性的人身取引
~現代奴隷制というビジネスの内側
著者:シドハース・カーラ
訳者:山岡万里子
発行:2022年2月20日
明石書店
ここでいう奴隷とは、比喩的な奴隷ではない。まるで奴隷のように働かされたよ、というような直喩でもなければ、「恋の奴隷」といったようなメタファー的なものでもない。田中優子さんも指摘しているが、江戸の吉原の女郎のようなお金を精算すれば解放される人たちも奴隷とは違う。ここに出てくるのは、文字通り、身柄を拘束され、強姦され、暴力を受け、強制的に売春をさせられる奴隷である。しかも、名目は借金返済であったとしても、その借金は減らない仕組みになっていて、つまりは〝商品〟として使えなくなるまで、ずっと売春婦として働かされるのである。
そのきっかけは、ルーツのクンタ・キンテのように奴隷狩りで拘束されるパターンだけではないが。例えば、貧困家庭の娘に都会や外国での仕事を紹介する人間が現れ、親の了承を得て連れて行くが、レストランでの仕事などと説明された仕事はそこになく、別人に売り飛ばされる。新しい所有者はその時に大金を払っているが、そのお金は奴隷本人の借金となる。それを返すまでは辞められないが、返した段階で、また別の人間に転売される。また借金を背負わされ、売春。その繰り返し。
もちろん、誘拐もある。そして、誘惑もある。男に口説かれ、結婚。その後、外国に売り飛ばされる。
著者の推計で、2006年末時点に2840万人の奴隷が世界に存在するという。そのうち、性的搾取のために奴隷として取引された人は120万人。
2840万人の内訳
・債務労働1810万人(63.7%)
・人身取引された奴隷270万人(9.5%)
(性的搾取)120万人(4.2%)
(その他強制労働)150万人(5.3%)
・強制労働760万人(26.8%)
東西の壁が崩壊し、共産国の崩壊にともなうグローバル経済化のなか、IMFの経済政策失敗が貧富の差を拡大したのが、性的奴隷の人身取引の増加につながったとする。それに加え、歴史的に根深い女性への偏見が組み合わさっているという。とりわけ、南アジア、中欧・東欧、東南アジアに性奴隷が急増している。
著者は学者であり、各国を回って売春している少女などに接し、直接話を聞いた。あるいは、そういう女性達を救っているNGOなどのシェルターで話を聞いた。この本にも何人かの証言が紹介されているが、そのうちの一部について、数字をつけて整理してみた。下記のうち、1~16の数字がついているのがそれ。ただし、4番と6番だけ人身取引をしている側の男の証言。また、性奴隷ではない奴隷も少しだけ含まれるが、どれも涙なしには読めない。16番の少女は性奴隷ではない子だが、最も同情を禁じ得ない例だった。
読むのがとても辛い本だった。しんどかった。訳者の山岡万里子氏も、「最初に断っておきます。本書を読むには心の準備が必要です」と書いている。「渾身込めて翻訳し、本来お勧めしたいはずの自分の訳書でも、今回ばかりは、読者に辛い思いをさせてしまうかもしれない、と先に謝らなければなりません」とも。
でも、そう書いてあるのが「訳者あとがき」である。読んでしまってから、そう言われても・・・
皆さんには、どうか覚悟を決めていただき、下記のうち、1-16の例を読んでみてもらいたい。とくに8番以降はたまらない。そして、できれば、この本全体も読んでいただければ。
1章 性的人身取引の概要
1.マヤ(ムンバイ、4年近く、19歳、ネパール生まれ)
両親が55ドルで斡旋業者に売った。絨毯工場で働くと言われていたのに、ムンバイで転売され、3万5000ルピー(780)ドルの借金があることに。強姦され、1日20人の売春をさせられる。逃亡失敗、暴力、骨折、アヘン、HIV感染。食料、衣服、家賃、酒など天引き。ストックホルム症候群。2年後、別の店主に転売、新たな借金。
国連人身取引議定書(2000年)「人身取引」の定義
搾取の目的で 暴力その他の形態の強制力による脅迫もしくはその行使、誘拐、詐欺、欺罔(ぎもう)、権力の濫用もしくは脆弱な立場に乗ずること又は他の者を支配下に置く者の同意を得る目的で行われる金銭もしくは利益の授受の手段を用いて、人を獲得し、輸送し、引き渡し、蔵匿し、又は収受することをいう。搾取には、少なくとも、他の者を売春させて搾取することその他の形態の性的搾取、強制的な労働もしくは役務の提供、奴隷化もしくはこれに類する行為、隷属又は臓器の摘出を含める。
↓(こうすべき)
・「奴隷取引(save trade)」とは、人を奴隷状態または奴隷のような搾取状態に置くために、あらゆる手段を使い、あらゆる距離をまたいで、その人を手に入れ、勧誘し、隠し、受け取り、移動させることをいう
・「奴隷化(slavery)」とは、囚われている人に労働その他のサービスを強要する過程のことを言い、そのために、身体または身体の一部の搾取を含む、あらゆる手段が使われる
性奴隷が起こる5パターン
・騙し:仕事、旅行、収入の機会の提供
・家族による売り渡し
・誘拐
・誘惑またはロマンス:永遠の愛を約束しては贅沢な贈り物をし、2人で新生活を豊かな国でしようと誘う。先では友人を訪ねろと指示。
・元奴隷による勧誘:性奴隷となった人が最後に奴隷所有者の協力者になる
*この他、ナイジェリアのエド族には「呪術の儀式により勧誘」もある
性奴隷が搾取される場所:売春宿、クラブ(ヨーロッパと東南アジアが主)、マッサージ店、アパート(ヨーロッパやアメリカで最も多い)、ホテル(タイで盛ん)、路上
人身取引被害者は年間150-180万人、うち商業的性搾取のための取引は50-60万人。世界のどこかで60秒ごとに1人が性的搾取目的の取引。
世界の奴隷のうち性的人身取引は4.2%なのに、奴隷所有者の利益全体の39.1%をもたらせている。最も金を生む奴隷。
1990年代には特に3つの送り出し地域が現れた。南アジア、中欧および東欧、東南アジア。これらの地域に古くからある要因、すなわち極度の資困、厳しい性差別、激しい少数民族の権利剥奪が、性的奴隷制を促進。
アフリカでは、毎日6000人、年間200万人以上の女性が女性器を切除される。南アフリカでは6時間に1人の女性が親しいパートナーによって殺されていて、イギリスでは毎週2人、スペインでは5日に1人。イタリアでは17分に1人の女性が、アメリカでは6分に1人がレイプされる。
どれぐらいの男性賃金で奴隷とセックスできるか?
インドでは2.5時間、イタリアは2.2時間、アメリカは1.4時間。
奴隷を使うことでセックスの値段が年々下がっている→需要が高まる。値段が上がれば需要は落ちるかもしれない。ガソリンは価格が大幅に上がってもほぼ同じ量を使うが、映画館が上がればDVDで代用するので。
インドでは性的人身取引行為に罰金刑はないが、売春宿の経営には約44ドルの罰金が科せられる。店主は性奴隷1人につき年間1万2900ドル以上の現金収入を得ることができ、法定罰金額の293倍。イタリアとタイでは性的人身取引に罰金刑はない。人身取引犯罪には常に禁固刑が伴うが、それが数年以上に及ぶことは稀で、多くの国では少々罰金を払えば刑期を短縮できる。アメリカやアルバニア、オランダなど、人身取引罪の罰金がかなり重い国でも、名ばかりの訴追率 有罪判決率を考えると、実際の罰金額は微々たるもの。
2章インドとネパール
2.マライカ(フォークランドロード)
未成年者は到着すると空腹にされ殴られる。女主人にアヘンを飲まされる。従わないと気絶するまで殴られる。腕をへし折られる。2万ルピー(440ドル)で親に売られた子が数日前に折られた。
マライカ自身は13歳で叔父と強制結婚させられ、売られてムンバイで16歳のときから12年働いてきた元性奴隷。「アドヒヤ」制度に移り、稼ぎを売春宿店主と折半に。
警察が入ってきても、賄賂を受け取って子供をそのまま置いて引き上げる。医療警察も少女達が未成年ではないと証明書をでっちあげる。
3.シルパ
カマシプラで14年働き、MB(男)により女主人(ガルワリ)に昇格。警察は、売春婦1人につき月々100ルピーの賄賂を要求。ここの子たちは金を稼ぐために来ている。親がそう望んでいる。
4.MB(売春宿の店主でいくつもの店を経営)
14歳未満の子にはプレミアがつくので、高くなった。6万ルピー(1350ドル)かかるときもある。警察が最大の出費。
ムンバイでは店主1人につき性奴隷は平均20人。MBはもっと大勢を所有。
売春をする女たちのランク
①性奴隷②アドヒヤ③間借り人(家賃は収入の15-20%)の3種類。
ガンジス川のほとりにあるヴァラナシという神聖な町。そのシヴダス・プル地区には2000人ほどの売春婦。ネパール人女性が人身取引後にここに連れてこられ、イニシエーション(=研修)の時期を過ごすことが多い。そして、ムンバイ、ニューデリー、コルカタ、チェンナイ、その他、インドの都市へ。ムンバイの店主たちは「調教」された少女を好むから。
5.デヴィカ
13歳のころ、ラージという顔見知りの男が家につれこみ、脅しながら強姦した。別の男を連れて来てもてあそんだ。1日20人の相手。母親が探し出したが、ラージは裁判に訴えたら殺すぞと言った。しかし、裁判に。今も裁判中。彼女は妊娠していた。生まれてすぐ死亡。
6.サリム(唯一取材できた人身取引業者)
金を持っている奴がヴァラナシで俺と会う、俺は子供たちをそいつに引き渡す。金の一部を使って別の子供を引き渡しにくる親たちに支払う。男の子5000ルピー(110ドル)、女の子7000-8000ルピー(175ドル)を受け取り、ここから1000ルピー(22ドル)を親たちに払う。あとは、俺が連れて行った子供が作る絨毯1平方メートルごとに160ルピーのコミッションが入る。女の子はコミッションなし。
(109~113ページ)インドの債務労働者の多くがダリット(不可触民*四種姓(ヴァルナ)制の枠外に置かれた最下層身分。けがれたものとみなされ、差別をうけた)。マヒという名の村では、2500人のダリットが債務労働者としてその土地の大半を所有する2人の兄弟のために働いていた。絨毯折り、農業、煉瓦焼き。債務労働者になる理由は、冠婚葬祭や病気、自然災害、怪我など。最初に金を借りたときから貸方借方の概念を持ち合わせておらず、債務者が死ぬとその借金は長男に引き継がれる。40ドルが一家を何世代にもわたって奴隷化する。1日14時間労働。逃げれば拷問or借金積み増し。
7.グラフ
3年前、娘の結婚式のために7000ルピー(155ドル)を前借り。返せるだけの仕事がない。食べることができない。食べたら借金が返せない。毎月100ルピーに対して5ルピーの利息を要求。50稼いだら25を返済に。だから借金は増え続けるばかり。
村人の中には、どうにもならずに1人ないし2人の我が子を人身取引業者に。いくつもの村で何人もの男性が、妻と結婚するために借金をし、それを返すために妻を人身取引業者(ダラル)に売った。
8.シスラ
インドに売られたネパール人女性は逃げ出せず、帰国する女性はほとんどいないが、シスラは数少ない1人。シェルターでの取材。
ネパール・チトワン地区生まれで、父が働いていた精米工場で手伝いをしていたら、20歳になる工場主の息子に毎晩レイプされた。11歳だった。父は信じてくれず、逃げ出した。ナラヤンガードのある店の前で腰かけていたら、女の人にうまいこと言われ、結局、4万ルピー(890ドル)で売られてインドへ。処女だと思って高い金だしたのにと殴られ、痛みと出血。しかし、客をとらされた。1996年1月に警察が強制捜査、部屋に隠されたが、中からドアを思い切り叩いたので警察が見つけてくれた。
ネパール政府は帰国を許さず、「売春婦はインドからAIDSを持ち帰ってネパール中に感染させてしまう」が理由。NPOの助けで、ようやくネパールへ。空港ではAIDSが移るとつばを吐かれた。
ネパールでは娘が婚約すると両親が2万ルピー~4ラーク(40万ルピー)を現金で払い、結婚式では年収数年分の贈り物を渡すため、娘を結婚させるより売る方を選ぶ。
3章イタリアと西欧
イタリアは路上売春が合法。斡旋人は〝保護者〟として彼女達から離れず、昼はアパートに閉じ込めて鍵をかける。彼らはコンドームの無料配布や中絶の無料手配をするNGO(バルセック)との接触を許しているが、無料で中絶手術を受けさせて経費を浮かそうという魂胆。
イタリアは中欧や東欧の貧しい国々に最も近く、海岸線が長くて海上から入りやすいので性的人身取引の最大の目的地になっている。
9.ブリジッド(ウクライナ人女性)
看護師資格あったが月給35ドルで食べていけず、月4000ドルのイタリアでの求人を見つけた。セルビアでのナイトクラブでセックスワーク→数ヶ月後に取引されて北イタリアへ。〝保護者〟に売り飛ばされてヴェネチアやメストレ近郊、サラリア(ローマ)路上で売春。金はほとんど巻き上げられ、ほんの少額をウクライナの家族へ送金。家族にとって私は「スロットマシーン」なのだ。数年後、路地裏で血まみれ全裸。NGOに発見、救出。
10.タティアナ
2年2ヶ月、性奴隷だった。モルドヴァ共和国キシナウ近郊の村。父を亡くし、母は働けず、新聞でイタリアでの家政婦仕事を見つける。セルビアに連れて行かれて検査。アルバニアで再び売られてギリシア→南イタリア→ミラノでナイトクラブ経営の男に売られた。4000ユーロが彼女の借金となり、400人と寝たら帰してやる、と。2ヶ月で達成して1万2000ユーロ稼いだが全額店主のものに。→転売され街娼に。逃亡失敗、拷問、アルコールと麻薬漬け→取材2ヶ月前に抜け出せた。シェルターに。殺すと言われ、国の母も心配なので裁判で証言したくない。
インド、ネパールと同じく、イタリアでも過去10年で性行為1回の値段が劇的に下落した。東欧やナイジェリアから低価格の性奴隷が大量に流入し、半額に。
イタリアで最も多いのがナイジェリア出身の性奴隷。その8割がエド族(ナイジェリア中南部地域)。「トロリー」という勧誘者がイタリアでの夢のような生活を描き、高収入を約束する。ニジェール、アルジェリア→モロッコ→スペイン→イタリアへ。奴隷オークションにかけられる。
長旅の前に儀式をさせられ、借金を返すこと、警察に通報しないこと、誰にも話さないことを誓う。被害者は救出されても、話を聞くと引きつけを起こすこともある。
イタリアに女性や子供を人身取引する犯罪する組織はおもに5つで、アルバニア、ルーマニア、ロシア、ナイジェリア、中国の組織。南部だとマフィアのみかじめ料を取られるため、北部へと連れて行く。被害者は、イタリアをスタートし、3~5のEU国で売買されて捨てられる。
アルバニアの組織は残酷で、ある時、強制捜査に入ると全員14歳にもならない子供。アルバニア人の子供だけはどうか連れて行かないでと懇願。母親が殺されると主張。違法だが残した。
4章モルドヴァと旧ソ連諸国
モルドヴァはヨーロッパの最貧国。国外からモルドヴァへの送金額が総額5億ドルを超え、経済の約25%を占める。
11.イザベル
インテリアデザインを勉強していた19歳のとき、父を亡くして生活の支えを失う。大学の新聞にハウスクリーニングの広告、月給500ドル、アンジェラという人物が担当。パスポート代を払ってくれてイスタンブールへバスで。ホテルでパスポートを取り上げられてドイツ人の男に売られ、さらに5人の男たちに強姦される。1年4ヶ月、働かされた。
客の1人に弁護士、4000ユーロで買われる。彼も自室の一室に鎖で閉じ込め、売春を強要した。妊娠を告げると鎖を外し、彼は彼女と結婚すると言ったが、彼女は逃げることを決意し、帰国を助けてくれる団体に逃げた、帰国し、息子を出産。
見つかると自分も息子も殺されるのではという不安。性奴隷から解放されたが、生活はいまだ囚われの身。
12.カディア
23歳。父を亡くし母と2人暮らし。15歳の時、村に職業を紹介する人たちが来て、アリスという女性が外国での仕事を紹介してきた。結局、4カ国でセックスワーク。3年間。母とは連絡も送金もできず。アムステルダムから強制送還、母は既におらず。
職がなく路上生活していると、ある晩、男たちにトラックに押し込められ、殴られ、トルコへ。鎖につながれ、食べ物もなし。アパートにトルコの男たちが来た。逃げだし、モルドヴァに。
また仕事はない。大学近くでイギリスでの家政婦広告を見つけたが、紹介所に払う書類作成費用がない。給料から返すことに。担当者の家に3日間宿泊、運転手が来るとトランクに押し込められ、モスクワのクラブへ。毎日酔っ払い、裸で踊らされる。重い病気になりポン引きに路上へと放り出される。警察に強制送還。
モルドヴァはDVが酷く、日常的、当たり前になっている。だから外国へ出たがる。
5章 アルバニアとバルカン
アルバニアでは、法典の伝統の下であまりにも女性への抑圧が過酷。そこから解放される方法として、「ヴィルグジネシャ(誓いの処女)」がある。一生処女を誓い、女性としての生活を一切捨てて男になる。名前を男性形に変え、髪を短くし、男の服を着て、男のように働き、タバコを吸い、酒を飲み、他の男たちと交遊し、課長として家族を取り仕切る。人々からは「彼」と呼ばれる。一生、結婚も性交渉も持てない。アルバニアでは、家族の財産を相続できるのは15歳以上の男子のみ。
女は、親が決めた男と結婚しなければいけない。それが嫌ならヴィルグジネシャになる。あるいは息子がいない両親が娘にそうさせる。
アルバニアの女性は、結婚するか、貧窮するか、男になるかの3択しかない。アルバニアの人身取引被害者の半数以上は、虚偽の結婚の申込みによるもの、とあるNGOは話す。
13.パイラ
アルバンという男に17歳の時にプロポーズされ、村で結婚式。夫の家に引っ越すと、別の男に10レケ(1000ドル)で売られた。トラックでコソボへ、徒歩で国境越え。クラブでセックス強要。1年で警察の捜査が入り家に戻れたが、アルバンは他に2人の女性と結婚し、それも売り飛ばしていたことを知る。結婚式を執り行ったのは同じ司祭だった。
14.イネス
1995年9月、13歳。3人の男に拉致され、ジロカストラのホテルで2週間、毎日強姦され、タクシーでギリシアに。バスでコリントスへ。バーでのセックスワークを言われ、抵抗するとバスルームでかわるがわる強姦、気絶。4ヶ月働かされる。別のクラブに移され、さらに2年。ポン引きが買い物に連れ出したので、警察官に身の上を話す。17日間、留置場に。国境検問所まで強制送還。一文無し。父に電話してもらい、翌日、父が来る。
帰ったが父は話を信じてくれない。選んで就いたんだろう、と。家を出て路上生活。知り合いの男に仕事探しを手伝ってやると言われ、イタリアへ連れていかれ、トリノのアパートで強姦される。客を取らされ、その後、ベルギーに3ヶ月、イタリアのフィレンツェに。毎日殴るひどいポン引きだった。逃げた罰で歯も1本抜かれる。
その後はアムステルダムで8ヶ月、留置場に2ヶ月。出ると、イタリアに連れて来た男が待っていたので警察に駆け込んだが、その男と一緒に行かされた。ユトレヒトへ。密室の売春宿に。妊娠。産んで子供を渡したらまた働けと言われたので、修道女が運営するシェルターに。2003年1月22日にアルバニアに戻ったが、父親から勘当された。
2002年ごろから、アルバニアの人身取引が2段階プロセスへと変化。第1段階では国内の農村からティラナへ人身取引、路上の日雇い売春やアパート、ホテル、クラブでセックスワークを強要。その後、国外へ売られる。利益を上げてリスクをさげるために2段階に。
ティラナの街路はホームレスの子供であふれている。多くが、物乞いを強制されているロマ民族。幼い少年、気を失っている、頭部から出血・・・インドでも見た。同情を得るため手足を切断されることも。しかし、アルバニアでは寄付する人は皆無だった。ロマの子はティラナや国外へ人身取引され、物乞い強制、麻薬の運び屋をさせられ、養子として売られ、性産業で搾取され、臓器摘出のために売られる。NGOに通訳を頼んだが断れる。理由のひとつには、通訳と話している姿を所有者に見られた子供が、あとで罰を受ける可能性があるから。取材にも慎重を要する。
ギリシアへ大量に人身取引されてきたが、2000年以降、ギリシアの子供の物乞いは減ってきた。そういう子供はほとんど奴隷だという認識がギリシア人に浸透し、利益率が下がったため。性搾取目的に比べ、物乞い強要目的についての啓発は、目に見える効果があるらしい。現在、アルバニア人の子供はギリシアよりも、コソボ、イタリア、その他の西欧国により多く人身取引されている。
6章 タイとメコン河流域地帯
タイでは両親の借金を返したり、仕送りしたりすることが、娘の義務であると考えられていて、売られても両親を恨んだりしていない。パナッタという少女もそうだった。コンドームさえすればなにをしてもいい。しかし、彼女は毎週、避妊薬注射を受けていた。なぜなら、警察官だけはコンドームをしてくれないから。
タイでの高級スーパースター(特別なセックスの才能がある)たちの値段は2000バーツ(50ドル)で、性奴隷の10倍。スーパースターでない少女たちは1000バーツから始まる。
最低料金でできる売春宿では、タイ人、ビルマ人、少数のラオス人、一時間で4~5ドル。ナイジェリア人街娼もいたが、タイ人娼婦の2倍。西欧では性サービスの最安値だが、ここでは異国情緒が高く買われている。
アジアで最も猛威を振るっているのが日本の暴力団(ヤクザ)で、少なくとも過去20年にわたって、メコン河流域地帯の6カ国すべてから人身取引を行ってきた。
東南アジアに存在する強制売春目的以外の人身取引と奴隷制について。
いくつかのメコン河流域国からカンボジアに子供が人身取引され、その首都プノンペンで急成長中のペドフィリア(小児性愛者)市場で搾取されている。カンボジアの子供たちもタイへと人身取引され、バンコクやチェンマイの路上で物乞いを強制されている。この地域の老若男女がタイに連れていかれ、カレースパイスからプラスチックの玩具まで、あらゆる搾取工場で強制労働させられる
最も残虐な人身取引形態が、漁業での強制労働目的の人身取引。
大半がカンボジア人の少年で、バンコクの南の沿岸部に連れて行かれる。何か月もの間、毎日20時間、漁をさせられる。ノンストップで働けるように、アンフェタミンを服用させる。少年達は船に乗せられたまま。漁獲シーズンが終わったら、多くが銃殺されて海に放り込まれる。東欧やアフリカにまで及んでいる。漁業に止まらず、欧米各国で流通する魚介類の加工から包装まで、強制労働でまかなわれ、最も酷いのが15億ドル規模といわれるバングラディシュとタイのエビ産業。
タイで女性を男性の所有物と見なすようになったのは15世紀から。男は女を殴っても咎められず、飽きたら奴隷として売ってもよいと法にも定められた。第一夫人(親が決める)、第二夫人(より多くの子供もうける)、奴隷妻(性的快楽と卑しい仕事をさせる)の3階級があった。
1934年に勅令により一夫多妻制が禁止になり、買春が急増。不倫より買う方がマシという風潮、以前なら奴隷妻になる運命だったという理屈がまかり通り、娼婦に。
7章 アメリカ合衆国
15.スニー
アメリア国内であった性的人身取引の被害者2人のうちの1人。ロサンゼルスのタイ式マッサージ店。1時間60ドルを15ドルにしてくれて、オプションでセックスができる。
タイのファーン群生まれ。2人姉妹、15歳で父が病気にて働けなくなり、学校をやめた。アランという男が現れ、チェンマイのドイツ料理レストランでのウェイトレス仕事を持ちかけてきた。チェンマイでサワットという女に引き渡され、レストランの仕事は別人に取られたが、ロサンゼルスにいくとレストランで月々2000ドルだと言われ、父親も薬が必要なので了承した。サワットが航空券とパスポートを購入、着陸するとすぐにここに連れてこられて仕事に。お前は店主に2万ドルの借金があると言われた。マッサージとセックスワークをその夜からしなければならない、とも。拒むと数人に強姦され、革のベルトで鞭打たれた。両親にはわずかに毎月100ドルの仕送り。それ以外は全部搾取された。
アメリカへの人身取引の大半は、商業的性搾取が目的ではない。農業、家事労働、工場、露天商などでの強制労働のために人身取引されてくる。
アメリカへの人身取引では、①嘘の就職口話 ②誘惑の順に多い。
メキシコのカレト・ファミリー事件、1991年~2004年にかけてカレト一族が性奴隷をメキシコからNYへ連れてきた事件。10代の少女たちに贈り物、永遠の愛を告白、時に結婚して子もつくる。アメリカに渡るよう説得し、その後、売春を強要する。「俺を愛しているなら、できるだろ?」
拒むと拷問か、相手との間に生まれた子供が脅しに使われる。
アメリカへの人身取引に必要な詐欺と強要には、単に既存の市場から被害者を借ってくるより、はるかに長く金のかかるプロセスが必要だということを示した。ヨーロッパやアジアに比べて少ない理由のひとつ。
戦争に何十億ドルもがつぎ込まれる一方で、何十億という人々が、奴隷になる方がマシなほどの貧困にあえぎ、日々を生きている。近所のカフェのモカ・ラテ1杯の金額すら1日で稼げない人々が、世界人口の半分近くを占めている。自由と民主主義よりも、奴隷所有者からおごくわずかな報酬の方が、一口でも多い食事を提供できる現実があるかぎり、奴隷制度は決して終わらないだろう。
8章 奴隷制廃止に向けての枠組み
16.アイ
性奴隷ではないが、10年間の奴隷生活。15歳だが発達が阻害され、従順な5歳児のように振る舞う。ビルマの山岳民族シャン族。4歳のときに村を襲った政府軍兵士たち。母親とともに逃げ、4~14歳までチェンマイの近くで奴隷生活。何年も飢餓状態だった。シェルターで3食出ることが理解できず、食べ過ぎてよく病院に。
<詳細>
4歳のとき、母親と森に逃げ込み、何日もさまよってタイに。チェンマイのある工場にたどりつき、ビルマ人夫婦に雇われる。安心したが、翌日に工場で酷く殴られる。母が、働かなければ娘をまた殴ると脅される。それから母の姿を見ることはなかった。本人も、朝4時に起き、夜中1時まで労働。眠った記憶がない。彼女の仕事は果物の選り分け、乾燥胡椒を砕く、タケノコを切る。トイレ掃除、床に吐かれた唾の拭き取り。疲労困憊、主人たちが見ていない隙に階段で数分眠ろうとした。ベッドなし、階段の段に頭を乗せて寝る。2日間水だけで食べ物なしということも。
毎晩、主人の奥さんが眠りにつくまでマッサージ。自分も眠ってしまう。見つかり、竹竿で肩を叩かれる。仕事が気に入らないと跪かせて倒れるまで殴る。階段で寝ているのが見つかるとハサミで肩を刺される。ある日、頭をハサミで刺され、酷く出血。包帯巻いて仕事、頭ふらふら。その夜に逃げ出す。彼らは捕まり、6ヶ月の監獄送りと4万バーツ(1000ドル)の罰金。しかし、既に出所。
つい最近、何年かぶりに母親に会った。彼らの二つ目の工場で働いている、母が恋しいが、会えない。主人たちが自分の居場所を見つけて傷つけに来るのをシェルターが恐れている。
著者は、奴隷をなくすためにどうしたらいいか、具体的に書いている。経済学的な視点で数字まで計算している。そのためにどうするか?奴隷所有者側のリスクを高めること。とくに、発覚によるリスクを高めるのが大事。しかし、今は機能していない。強制捜査がされていない、罰則が甘い、起訴されない、など。強制捜査がされない理由は、汚職が主な原因だが、アメリカなどはその面ではマシである。強制捜査をし、奴隷を助け出す。奴隷になる期間を短くすれば、初期投資の回収が難しくなり、奴隷所有者側に大きな不利益となる。罰則を厳しくすることも、同じ効果を持つ。