あらすじ
暴力と和解と赦し、そしていのちの円環
ルワンダは、ナチスによるユダヤ人虐殺と比較されうるジェノサイドを経験したことで知られる。本書は、ジェノサイド後も政治的抑圧を受け続ける住民たちが、国際社会や政府から見捨てられながらも、いかに自分たちの力で回復してきたのかを、医療人類学の視点から詳細に分析したエスノグラフィ(民族誌)である。
草の根の住民たちにとって紛争による苦しみとは何であり、回復とは何を意味するのかを、世代を越境する「いのち」のあり方と「生きる」ことを分析的視点としながら掘り下げた。
また、本書は、非西洋社会における人間の心と精神、共同体のあり方をポストコロニアリズムの立場から見直す。紛争・災害時に用いられる「トラウマ」「PTSD」概念は、西洋における精神医学を基礎として発展してきた。
これらを非西洋社会、とくにアフリカの紛争地に持ち込んだとき、植民地化の歴史と文化の違いにより現地コミュニティとの摩擦が生じやすいことが知られている。
この問題を解決するため、紛争地における心の傷と回復についての理論を草の根の住民たちの語りと観察記録の分析にもとづき呈示する試み。
【目次】
プロローグーー支援からこぼれ落ちた人びと
第1章 生きることを支える支援のあり方を求めて
一 紛争地、心の支援の失敗
二 失敗はなぜ起こったのか
三 失敗を超える手立て
四 人間としての苦しみ、そして癒し
第2章 沈黙が生まれたいきさつ
一 内戦とジェノサイド
二 侵入者たち
三 焼け野が原
四 ヴィルンガの山々に抱かれて
第3章 大切な人たちを殺された苦しみ
一 イビコメレ
二 あの穴の中に
三 語りえぬもの
四 そして精神の病いに至る
第4章 回復の道のりは未来へと向かう
一 未来志向の回復
二 蘇生する共同体
三 きずなの再生
四 生きてゆく意味
五 和解と赦し
第5章 いのちの円環
一 愛と助け合いについて
二 病いに伏す老女
三 未来を信じることはできるか
四 いのちの終わり、そして始まり
第6章 回復の限界
一 重い精神の病い
二 助け合いのルール違反
三 分かち合えない体験
四 分かち合われる日々の営み
第7章 生きることでなぜ、たましいの傷が癒されるのか
一 語りえぬものを癒す
二 共に生きる
三 未来へ
四 いのちは続いてゆく
五 生きることを支える支援のあり方を求めて
エピローグーーより善い未来を創り出そうとし続けるその試み
注記
謝辞
参考文献
付表
年表
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
よかった
タイトルはなかなか仰々しいが…。
まず、ルワンダの内戦について、あまりにも過酷な状況が書かれており、恥ずかしながら全く知らなかった。
この本の前に「地球星人」という、なんとも非倫理的なエグい本を架空の物語として読んだのだけれど、現実の地球でまさに(多かれ少なかれ)同じようなことが起きていた、という事実にまず萎える。
話は戻り、そういった過酷な状況、過酷な世界をその土地の人たちは、どう生き延びてきたのか、生き延びているのか、というルポタージュ。
二つ興味深かった。
一つは、過去を物語り、自分のライフストーリーに組み込むことでトラウマ・ケアをするという考え方は、西洋の精神分析学派の流れを汲むアプローチであり、個人主義・言語中心主義がなせるもの。
ルワンダのような独自の文化、独自の言語(トラウマに値する言葉がまずない)からなる世界では有効ではなかったということ。その文化に根付いた治癒法が大事ということ。
*言語以外の治療法については、「身体はトラウマを記憶する」の本にもいろいろ書かれている。
日本は、西洋化しているけれどもどうなんだろう…
今ある知識、常識で治癒しなくとも、それはその人(個人)のせいではないことがよくわかる。
もう一つは、時間に対する考え方
こちらも、西洋圏や現代の日本においては、直線的な時間軸が主であり、それに基づくと、心の傷は個人の所有だが、円環的死生観のもとでは異なってくるというところ。
詳しくは本書を読んでいただきたいが、死生観そのものが、心の傷の回復に求めるものまで変わってくるという見方は、また大きな視点に立てた。
以下、印象に残ったところの抜粋
「人間のいのちは誕生にはじまり、死で終わると考える直線的死生観のもとでは、心の傷は個人の所有であり、個人が人生の終焉を迎えるまでに回復する、あるいは成長することが期待される。しかし、円環的死生観のもとでは、心の傷は個人の所有であるとか、回復や成長は一世代で成されるものといった前提はくつがえされる」
まあ、確かに子供のためにがんばるとか、薄く浅くいうとそういうことか 次世代につながればよし的な。昔の日本は意外と円環的だったのかもな。
「人々が何処へ向かって回復してゆこうとするのかという回復の行く先は、その人々がどのような人間観・死生観・世界観を取り戻そうとしているのかに従うことになる」
・時間について
「時間とは 異なる2点の間の差異
1つ目の点が主体
2つ目の点が他者
2つの点の距離はいわば、他者との関係とすると、自分とは異なる他者が存在し、自分と他者との間に差異があり、距離があって、はじめて時間は生起する」
なるほどねー
まあ、やっぱり他者の存在
だれか他者がいることの価値ということなのか。
なかなか勉強になった。
その人がどういう死生観であるかを知ることで、その人はどう生きることを求めているのか、その人にとっての回復とはどういったものなのかが、ほんのり見えてくる
という視座をもらえたのが何より良かった
まずは今自分が知っている知識が、常識、と思わないようにしよう。
Posted by ブクログ
ルワンダのツチ族を標的としたジェノサイド、国際的にもよく知られているが、その後に起こったアバチェンゲジ紛争などは私は全く知らなかった。それはルワンダの一般市民(フツ族、ツチ族)にとってとても酷い状況だったようで、多くの家族や友人を失ったにもかかわらず、現政府の統治下ではその話をすることも命の危険が及ぶような状況とのこと。そのようなかで、人々がどうやって前向きに今を生きれるようになってきたかが詳細に記されている。心の傷を癒す方法はその土地の文化や風習によって異なり、欧米のPTSDに対する手法が全ての地域に当てはならないことがわかってきた。それは日本においてもそうだと思う。ルワンダの市民らは最終的には人との繋がりが互いを支え合い前向きに歩を進める動力になっているんだなと思った。やっぱりどんな状況であっても人との繋がりが大事だなと思った。