山﨑裕侍の作品一覧
「山﨑裕侍」の「償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「山﨑裕侍」の「償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
Posted by ブクログ
本書は報道テレビ番組のディレクターである著者が29歳から54歳までの綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件の加害者少年たちのその後を追ったルポルタージュです。凄惨な事件を起こした加害者少年たちのその後は惨憺たるもので、読んでいて重大事件の加害者の更生が現代では如何に難しいかを思い知らされました。刑期を終えて出所しても、世間の不寛容な視線に晒され隠れるようにしか生きられない加害者達、事件の詳細を知りたがる世間の目から逃れ、息を潜めてつらい記憶と闘わなければいけない被害者家族。凄惨な事件を起こすことは、被害者と被害者家族にとっても加害者にとっても悲惨な結果を生むことになるのだと改めて感じさせられまし
Posted by ブクログ
1989年。7日しかなかった昭和64年であり平成元年。社会的事件で今でも繰り返して語られるのが、「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」いわゆる宮崎勤事件と、本作の題材である「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」だ。個人的には新卒・社会人1年目だったこの年に、バブル狂騒の裏側で起こった、人間がどこまで悪になれるのかの見本のような事件だった。この犯人たちのその後を追いかけ、犯罪者の償いと矯正についてという、正解のない問題提起を丹念な取材に基づいて静かに語りかけるノンフィクションの傑作。事件の詳細とその後の事象を認知しても、償いと矯正に本当に正解がないことがわかるだけで、読後無力感に包まれてしまう。
Posted by ブクログ
「一生をかけて償ってください」と人は言うものの、何をもってして償ったといえるの?
お金?謝罪?それとも両方?
慎ましく生活すればいいの?
毎日祈っていればいいの?
償いって何だろうとずっと前から思っていました。
一番共感したのが、第5章の終わり、神戸連続児童殺傷事件のご遺族、山下京子さんのお言葉と、加害者であったFさんの言葉と行動でした。
加害者達の生い立ち、家庭環境、性格、そしてその後が分かりました。
ひきこもりになったDを除いたABCが再犯しており、更生の難しさを感じました。
加害者家族に関しては、どこまで責任負い、償って生きていかねばならないのか私には分かりません。
ただ、加害者
Posted by ブクログ
日経テレコンで取り上げられていて購入。
1981年に東京都足立区で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件について、加害者らのその後が書かれている。
私自身、平野啓一郎の『ある男』や東野圭吾の『手紙』などの加害者家族の小説を読んだことをきっかけに加害者家族や犯罪心理にとても興味がある。
そのため、ディレクターという被害者でも加害者でもない第三者視点で描かれているこのルポはとても勉強になった。
また、事件の詳細についてもよく知らなかったので理解が深まった。
「法的には自由になったはずの元受刑者や家族は、その後も社会から罰を受け続けるいるようだ。見えない制裁に怯えながら生きていかねばならない。
Posted by ブクログ
償う、とは何なのか。被害者やその家族に泣いて詫び、反省の弁を述べ、亡くなった被害者を死ぬまで弔うことなのか。それは表面的にもできることであり、本当の償いとは言えないかもしれない。被害者や被害者家族はどうすれば、少しでも傷が癒やされるのか。そのような償いの曖昧な定義の中で、二度と同じような加害を起こさないこと、同じような被害者を生まないことは、確かに償いのひとつである、と言えるかもしれない。
被害者や家族が、加害者の背景を理解する必要はないと思うが、第三者がその加害が生まれた背景や社会構造を理解する必要はあると思う。犯罪や再犯に対する社会の影響はやはり強い。第三者が被害者に共感し、加害者を許