ウクライナ史に関する日本語の書籍としては、これまで、中公新書の『物語ウクライナの歴史』(黒川祐次著)が最もよく知られていた。しかし、この度出版された本書(『講義ウクライナの歴史』)は、それよりもはるかに質の高い書籍であると感じた。何よりもまず、『物語〜』が歴史家ではなく一外交官による書籍であるのに対
...続きを読むして、本書は第一線で活躍する研究者らによる講義集であるからだ(加えて『物語〜』の出版から20年を経過した今、21世紀の歴史的展開もカバーする本書のほうがより信頼できることも否定できない)。これだけの研究者たちによる論考をまとめることができたのは、編者・編集者の尽力によるものであろう。
ウクライナが一体の国家として成立するのが近代になってからのことである以上、ウクライナの歴史を前近代も含めて通史として描くことには必ず何らかの困難が伴う(これについて、詳しくは、『歴史学研究』2023年7月号所収の橋本伸也「ウクライナ史とはなにか?」を参照)。本書は、かつて北米のウクライナ人ディアスポラのあいだで広まっていた亡命史学やウクライナでの戦争が勃発して以降、一層勢いを増している民族史学に陥らないよう十分注意を払いながら、論じるべきポイントはきちんと抑えて論じている、といった印象を受けた。
初学者にとって最も参考になるのは、やはり第1講の概論(黛)であろう。記述も非常にわかりやすいので、この章を目を通すだけで、全体像を大まかに掴むことはできるはずだ。次に、より詳しく知るために、各章をじっくり読み進めていくとよい。さらに、もっと深掘りしたい場合には、各章の著者による別の著書を手にとってみるよいだろう(例えば、正教会に関する第9講(高橋)→高橋『迷えるウクライナ』、独立後の政治に関する第10講(松里)→松里『ポスト社会主義の政治』および『ウクライナ動乱』、といった具合に)。
本書は、ウクライナの歴史を学ぶにあたってまず初めに読むべき一冊であり、ウクライナの歴史に関心をもつすべての読者が手にとるべき書籍であると感じた。