加藤氏は、現代における後藤新平であると感じた。かつて衛生官僚、台湾総督府、満鉄を経て、東京市長を歴任した後藤新平は、もともとは医師であるが、「国を治す医師になる」というモットーを掲げ、当時の日本の最前線で「衛生」に関連する制度資本を構築した。医療機関や制度のみならず、東京市長の時にはより安全かつ衛生的、そして災害に強い都市を作るという幅広い射程で構想し、実現した人物である。
加藤氏の議論の射程は、医療のみならず、医療を中核としつつも社会全体の未来構想に及ぶ。なおかつ医師や厚労省官僚の経験を下に、非常に緻密かつ現実的な構想をまとめている点には敬意を表する。メルマガも非常に面白く、まさに「国を治す医師」としてのいグランドデザインを作る加藤氏は現代の後藤新平そのものだろう。
本書の内容についていえば、全体として、どのように「社会のリスクを低減させていくか」と言う議論であると理解した。
医療においては、病気になった際のワンポイントの治療のみならず、そもそも病気にならないようにする仕組みを設計することに力点が移ることや、そうした設計をするにあたり、ウェアラブルデバイス等で常時リアルタイムで繋がる技術的進歩で、治療やモニタリングの時間的な軛から解放されることや、ゲノム解析により、集団にとっては良い治療法を全員に試すのではなく、個々のゲノムにあった治療法や薬剤の投与量をコントロールするような時代になる。こうした変化の中で、従来の治療や診断という点の思想ではなく、線や面といった幅広い医療関連サービスの必要性が叫ばれる。病気を治す/ならない仕組みを作るという課題に対して、単なる治療の場としての医療機関の身に任せるのではなく、自治体や企業等の幅広い組織が多面的に課題に取り組む多角化という視点も見逃せない。こうした変化を加藤先生は「多角化・個別化・主体化」という三つのキーワードを使い、ヘルスケアにおける各産業の変化や役割等を踏まえてグランドデザインを作っている。
この話を読んでいて、非常に共感するとことがあるのは、私自身が生業としているリスクマネジメントの文脈と極めて呼応しているからである。現在、保険仲介業や保険関連産業は、保険市場のハードマーケット化(相対的に保険の調達が難しくなる/保険料が上昇し続けるサイクル)していることから、リスク低減をコアバリューとして取り組んでいる企業が競争力を持ち始めている。
本書の文脈で言えば、「多角化」に近い現象も起きつつある。例えば、サイバーインシデントに備えるサイバーリスク保険というものがあるが、現在の日本では十分な保険商品の入手が困難になっている。その文脈と同じくして、サイバーリスク保険については、常に企業のサイバーリスクをモニタリングするリスク低減の機能等を実装した複合的なサービス等も開発されている。リスクコントロールと言う観点で、企業や保険会社だけでなく、別途リスクコンサルティング会社等が幅広くリスク低減の課題に向き合う状況が出来つつある。
これまで、リスクマネジメントはまさに、何かが起きた時の資金的な備えという「点」の思想であったが、そもそものリスクを低減するために企業や社会がどうすべきかという「線」や「面」の設計に議題が遷移しつつあることは言うまでもない。これまでは大数の法則に伴い、一定の保険料範囲での保険商品の販売が主流であった。本書で触れられている統計的に有意な数値を全社に適用しながら進めてきた側面もある。一方、昨今の事故の増加に伴い、収益性の見極めと言う観点で、一定リスク以上が見込まれる企業には個別にアンダーライティング(保険の引受判断)や保険料算出し、場合によっては引き受けを拒否するケースも少なくない。まさにこの流れは「個別化」と呼応する。
自社のリスク実態について適切に説明できない企業は、現在、十分な保険商品を調達てきない、もしくは通常価格より多くなコストを払い、調達をせざると得なくなっている。そうした中で、自社のリスク実態を把握することをより重視していく姿勢はまさに「主体化」であろう。また、保険商品でリスクへの資金調達手段を確保できなくとも、リスクは残るわけで、そのリスクの引き受けては保険会社ではないならば自社になる。リスクを如何にして保有するか、リスク保有のための技術の一つであるキャプティブという手法も注目されているのは、「主体化」の流れを加速させる。
私は福利厚生領域での保険手配やコンサルティングを行っているが、こうした流れに対しては、企業が手配する団体保険という領域では、火災保険やサイバーリスク保険ほどの大きな変化は訪れていない。
というのも、団体保険はあくまで日本の健康保険組合による健康保険制度の上乗せとしての性質が強いからである。個社ベースで見れば、保険引受が難しくなっている企業もあるが、まだ保険会社としては積極的に母数を増やしていきたいフェーズだろう。
本書でも取り上げられている健康経営は、米国のような民間の医療保険がセーフティネットのファーストレイヤーで機能しており、従業員の健康問題が、自社が払う団体医療保険の保険料と言う形でダイレクトに経営にインパクトを持つ環境の中で育まれてきた概念だろう。
無論、健康経営は従業員が健康に働くことで生産性を上げられるという定性的な側面もあるが、多くの企業は従業員の健康問題が自社のコストを押し上げるという状況にさらされないと中々「主体化」を遂げられないのではないかと思う。日本の場合、そうした意味で、健康保険組合があくまで医療保険のセーフティネットのファーストレイヤーである限りは、米国と同レベルの危機感は醸成できないだろう。とはいえ、健康保険料も小さくない。従業員の総報酬の約1割は健康保険料であることを踏まえると、健康保険料の変動が企業経営や総人件費に影響を与えることは避けられない。
ただ、現在の日本の健康保険料の決め方は、従業員の健康が良化したことによる恩恵をダイレクトに受けられる仕組みになっていない。仮にその年の医療費が少なくても、前期高齢者納付金である程度調整されてしまうことは、企業の健康施策実施のインセンティブを削いでいる。企業が健康施策で医療費を削減したことのメリットが、そのまま企業にお金を残すことを意味しない。
高齢者医療の財源問題は、センシティブではある。前期高齢者納付金という形で企業から回収する方法も、職域以外の国家全体の医療保険制度のグランドデザインを考える上では否定できないが、個社ベースで見た際には、企業が健康経営にリソースを割かなければならない金銭的なインセンティブが少なくなってしまっていることは事実であり、大きな課題だろう。
医薬品卸のポテンシャルについての章を読んでも、私自身の保険の仲介業への示唆は非常に多い。
<引用始>
「日本の医療において、「地域の医療の流れ」を俯瞰できる立場にいるプレイヤーは、実は極めて限られています。先に述べた通り、製薬企業は製品側のデータしか持ちません。医療機関は自施設の情報に閉じています。保険者は支払いデータは持っていますが、リアルタイムではありません。厚生労働省は統計データを集計していますが、タイムラグがあります。 その中で、医薬品卸だけが、地域全体の需給と流れを「ほぼリアルタイム」で横断的に把握できる立場にあります。」
「医薬品卸の再設計は、「医療費抑制と医療の質向上を両立させる構造」を実装する試み です。 在庫の最適化やジェネリック医薬品の普及は医療費の適正化につながり、物流や発注の効率化は医療現場の負担を軽減します。そして、過疎地や高齢化地域への供給維持は、医療アクセスの公平性を支えます。」
<引用終>
加藤氏の以下の医薬品卸への提言はそのまま保険仲介や保険流通業にも当てはまると思う。日本の保険業界は、これまで保険会社が非常に強いマーケットであったが、こうした状況は医薬品卸も近いのではないか。
• 第一に、製薬企業に対する市場情報サービスです。市場動向、処方トレンド、競合分析、新薬の浸透速度などをリアルタイムに提供することで、製薬企業のマーケティングや営業戦略の高度化を支えます。
• 第二に、医療機関に対する経営支援サービスです。診療科別の処方傾向、コスト構造、地域内でのポジショニングなどを可視化し、ベンチマーク比較や改善提案を行います。これにより、医療機関は経験や勘に依存しない経営判断が可能となり、効率性と質の両立が実現されます。
• 第三に、行政・保険者に対する政策支援サービスです。医療費動向、医薬品使用状況、地域差分析などを提供することで、エビデンスに基づく医療政策の設計を支えます。
第一の部分は、製薬企業をそのまま、保険会社へ読み替えれば、成立する。保険仲介業は1社のみでは持てない豊富な顧客の保険の実装データを保有している。保険会社は保険商品のメーカーであるので、マーケットからのフィードバックを適切に仲介サイドが行うことは、極度にカスタマイズされ、顧客に理解されない商品の開発を抑制したり、顧客が本来欲している給付内容等を開発してもらうことに繋がるため、業界全体の無駄を省く。保険の場合、無形商品であるゆえに在庫の概念こそないが、売れない商品を開発することは当然、販売や研修を行う人員の人件費や保険会社側の認可申請のコストを高め、そのコストは保険料に転嫁される。こうしたコストは、有形商材であれば目立つが、無形商材でも可視化されていないだけでかなり大きいと思われる。
第二の部分は、弊社としては既に取り組んでいる領域であり、弊社主催のセミナーや勉強会等は満足度高く受け入れていただけている。
私の取り組んでいる福利厚生保険の分野では、人事の方がどのように保険商品を活用しているかなどのベストプラクティスの共有や、ベンチマークデータの提供が当てはまる。弊社では、一部は有償にしているが、保険のみならず、福利厚生や給与全体のベンチマークデータも販売している。
第三の部分は、まさに、政策支援サービスの部分だが、この辺りは今後取り組みたい領域とも言えるだろう。民間保険のデータを踏まえ、特に社会保障においては官民の棲み分けを明確化し、ワイズスペンディングの観点で公的医療や公的支援については、救貧を目的とする最低限のセーフティネット、民間保険では引き受け不可のリスク、さらには、育児支援等の民間企業にはインセンティブこそ低いが、国全体としては取り組むべき事業に集中してもらうことを手助けできると考えている。
一足飛びに国の政策に提言することが難しい場合でも、健康保険組合とのコミュニケーションは草の根的に進めていきたい。自社健保や有力な産業別健保が真に欲しているデータ等をベンチマーク化できると世の中の役に立つことができるだろう。もしかすると、産業別健保のような多くの企業を支える健保にそのような機能を拡充することも良いと思う。
本文を読む限り、医療流通は保険流通以上に課題がありそうであるが、抽象的には同業として私も加藤氏の提言に非常に共感するし、率直に応援したい。
国家戦略の章を読むと、より加藤氏の構想がクリアになる。元厚生労働省にも在籍していた加藤氏による国を動かす上での法律や運営体制の制定方法が記載されており、ここまで構想されていることに舌を巻く。まさに国を治す医師になる、という後藤新平と本書の著者の加藤氏を重ねることは自然だろう。論理が明快で非常にわかりやすい。
企業のヘルスケア施策の部分は私の仕事と最もオーバーラップする部分だが、保険会社と健康保険組合の2つのセクターが「「加入者が健康であるほど、組織の財務が健全化する」という、0次予防の思想と完全に一致した経済構造」を持っていることは、まさにその通りであろう。
一方、個人的には、保険会社が長期の顧客関係を通じて、保険金請求データから得られたヘルスケア関連の分析ができるという点は、職域であるとやや限定的であると考える。
個人保険では、さもありなんというところはあるが、どちらかと言えば、加藤氏も触れているが、健康保険組合のデータの方が利活用されるべき情報ではないかと思う。
雇用主が従業員を被保険者として加入させる団体保険の場合、通常、健保の傷病手当金や医療保険の上乗せ給付なので、保険会社が得られるデータは重症化したケースのみである。損保会社でも、健康診断の二次受診費用を給付するプログラムを入れることで、就業不能保険の保険料を割り引きする仕組み等があるが、実は人事部内の健康診断のフォローアップの仕組みと、保険購買や人事制度の導入を行う部署そのものが連携されていないなど、このような仕組みが効果を得るには、顧客側の受け入れ態勢も十分に啓発していく必要がある。
その為、本質的に顧客の医療機関の利用状況や健康診断結果の相関分析等は、まさに健康保険組合の領域だろう。この辺りは、健保の理事会等の方をお伺いしたいが、個人/職域の健康に向けた行動変容が、しっかりと雇用主負担や従業員負担の健康保険料の軽減に一定の良いフィードバックを与えられる構造になっているのかという部分は非常に重要だと思う。
診療報酬点数も同様かと思うが、企業や個人のインセンティブに直結するような構造にならなければ、なかなか企業人事や経営の判断を引き出すことは難しいと考える。
私も仕事で関わることの多い米国の医療保険市場では、医療保険はまさに自社が負担すべきコストに直結する上に、従業員500人以上の企業であれば、保険会社からは医療機関のネットワークだけを購入し、リスクは自家保有することで、コストの直結度は増す上に、どのようにしたらコストが減らせるかという自社データの分析にも余念がない。
極端な例かもしれないが、企業サービスとしてこうした動きを加速させようとする際に、どうしても目の前の担当者や部長レベルの方の関心がコストインパクトとなってしまうと、大局としては良い施策も、キャズムを超えて伝播していくには時間がかかるという点が実感だ。
鍵を握るのは、健康保険組合で間違いはないと思うが、インセンティブ設計が具体的には必要なのではないかという点が、団体保険の流通にかかわる人間としての直感でもある。
他のプレイヤーとして、ヘルスケアベンチャーやベンチャー投資についても言及されているが、何も持たないゆえに、エッジの効いたプロダクトやマーケットを一定破壊するようなサービスが打ち出せるという点は非常に納得感がある。ベンチャー投資が受けられなければ、既存のプレイヤーのCVC等に取り込まれて、牙を抜かれてしまうと言う可能性はあるが、是非応援したいし、既存産業以外からの投資が活性化してほしい。
以下は引用であるが、
「健康保険組合、協会けんぽ、共済組合、国民健康保険、後期高齢者医療広域連合などの保険者は、本来、加入者の健康を守る責任を負う存在です。しかし現実には、多くの保険者は、レセプト審査と保険料徴収の業務に追われ、 戦略的な健康プロデューサーとしての機能を十分に発揮できていません。 0次予防の時代には、保険者が「支払い機関」から「健康設計機関」へと進化する必要があります。加入者のデータを分析し、リスクの高い集団への先行介入を設計し、医療機関や事業主と協働して健康アウトカムを改善する。そのような能動的な保険者機能の確立が、制度全体の転換の鍵を握っています。」
「従来、医療産業とは医療機関、製薬企業、医療機器メーカーの3つを指していました。診療報酬制度の内側で活動する、明確な境界を持った産業領域でした。 しかし、0次予防の時代には、この境界が急速に溶けつつあります。保険業、通信・IT業、小売・流通業、不動産業、食品業など、あらゆる産業が、健康という軸で再編成されていきます。医療産業の定義は、「病気を治すための産業」から、「健康を支えるあらゆる活動」へと拡張されていくのです。」
国家構想の中で、データ基盤と共に、社会的合意についても必要項目として挙げている点は納得できる。個人的に好きな小説に伊藤計劃氏の『ハーモニー』があるが、この小説は国家による国民の身体への介入が常態化し、個人の身体すらも公共財とみなされたディストピアを描くものである。このようなディストピアも参照しつつ、国民が正確に医療資源という制約を把握しつつも、自由意思を行使し続けられるような議論は必要不可欠であると思う。
本書で掲げられている合意/討議事項は①医療資源の適切な配分に繋がる終末期の医療選択の社会的普及 ➁緩和ケアの充実と治療を目指さない医療の正統な位置づけ ③超高額医療の保険適用基準の透明化 ④年齢による差別ではなく、医学的予後と本人の意思に基づく治療判断が掲げられている。加藤氏の提言は、非常に的を得ているし、個人的にはこのような議論に対して、国民が主体的に関与せずに逃げてしまうと、高額療養費の議論にように熟議を経ずに、国の決定が進められてしまう可能性もあるのではないかと思う。
また、国家戦略として掲げられたものとして、課題先進国として、ヘルスケアイノベーションを実現し、輸出できる国にするという発想は非常に魅力的である。課題先進国という言葉は良い言葉で、世界が迎える課題に先んじて直面し、ソリューションを出すことができるというある意味、非常に機会に恵まれた国であるということである。我々が先んじて解を出すことは、世界に対して充実した制度資本を輸出し、国家としてのプレゼンスを上げることに繋がる。