「ハック」し、再設計することが可能だと考える。シリコンバレーのテクノロジーを利用すれば、政府という巨大なシステムそのものを一気に変革することも可能だというのである。
ここで興味深いのは、民主主義を信奉する人々が、もし本当にそのような大変革に直面したら、どのように反応するのかという問題である。普遍的な真理に基づく民主主義や法の支配による政治体制が永続するという考えも、実は、人々の「習慣的服従」と「正統性への信頼」によって支えられているにすぎないのではないか。そして、その二つが同時に崩れれば、巨大な政治制度であっても驚くほど脆く崩壊してしまうという。
例えば、東ドイツが崩壊する直前の1985年の段階ならば、社会主義国家の官僚たちは、「社会主義の正統性」を信じ、それを守るために最後まで抵抗すると考えるのが当然だった。しかし、1989年に実際に体制が崩壊したとき、ほとんど抵抗する姿は見られず、多くの人々は新しい体制に比較的早く適応していったという。1945年の日本の敗戦による社会の大変革にも、これと似た面を見ることができる。
つまり、現在、法の支配と民主主義を社会の大前提として疑わない人々も、政治システムが一気に変わってしまえば、新しい体制を「当たり前の制度」として受け入れ、やがては以前の体制を忘れてしまう可能性があるというのである。
民主主義の「あるべき姿」と社会の実情とのギャップが大きくなり、分断と混乱の中にある現在のアメリカ社会。ヤーヴィンの主張にそのまま賛同することはできなくても、彼の議論は、私たちが当然のものとして受け入れている民主主義や法の支配も、決して永遠に続くことが保証された制度ではないということを考えさせる。
民主主義とは何によって支えられているのか。そして、社会を支える制度が大きく揺らいだとき、人々はどのように行動するのか。本書は、テック右派思想を代表する論客の考えを知るだけでなく、今後のアメリカ社会の行方を考えるうえでも、非常に興味深い一冊である。