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「廣瀬涼」の「タイパの経済学」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「廣瀬涼」の「タイパの経済学」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
「タイパ」=時間の効率化、と聞けば誰でも思い当たる事柄はあると思います。
そもそも家電などは主婦の手間をいかに省くかを主眼に置かれています。
「近道」だって、ある意味タイパでしょう。
それが今、新書の主題になるほど若者の「タイパ」的姿勢が問題視されていますが、本当にそんなに問題な事柄なのでしょうか。上記の例のように誰でも
タイパに無関心ではいられないはずです。
しかし問題視されている要因の一つとして「ファスト映画」を観る人たちの存在が大きいと思われます。
映画を早送りして、ざっくりとした粗筋と「それを観た」という優越感だけの「承認欲求人」に対する批判が前提にあるが故の反応と思われます。
「映画を早送り」して「分かったつもり」になるという行為と、モノゴトをいかに効率よくこなして「時短」を目指す行為とでは、同じ「タイパ」でも両者は全然違います。
本書はそこを論じています。
例えば「あなたはこうすれば時間的ロスなく政治家になれる」という本、またはSNSがあれば、どう思うでしょうか。
「タイパ」とはなんぞや、を論じる一冊です。
Posted by ブクログ
コスパの中にタイパがあるのはなんとなくわかるし、全て良かったらそれがいい、ならオタ活にコスパとタイパは求めたいですか?
レジーの「ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち」と稲田豊史「映画を早送りで観る人たち」からも学ぶタイパについてをまとめた新書。前作2つのエッセンスも交えながら消費者の求めタイパについてを言及した本作はまさにタイパが良いものと言えるのでしょう。
ただ消費者像を見る限り皆が受動的な価値を欲しているあまり能動的に価値を見出す能力に欠けていると感じました。
前作2つも読みましたが、やはりそこからも学ぶのは受動的に消費したい、つまり「頑張りたくない」がやはり根底にあるんだなと感じます。
一冊本を読む、一本映画を見る、これら全てタイパが悪いとは言いますが、実のところ頑張ってやらなきゃいけないことだから避けているんだろと思う節がありました。そんな確信を得たのもあり、人の考え方もなるべく頑張らない手段としてファスト教養・映画の存在がある気がします。
ただそれがオタ活にまでタイパを求め出したことで頑張らないオタクが生まれている悲しい現状を見た気がします。
もっともオタクは能動的に動くもの、頑張っているものといった像がなくなりつつあるのでしょうか。ただただ悲しい。
Posted by ブクログ
『タイパの経済学』
時間効率の経済学。コスパとの違いを理解し、ビジネスに活かす。
【購読動機】
タイパ。タイムパフォーマンスの略称です。わたくしは、タイパを「言語」として使う頻度は少ないです。しかしながら、日常生活を送るうえで、タイパを意識することがあります。わたくしは、どんなときにタイパをしているのでしょうか?まったく考えたことがなかった領域の疑問です。
【本書の読みどころ】
著者は大学で教鞭もとっています。その著者が執筆した目的は、バズワード化している「タイパ」という言葉を定義することです。また、なぜ消費者がタイパを意識するのか?の行動、心理を読み解くということです。
このことに関心がある場合は、ぜひ読んでみてください。「あー、なるほど、たしかに!」という共感するケースが少なくありません。
【コスパってなに?】
コストパフォーマンスの略称です。「コスパがいいよね!」とは、支払価格(コスト)以上に便益を感じることです。「安いのに量が多い」「安いのにおいしい」とかです。
コスパには、経済合理性が働いています。消費者がコスパを求める姿勢は、受け身的要素よりも主体的要素が強いです。
【タイパってなに?】
コスパは、費用対効果という具合に経済合理性が働きます。一方、タイパは違います。(経済)合理性が働いていないケースが生じています。それは、時間を効率化して(タイパして)、余剰した時間を別のなにか?を消費しないケースが存在するということです。
たとえば、授業の視聴を考えてみましょう。コロナでウェブ授業が増えました。生徒は、2倍速以上で視聴したあとに、なにか目的をもった時間を消費しているか?と問いた場合、必ずしもそうではない事象が存在しているということです。
合理性があるコスパと合理性がないケースがあるタイパ、決定的に「差異」があります。タイパは、「目的はある。ただし、主体性が無い行為をする場合の時間効率」を指します。
A;楽しみを追求する場合、(例えば推し)タイパを意識するか?
B;楽しみが少ない、義務的要素が強い場合、タイパを意識するか?
前述の授業はBです。観たい映画を視聴するはAとなります。
Aは、タイパ意識が少なく、Bの場合は、タイパ意識が高くなることを理解することができます。
【読みおえて】
タイパをビジネスに置き換えてみました。
企業が外部(投資家、お客様含めたステイクホルダー)に対して情報を発信する場合、相手方(情報の受け手)のタイパを意識して実行することが望ましいと考えました。
なぜならば、受け手は、企業が発信する情報に対して主体的ではないからです。したがって、必然的に受け手はタイパを意識して情報を解釈するはずです。
そのため、企業側は、発信する情報は、可能な限り1)短く2)簡潔に3)理解しやすい仕様にするのが望ましいです。受け手が興味をもった場合、さらに深い情報にたどり着けるような「道」(情報経路)をつくっておくことが肝要では?と考えます。
Posted by ブクログ
【本を読もうと思った理由】
文化系トークラジオLifeで聞いた。「ファスト教養」を読んで、タイパに関して他の角度からも読んでみたいと思ったため。
【本の感想】
本書の冒頭にもあった通り、肌で感じていることを言語化する手伝いをしてくれる本だった。タイパを、「手間を掛けずに〇〇の状態になる」ことであるという定義したのはとても腑に落ちた。ファスト教養と比べると、タイパを批判するだけではない点が特徴的だった。生存に不可欠でない消費を、タイパを追求する消費と、そうでない消費(モーメント消費)に明示的に分類し、モーメント消費にコストを割くためにタイパを追求するならいいんじゃない?というのが本書の論旨だった。過程が冗長に感じるほど、結論はシンプルかつ普遍的な内容だったように思う(これもタイパ追求してるのか…?)。冗長に感じたのは、なぜ働いていると本を読めなくなるのか、ファスト教養を読んだあとだったからかもしれないが。
私はファストにコンテンツを消費するのが苦手だと思う。ながら見はできないし、MCUにハマって、エンドゲーム公開までの1ヶ月間に全作品をちゃんと視聴したタイプの人間だ。「今期のアニメは〇本追ってて、録画を消化する」という言い方は、私が学生時代の2010年前後から理解不能だった。一方で、自分は必ずしも根気があるわけではないので、真面目にコンテンツを追っている途中で、挫折することもしばしばある。
自分のコンテンツ消費の好みを考えた時に、「ナラティブ」は1つのキーワードであると感じる。Jリーグはその最たるものだ。過去の試合の経緯や因縁、選手の努力を知れば知るほど、感情移入して観戦に熱が入るのだ。必ずしもサッカーの試合を純粋に楽しんでいるのではなく、そこに至るストーリーを込みで、カタルシス(エモさ)を感じている。そのため、ハイレベルな海外サッカーよりも、選手やチームとの距離が近いJリーグを推しているのだ。前述のMCUにしろ、ノブロックTVのDRAW MEにしても、エヴァにしても、特撮にしても、自分の好きなコンテンツの一部には間違いなくその傾向がある。
本書に寄せて考えた時に、ナラティブ的なコンテンツ消費と、タイパの相性はどうなのだろうか。MCUを例に考えるのが分かりやすいと思う。
アベンジャーズなどの集合作品は、より多くの作品を網羅したほうが、カタルシスが大きくなるように設計されているし、ファン側も「ここまでついてきたご褒美」と好意的に受け止められていた。だが、ファンが好意的だったのは、映画館上映が主たる視聴手段だった間(=インフィニティサーガ)までだ。一般的には、フェーズ4以降、ドラマ配信により作品数が増加し、クオリティの低下と新規参入の難しさからファン離れが起きたと言われるが、この現象は、本書で説明されていたタイパの文脈からも説明できる。コロナ禍も重なり、ドラマも映画も主たる視聴手段がサブスク化したことで、視聴者側が視聴作品や視聴環境を選択することができるようになり、結果、タイパの追求が可能になってしまったことも、原因の1つと考えられる。「〇〇を楽しめる状態」になるためには最低限AとBとCを観ておけば大丈夫!的な言い方は特に顕著であり、ドラマシリーズを流し見して展開が分からなくなる…、なども実際自分が身をもって体験している。その結果、作品同士のつながりによるエモさが大きな価値だったMCUとしては、単体作品のクオリティ低下以上のダメージを受けてしまったと考えられる。
以上のことから、カタルシスを味わいたいからといって、その過程でタイパを追求し、おいしいところだけを味わおうと思っても、なかなかうまくいかないのだろうと思う。本書は結びに、『読者の皆さんにとって何が大事なモノで、何が「じゃないモノ」なのか、自身を振り返るきっかけとなれば幸い だ。』と書かれていた。私にとっての大事なモノは、ある種ナラティブ的な性質(作り手が意図しなくても自身がそう捉えることができるものも含まれる)を持つのだと思う。その点において、タイパを求めて面白さを損なうくらいなら、挫折してしまったらそれまでだと割り切って、これからもまじめにコツコツ頭から作品を楽しもうと思う。