トラウマについて調べると、内外問わず様々な要因による肉体や精神に対する強い衝撃(外傷的出来事)を受けた事により、長期に渡りそれに囚われた状態であるとの説明がある。加えて、それらが否定的な影響を及ぼしている状態も指している。症状として我々がよく知るのは、それら心的外傷が突然に記憶から呼び覚まされて、フラッシュバックするといった状態である。時にヒステリーとも激昂などと捉えられるが、それを引き起こしている何らかの要因があり、多くの人が繰り返し起こされるその様な状態について、意識せず引き起こされているという事が挙げられる。またそれが1か月以上持続すれば、心的外傷後ストレス障害(PTSD:Post Traumatic Stress Disorder)になる。
またその要因(外傷的出来事)として例示されるものには、児童虐待や性虐待を含む虐待、強姦、犯罪や事故、いじめ、暴力、パワハラ、セクハラなどの各種ハラスメント、DVや大規模自然災害などがある。日本では阪神大震災後に多くの人々が被災体験が夢に出たり、フラッシュバックに悩んだ事で大きく取り上げられたのを覚えている。そして本書タイトルにもなっている「戦争トラウマ」もその一つの大きな要因として挙げられる。とは言え、現在の日本ではウクライナやガザの様な戦争真っ只中の世とは状況が異なり、戦後80年を迎えつつある国民の大半はその「戦争」の経験は無い。本書の背景にあるのは戦争を経験した親世代から続くトラウマに着目し、連綿と続く負の連鎖について取り上げている事だ。国内ではそうした戦争トラウマを対象とした会合があり、筆者はその取材を契機にその参加者や同じ様な経験を持つ「二次的被害者」(主に戦争トラウマを持つ親から生まれた子供、更には孫世代)、そしてそれらの研究者へのインタビューを中心に本書を書き上げている。
まず始めに、沖縄戦や東京大空襲、広島の原爆などを被災者として経験した親が思い浮かぶが、実際に手を下す側の加害者として、中国戦線やアジア各地で一般市民に手を掛けた兵士、そして捕虜虐待などの戦争犯罪を犯したものが抱えるトラウマを取り上げていく。その中では極限状態で自らが生き残るために、仲間や親族を犠牲にせざるを得なかった状況が、精神的に深く傷跡を残し、サバイバーズ・ギルト(生き残った者の罪悪感)が長く苦しめている事が挙げられる。それが酒や暴力などへの依存に繋がり、その被害者となる子供から、さらにその子供世代へ引き継がれていく実態に迫る。戦争が一時的なものであっても、その記憶や障害は後世にまで受け継がれてしまう実態。離婚や家庭崩壊を引き起こし、場合によってはそれを苦にした子供の自殺に繋がっていく。
戦争による被害は、その死者や負傷者、建物や兵器の損壊率などあらゆる数値で研究されるが、実態を掴みづらいが確実に存在するであろうトラウマ被害者に着目し、これまで数値化されてこなかった部分を掘り下げていくのは必要な作業である事を理解する。それがなければ、単なるDVや依存症といった状態への表面的な対処しかできず、それを起こした真因を掴み、対応する事ができないからである。既に過去に起こってしまった「戦争」という事実、歴史を覆すことはできない。だがそれに起因する負の連鎖の流れを止められる可能性は大いにある。先ずはその真因を特定し、対処しながら徐々に打ち消していく事が重要なのかもしれない。何より今そうした状況に苦しむ人々が、ニュース映像に流れるウクライナやガザの惨状を見なくて済む、真の平和が訪れる事が最も重要な事ではあるのだが。未だそうした世界には程遠い。アメリカ大統領が決断一つするだけで、また何百、何千という市民が、そのトラウマを背負う事になる。単なる数字のゲームでは無い、それらを理解してこそ真のリーダーに必要な正しい決断ができるのだと思う。
改めて平和の意味やそれを追求する事の大切さに気付かされる一冊である。