作品一覧

  • ぼくが子どもだったころ

    ぼくが子どもだったころ

    小説・文芸

    4.4
    1巻968円 (税込)
    貧しい家に生まれたひとり息子は,両親の愛情をまっすぐに受けとめて育ち,働きづめの母親を懸命に支えた.大好きな体操,個性的な先生たち,つらかったクリスマス,大金持ちになったおじ,母親との徒歩旅行……軽妙かつ率直に語られる数々のエピソードが胸に迫る.ケストナーのエッセンスがつまった傑作自伝,待望の新訳.

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ユーザーレビュー

  • ぼくが子どもだったころ

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    p.91
    記憶は頭の中だけに関係している。~ いい記憶も悪い記憶も、頭の中にあるのだ。
    頭の中には、ぼくたちが学んだことをすべて入れておくひきだしがある。 ~
    思い出は、ひきだしの中には入っていない。思い出はぼくたちの真ん中に宿っている。たいていはうつらうつらしているが、生きているし、息だってしている。そして、たまに目をあける。 生きていて、息をして、まどろんでいる。手のひらに、足の裏に、鼻に、心臓に、そしてズボンのおしりにだって。ぼくたちがかつて経験したことは、何年も何十年もたってから、突然もどってきて、ぼくたちの目をのぞきこむ。すると、ぼくたちは感じるのだ。そうだ、思い出はなくなってしまったんじゃないんだ、ただ眠りこんでいただけなんだって。

    p.228
    ルートヴィヒ・リヒターは今も愛され、称賛されている。グスタフ・ニーリツを知っている人はもういない。時は残るべきもの、いつまでもあるべきものを選り分ける。そして、時の選択はたいてい正しい。

    p.280 お母さんが下り坂でコースターブレーキをいつも忘れてしまったことについて。
     さいわい、ぼくはプロの深層心理学者ではないので、現実の背後にひそむ意味を読み解くこうした論文や解釈は、書かずにすませることができる。ぼくにとっては、人間を描写することのほうが人間を解説するよりもおもしろい。描写すれば、じゅうぶん解説したことになるし。でも、今ぼくがおもしろ半分に書いた一文は、真実のひらめきをふくんでいるんじゃないだろうか。そうだとしても、ぼくは驚かない。

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    2026年09月03日
  • ぼくが子どもだったころ

    Posted by ブクログ

    原著刊行年は1957年、ケストナーは58歳。15歳までの自伝。子どもに向けて語るように語る。しかし、ちょっと饒舌過ぎないか。
    全16章。4章までは、長いファミリー・ヒストリー。ドイツという国が歴史的にどういう国だったのかもわかる。5章からが自分のこと。16章、1914年、第一次世界大戦の直前で終わる。
    生まれ育ったドレスデン、当時人口は65万。その当時の喧騒、ケストナー少年が聞いていた喧騒も聞こえてくる。この大都市が未来に無差別爆撃で灰燼と化すことは、ケストナー少年の知らない話。
    ホルスト・レムケの挿絵(60枚)がいい。これがなかったら、まったく別の雰囲気の自伝になっていたかもしれない。
    (p.s. 母親はイーダ。父親はエミール、陰で噂の実父もエミール。よくある名前ではあるが、どこかで頻繁に目にしたような。)

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    2026年06月17日
  • ぼくが子どもだったころ

    Posted by ブクログ

    名作だな。これは手元に置いてときどき開いては笑ったり唇を噛んだりするべき本だ。百年の孤独と似たようなところすらある。子どもの本にしておくだけではもったいないよ。買おうかしら。

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    2025年04月26日
  • ぼくが子どもだったころ

    Posted by ブクログ

    読後感の重いものを読むのが好きなので、好みの本の中で、読み終わって幸せな気持ちになる本はあまりないのだが、児童文学の名作は、読むと幸せを感じることがある。それは単に明るく軽々とした気持ちではなく、不幸やアクシデントが人生には必ずあるが、幸せに生きることは不可能ではないという思いが満ちるといった感じ。そしてその中でも特に切ない幸福感を感じられるのがケストナーの作品である。
    そのケストナーのその人となりがどのように形成されていったかがわかるのがこの本である。
    ケストナー自身が、祖先から始まって、第一次世界大戦までの自分自身のことを書いた、前半生の自伝である。
    子どもにも読めるように書かれているが、ケストナーの家庭の特異さは伝わる。二十歳のイーダは、姉たちに、結婚は生活だからと説得され、「ぜんぜん好きになれない」と感じた、真面目な職人のエーミールと結婚する。これがケストナーの両親である。
    これは非情な選択というわけではなく、ちょっと前の日本も同じ感覚だった。ましてや1892年である。
    「結婚とは家事とやりくりと料理と子どもを産むことでできているのだから。愛なんて、よそいきの帽子くらいには大切かもしれない。でも、とっておきの帽子がなくたって、人生ちっとも困らない!」(P60)
    結局イーダ、すなわちケストナーの母は生涯夫を好きにはならなかった。夫エーミールは真面目で穏やかで、子どもを可愛がったのに。イーダは一人きりの子どもであるエーリヒだけを愛した。エーリヒと母は気も合ったし、趣味も合った。そしてお互いに愛しあっていた。
    たった三人の家族で二人だけが愛し合う。残された一人はどんな気持ちでいる?
    そしてその一人の思いに、気づかないような二人ではないのだ。気づいていながら、それには触れない。それは、二人がどんなに朗らかに過ごしていても影を落とさないわけにはいかない。
    ケストナーは子どもの心を忘れないからたくさんの子どもを主人公にした名作を書けたわけだけど、忘れられなかったというのが本当のところなのだろう。そのことが、彼自身の家庭を作ることにストップをかけたのではないか。
    しかし、お陰で私たちは彼の作品を読むことができる。
    不思議なことだし、ありがたいことだと思う。

    「ぼくたちは幸せで不幸だ。不幸の中にも幸せがあったりもする。」(P207)
    「忘れてしまったのは古いことで、忘れられないことはきのうのことだ。そこでのものさしは時計ではなく、大切さだ。いちばん大切なのは、楽しかろうが悲しかろうが、子ども時代だ。忘れられないことは忘れてはいけない!」(P20)

    コルドンの書いた評伝も読まなくちゃ!

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    2023年11月25日
  • ぼくが子どもだったころ

    Posted by ブクログ

    存在は知っていたものの未読だった本で、新訳を機に初めて読みました。ケストナーらしい、優しく、たまに鋭く斬り込む文章で、まるで物語を読むのと変わりなく楽しみましたが、奥に秘められた故郷や家族親族への大きな想い、時代に対する深い慈しみと怒りのような、生身の感情が溢れていて、小説とはまた違ったケストナーの言葉を感じました。
    タイトル通り、少年時代の終わりと共に終わっていて、あくまでも子どもの目線で見たままの世界がそこにあり、苦しさよりも、生き生きとした少年の日常の印象が強く、戦争の気配はまだないですが、ケストナーが生きた時代をより深く知るなら、この後、終戦日記を読むと、理解が深まるのかなと思っています。

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    2023年11月02日

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