【感想・ネタバレ】償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追ってのレビュー

あらすじ

史上最悪の少年犯罪、加害少年6人のその後

史上最悪の少年犯罪と呼ばれる「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」。たった7日間しかなかった昭和64年(1989年)の1月に被害者のX子さんは息絶えた――。
おぞましい犯行に及んだ主犯格A、準主犯格B、自宅が監禁場所だったC、監視役D、暴行に加わったE、F。6人の加害少年はその後、どんな人生を歩んでいるのか。本当に更生を果たしたのか。
元「ニュースステーション」ディレクターで、現在は北海道放送(HBC)の報道局デスクを務める山崎裕侍氏は、2000年頃から本件の取材を続けてきた。Fが振り返った凶行の中身と悔恨。張り込みの末に行ったCやEへの直撃。さらにDの母親による告白など、本人や家族へのインタビューを重ねていく。著者の葛藤も交えながら描かれるテレビ報道の舞台裏も本書の特徴の一つだ。
とりわけ多くのページが割かれているのが、準主犯格Bの存在。彼は刑務所から出所後、更生するどころか、暴力団関係者らとトラブルになって再犯事件を起こしていた。B本人との手紙のやり取りや面会、Bの母親や義兄への取材を通じて、「事件の裏側」と「加害少年のその後」に迫っていく。そして主犯格Aの親族もまた取材に対し――。
加害少年の中には、結婚して新たな人生を歩んでいる者もいれば、50歳前後で命を落としている者もいた。一体、「償い」とは何なのか。加害者や被害者と同世代の著者が地を這う取材で紡ぎ出した渾身ノンフィクションが誕生!

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Posted by ブクログ

本書は報道テレビ番組のディレクターである著者が29歳から54歳までの綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件の加害者少年たちのその後を追ったルポルタージュです。凄惨な事件を起こした加害者少年たちのその後は惨憺たるもので、読んでいて重大事件の加害者の更生が現代では如何に難しいかを思い知らされました。刑期を終えて出所しても、世間の不寛容な視線に晒され隠れるようにしか生きられない加害者達、事件の詳細を知りたがる世間の目から逃れ、息を潜めてつらい記憶と闘わなければいけない被害者家族。凄惨な事件を起こすことは、被害者と被害者家族にとっても加害者にとっても悲惨な結果を生むことになるのだと改めて感じさせられました。

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2026年03月25日

Posted by ブクログ

1989年。7日しかなかった昭和64年であり平成元年。社会的事件で今でも繰り返して語られるのが、「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」いわゆる宮崎勤事件と、本作の題材である「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」だ。個人的には新卒・社会人1年目だったこの年に、バブル狂騒の裏側で起こった、人間がどこまで悪になれるのかの見本のような事件だった。この犯人たちのその後を追いかけ、犯罪者の償いと矯正についてという、正解のない問題提起を丹念な取材に基づいて静かに語りかけるノンフィクションの傑作。事件の詳細とその後の事象を認知しても、償いと矯正に本当に正解がないことがわかるだけで、読後無力感に包まれてしまう。しかしこの答えのない問いかけを永遠に続けていくことこそが、被害者への弔いになるはずだと感じた。

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2026年02月26日

Posted by ブクログ

「一生をかけて償ってください」と人は言うものの、何をもってして償ったといえるの?
お金?謝罪?それとも両方?
慎ましく生活すればいいの?
毎日祈っていればいいの?

償いって何だろうとずっと前から思っていました。

一番共感したのが、第5章の終わり、神戸連続児童殺傷事件のご遺族、山下京子さんのお言葉と、加害者であったFさんの言葉と行動でした。

加害者達の生い立ち、家庭環境、性格、そしてその後が分かりました。
ひきこもりになったDを除いたABCが再犯しており、更生の難しさを感じました。

加害者家族に関しては、どこまで責任負い、償って生きていかねばならないのか私には分かりません。
ただ、加害者達の家庭が崩壊しており、親子関係が上手くいってないせいでしょうか。父親母親といった近い身内がみんなどこか他人事なのが気になりました。

並々ならぬエネルギーと時間をかけたルポで、読んでいるこちらもメンタルを持っていかれましたが、それでも読んでよかったと思っています。

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2026年02月08日

Posted by ブクログ

日経テレコンで取り上げられていて購入。
1981年に東京都足立区で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件について、加害者らのその後が書かれている。

私自身、平野啓一郎の『ある男』や東野圭吾の『手紙』などの加害者家族の小説を読んだことをきっかけに加害者家族や犯罪心理にとても興味がある。
そのため、ディレクターという被害者でも加害者でもない第三者視点で描かれているこのルポはとても勉強になった。
また、事件の詳細についてもよく知らなかったので理解が深まった。


「法的には自由になったはずの元受刑者や家族は、その後も社会から罰を受け続けるいるようだ。見えない制裁に怯えながら生きていかねばならない。」
この文章が特に印象に残った。
私自身、加害者家族の心理に迫った書籍を読んできたからこそ、加害者家族側の気持ちに共感できる部分があると思っている。
また、私が読んだ小説では、加害者の子どもや兄弟だった。
ただ、これが加害者の両親となるとまた自身の考えや見え方が変わってくるのだろうとも感じた。

真実を追うということも重要な行為だとは思うが、それが人を救うのか、善なのかは永遠に決めることができない問いだろう。

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2026年04月05日

Posted by ブクログ

 償う、とは何なのか。被害者やその家族に泣いて詫び、反省の弁を述べ、亡くなった被害者を死ぬまで弔うことなのか。それは表面的にもできることであり、本当の償いとは言えないかもしれない。被害者や被害者家族はどうすれば、少しでも傷が癒やされるのか。そのような償いの曖昧な定義の中で、二度と同じような加害を起こさないこと、同じような被害者を生まないことは、確かに償いのひとつである、と言えるかもしれない。
 被害者や家族が、加害者の背景を理解する必要はないと思うが、第三者がその加害が生まれた背景や社会構造を理解する必要はあると思う。犯罪や再犯に対する社会の影響はやはり強い。第三者が被害者に共感し、加害者を許せないと思う気持ちは仕方ない。しかし、第三者が加害者をバッシングし、居場所を奪っていくことで再犯が生まれてしまう。犯罪を生まないために、自分たちには何ができるか、考えたほうが良いのではないかと思う。

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2026年03月31日

Posted by ブクログ

何かと引き合いにされる事件の
記者の本。
とても生々しく、嫌な気持ちになる。
けど、著者が伝えたい事は強く伝わった。

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2026年03月22日

Posted by ブクログ

罪を犯した加害者だけが悪いのか?考えさせられた。どんな背景があれ、殺人は許されることではないし、罰を受けるべきではあると思う。ただ、この本の加害者のように家庭環境が悪く、人格の形成に悪影響を受けたことは少なからず影響していると思う。加害者にも腹が立ったが、同じくらい親にも腹が立った。子どもを産むなら責任をもって最大の愛情をかけて育てて欲しいと思った。でも、この人には辛い過去があるからと言って加害者を擁護できるわけもなく、難しい問題だと思う。世間は全力で非難するから、加害者と関係を持つ人だけでも寄り添って更正を促すような社会になればいいと思う。とにかく同じ過ちを二度と繰り返さないような社会になることを願う。

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2026年03月07日

Posted by ブクログ

加害者の更生、にとことん向き合っている著者だと思いました。この事件はあまりにも凄惨な内容すぎて、加害者の更生なんて期待できないし、被害者のことを考えれば当時の判決はあまりにも甘すぎるなと感じます。だからこそ当時の加害者やその家族に対する批判はもちろん、著者に対する批判の声も理解はできます。ただ、この本を読んでみれば、著者がただ考えなしに加害者を擁護する人ではないということは理解できるんじゃないかと私は思います。決して加害者に甘くしろと言っているのではない。私個人としては、殺人ほどの重罪を犯した人が更生するのは正直言って難しいと考えています。でも、感情論で死刑にすれば良いと断罪し、考えることをやめてしまうのではなく、いかにして償わせるか、いかにして被害者を増やしさないかを考えることは大事ではないかと思います。加害者が加害者のままでいさせられる社会ではなく、しっかりと自分の罪と向き合い、許されないとしても被害者を弔い全うに社会で生けていけるような社会にしていくこと、結果として報われないとしても、それを諦めず考え続けることが、(初犯も含めて)新たな加害者を作らず、新たな被害者を作らないためにも重要なのではないかと思います。家族に関しても焦点を当てていたのが良かったです。加害者が自分の犯した罪と向き合いきれないのと同様に、親も子どもと向き合いきれてない。犯罪と家族病理の親和性は高いなと実感しました。

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2026年02月07日

Posted by ブクログ

凄惨すぎる事件だ。読み終わっても、これまで知っていた事件にまつわる情報をもとに抱いた感情になんの変化も生まれなかった。むしろ、加害者は、なるべくして加害者で、その加害者の生い立ちや親族の心境に微塵も寄り添えず、怒りさえも沸かない。他方で著者の想いや葛藤は伝わるが、それさえも響かない。それはやはり、失ったものは二度と取り戻せないという当たり前のことが、どこかにあるからじゃないかと思ってる。

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2026年04月05日

Posted by ブクログ

なにをもって「償い」とするのだろう。

史上最悪の少年犯罪と呼ばれた綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件。

6人の加害少年を追った本作品を読み進めても、 私には彼等が償っているなどとは到底思えなかった

罪もない女子高生を誘拐し監禁。
強姦と暴行を繰り返し、最後には遺体を遺棄する。

他人の私でさえこれほど苦しいのだから、被害者家族の心中を想像するだけで胸が張り裂けそうになる。

生育環境などの要因はあるのかもしれない。

だが、それを差し引いてもなお、彼らには良心の呵責というものが欠如しているとしか感じられなかった。

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2026年03月11日

Posted by ブクログ

昭和64年に起きた「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」について、令和の時代になってもこうして新刊が出る。
Wikipedia等で何度も事件の概要を目にしてきたが、35年もの月日が経っても風化しない凄惨さに改めて慄かされる。
こうして書籍としてまとまったものを読むのは初めてだけれど、6人の加害少年たちのその後を知ってなんとも言えない気持ちになった。

加害者家族の苦悩が詳細に綴られていて、特にその側面から更生について考えさせられる。
「でも刑期が終わったあとが、本当の懲役なんですよ。世の中は受け入れてくれない。」という加害者家族の言葉が忘れられない。

服役後、加害者に"償い"の姿勢が見られるのか否かはもちろん、仮にそうなったとして社会が受け入れるのかはまた別の問題なのだと、更生の難しさを感じた。
昨年から新たに導入された〈拘禁刑〉がどのような変化をもたらし再犯防止につながるのか、社会の一員として注意深く見守っていきたい。

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2026年03月09日

Posted by ブクログ

ネタバレ

大半は犯人のその後を緻密に追いかけのめり込んだけど、Bの死後尻すぼみとなったかな。名前だけ知って、詳しくはわからなかった事件の詳細はよく理解できた。

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2026年02月24日

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