農業で利益を出し続ける上で必要となる視点や基本姿勢を、著者自身の経験に照らしながら解説した本。
生活を賭けて、厳しい市場で道を切り開いてきた人間の持つ迫力が、遺憾なく伝わってくる。
著者が農業経営者として目指しているゴールは、何ら新規性がなく、著者自身が序文で述べているとおり、「当たり前」なもの
...続きを読むである。曰く、成功する経営とは、「自分のお客様を作り、長期的視点で本業とその技術を究め、価値ある商品を開発し、堅実な投資をしていく」、「それらを行う人財教育を継続的に行い、個人を活かして幸せにする組織化を行う」ことである。
然るに、本書を少し読むだけで分かるのは、現在日本において、この「当たり前」の事を農業で実践することが、如何に困難であるか、である。まず、農協が流通を支配しており、多くの農家は、自分の商品がどこで消費されているかすら知らない。「自分のお客様を作る」以前の問題である。また、生産人口が著しく高齢化しており、「長期的視点」どころか、そもそも成り手がいない。生産調整や横並びへの同調圧力により、「技術を究める」のも憚られる。その結果、「価値ある商品」が何であるか分からず、「堅実な投資」も何も商品開発に向けた投資をしない。そのような状態であるから、「人財教育」も「組織化」なく、これがさらに生産人口の高齢化と農協支配を強め、負のスパイラルを完成させる。
著者は本書で、この「当たり前のこと」を実施することが著しく困難な産業構造下で「当たり前のこと」を実施していくための視点やノウハウを、平易でありながらも高密度な文章で、教えてくれる。それらは、「長期的な安定供給を行うために農業を家業として息子や孫たちに受け継いでいく」、「農業において価値ある商品を作るには、気まぐれな自然に合わせて全ての予定を常時組み立て直す必要がある、よって家族はこれを理解し、一家の予定を全て農作物最優先な体制にする必要がある」、「全く同じ作物であっても、新しい土地では、その土地に適した全く別の栽培プロセスが必要になり、これは地元の人間に教えてもらうしか無い。然るに地元の人間は、地元に骨を埋める覚悟のある人間にしか、ノウハウを教えない。よって、実際に地元に骨を埋めるほかない」、といった、時代に逆行するかのような言説のオンパレードである。しかし、農地法の抜本的改正による一般法人の新規参入完全自由化などが起こらない限り、現状において農業で利益を出し続けるには、これらが最良の策なのであろうことが、本書を読む内に体感される。
血尿を出しながら新商品開発にチャレンジし成功した著者の、農業にかける気迫と重みが込められた出色の書。☆5つ。