大竹裕子の作品一覧
「大竹裕子」の「生きることでなぜ、たましいの傷が癒されるのか:紛争地ルワンダに暮らす人びとの民族誌」「性暴力被害の実際」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「大竹裕子」の「生きることでなぜ、たましいの傷が癒されるのか:紛争地ルワンダに暮らす人びとの民族誌」「性暴力被害の実際」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
90年代のルワンダで起きた紛争や虐殺を生き延びたひとびとへのフィールドワークを通じて描かれるエスノグラフィ。
ロンドン大学への博士論文をもとに日本向けに書き直したものだそうだ。だからといって、とくに専門的な知識が要求されるわけでもないし、難解な文章というわけではない。むしろ平易といってもよい内容。
ただ、平易といえども内容は重い。90年代のルワンダは、大きく分けて、
90年〜94年 ルワンダ内戦
94年4月〜7月 ジェノサイド
94年7月〜コンゴへの難民化
94年〜97年 難民キャンプでの殺戮
97年〜00年 アバチェンゲジ紛争
となる。ルワンダは丸々10年間血を流したことになる。
ちなみに、これは巻末にある著者による年表に依っており、90年以前には植民地時代と独立、08年にはジェノサイドイデオロギー法がある。そして本書で大きく印象に残るのは、アバチェンゲジ紛争と、その語りを封じ込められるジェノサイドイデオロギー法である。
本書の論旨と結末はシンプルといえばシンプルである。医療から語りの形式、時間の認識にまで至る西洋中心主義への批判と脱却、コミュニティやグランドナラティブの重要性を説くこと。希望の持てる結論ではある。しかしこの単純な結論に辿り着くまでの道のりは長くてつらい。
Posted by ブクログ
アバチェンゲジ紛争によって家族、友人、近隣の人たちを殺され、その人たちが家の玄関先に埋められたままなのに、埋葬することはおろか追悼すること、被害を口にすることすら許されない。親戚の男に父を殺され、性暴力を受けながら、紛争後はその被害がなかったことにされ、加害者と顔を合わせて日常を送らなければならない。あまりに悲惨な状況の連続で読むのが辛く、前半は何度も読むのをやめようかと思った。日本で日常的に報道されるのはガザとウクライナくらいだからあまり知られていないだけで、世界中にこのような辛い状況に置かれた人たちが今もいるんだろうな。
後半に書かれた、コミュニティの中で人と関わりながら生きること、人と話すことや人のために何かすることで時間の経過とともに心の傷が回復していくという過程は、とても納得できる。コミュニティの中で居場所を失ったお婆さんは、信仰によって生きる意味を見い出していく。苦しみながら息子を殺した加害者を許そうとする、加害者のために祈るというおじいさんの話も印象深かった。信仰なしにはそれはあり得ないだろうし、やはり人の力でどうしようもない辛い状況にある時に信仰は大きな意味を持つんだな。
そして、今生きている間に自分の傷が回復することはないとしても、未来を生きる世代を生み出し育てていのちを繋いでいくことによって、いずれその世代が傷を癒やしていってくれる。このような円環的死生観は、一昔前までは日本にも当たり前に似たような価値観があったのではないかと思う。
最近の日本では子育てがネガティブなイメージで語られることが多いけど、人間だって生き物なんだから新しいいのちを生み育てることは単純に喜びであり未来への希望を繋ぐ行為であるはずなのだ。