本書は、50代という人生の節目に立つ人々が、これまで抱えてきた「やり残した」思いや、「本当は実現したかった夢」を再び見つめ直し、それらを実行し、回収していくための方法と思想を提示するものである。著者は、単なる精神論や励ましの言葉ではなく、実体験に基づく具体的なメソッドを提示し、人生を再構築するためのリアリティある道筋を示している。その核を成すのが、書名にも示された「全回収」という概念であり、それは過去の願望を一つだけ実現するのではなく、可能な限りすべて回収し、人生をやり残しなく生き切るという意志の表明である。本書は、この「全回収」を実現するために必要な五つの段階を、章立てとして明瞭に構成している。
第1章では、「全調え」と題し、人生を再始動させるための土台づくりが論じられる。著者は、人が夢を追うためにはまず、時間、健康、生活環境、心理的態度といった基盤が整っていなければならないと指摘する。すなわち、日々の生活における無駄な時間の洗い出し、スマートフォンやテレビに奪われている意識の回復、睡眠や食事、運動などを含む身体管理、さらには思い込みや固定観念からの脱却が必要となる。特に50代は、体力や環境の変化、家庭や仕事における責任の増大によって、挑戦への心理的ハードルが高くなる時期である。ゆえに、行動を起こす以前に、自己の生活基盤を整えることが不可欠であり、それが後に続く「全回収」の行動を支える力となると述べられている。
第2章の「全回収」では、これまで心の奥にしまい込んできた願望を掘り起こし、それらを実現するための最初の一歩を踏み出す重要性が説かれる。著者は、夢は一つだけに絞るものではなく、複数あって良いと主張する。そして、大小や分野を問わず、かつて「いつかやろう」と思って行動に至らなかったことを書き出すことで、自らの内に眠る可能性を可視化する作業の意義が強調されている。著者は自身の経験―会社員として働きながら大学に入学し、最短で卒業、長年の勤務を辞めフリーランスに転身、さらに楽器演奏や執筆、SNS発信など多領域に挑戦した―を示しながら、複数の夢を同時に追うことは混乱ではなく、むしろ人生の幅を広げる営みであると述べる。年齢や立場に縛られて諦めてきた願望に再び息を吹き込み、「今だからこそ」実行することこそが全回収の本質であると説く。
第3章「全集中」では、夢や挑戦を一時的な情熱に終わらせず、継続させるための習慣化の重要性が語られる。著者は、どれほど強い動機も、日常の中での行動として定着しなければ実現には至らないと指摘する。そのために必要なのは、完璧さを求めず、毎日少しでも前に進むという継続の姿勢である。具体例として、著者が続けてきたSNS発信や音声配信の取り組みを挙げながら、行動の大小ではなく、途切れさせないことが最も重要であると説明する。成果は積み上げのプロセスの中から生まれ、習慣は自信をもたらす。それにより、挑戦は単なる「思いつき」から、現実的なプロジェクトへと変化していくのである。
第4章「全解放」では、夢の実現を妨げる心理的障壁から自由になることの重要性が示される。人はしばしば、過去の失敗、社会的常識、他者の目線、自分に対する否定的思い込みによって、自らの行動を制限してしまう。特に中高年期には、「もう遅い」「今さら」という言葉が習慣的に思考を支配し、自らの可能性を閉ざしてしまう。著者はそれを「思考の牢獄」と捉え、そこから抜け出すことを提案する。他者と比較することをやめ、自分の価値観を基軸に「どう生きたいか」を問う姿勢こそが、人生を再構築する力の源泉となる。過去や環境に依存せず、「これからの人生」を中心に据える視点転換が、この章の核心である。
最終章となる第5章「全肯定」では、自らの挑戦を支え継続させるためには、人間関係と環境づくりが不可欠であるという思想が展開される。夢を実現する過程には、必ず困難や迷い、挫折が生じる。その際、否定的な言葉を投げかける人や、変化を阻む環境に囲まれていては、前進の力は維持できない。したがって、理解者や応援者、志を共有できる仲間を意識的に選び取り、共に歩む環境を整える必要がある。同時に、否定的な関係から距離を置く勇気を持つことの重要性も指摘される。自分の生き方を肯定し、支えてくれる環境を構築することによって、挑戦は一過性の出来事ではなく、人生の新たな基盤へと変わっていく。著者の実践例は、こうした環境整備がいかに挑戦の持続と成長を支えるかを具体的に示している。
以上のように、本書は「土台づくり」「願望の再定義」「行動の継続」「心理の解放」「環境形成」という五つの段階を通して、人生の後半を豊かに設計し直す方法を体系的に示している。その構造は、生活レベル・心理レベル・社会レベルを横断する実践的メソッドとして提示されている。