美馬達哉の作品一覧
「美馬達哉」の「高校生と考える日本の問題点 桐光学園大学訪問授業」「自由に生きるための知性とはなにか」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「美馬達哉」の「高校生と考える日本の問題点 桐光学園大学訪問授業」「自由に生きるための知性とはなにか」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
■ため込み症とは違うものの似たところのある精神疾患ではないかと考えられているものに、「ディオゲネス症候群」がある。これは1970年代にアメリカで報告されたもので、高齢者が自ら孤独を望み、自分の身体の衛生にも無頓着になって、不潔な生活を送るという状態のこと。奇妙な収集癖を持ったり、支援されることを拒否したりすると書かれているので、現代のため込み症とよくにている。
■ため込み症はなぜ生じる
今のところゴミ屋敷やため込み症になる原因は分かっていないが、精神医学の中では、いくつかの仮説が提唱されている。
「巣作り」説によると、そうした人々は他人にとってはガラクタでも自分にとっては意味のあるものに囲まれていると落ち着くからため込みを行うとされている。動物で言えば自分の安全を守る「巣作り」と同じということ。
「ハイパー視覚」説によると、そうした人々はモノの細部に注意が行く過敏な視覚能力があり、一つ一つに愛着やこだわりが湧いて捨てられなくなるとされている。こうしたハイパー視覚は発達障害の一つ自閉スペクトラム症の人々の一部にもある。
「強迫性パーソナリティ」説では、ため込み症になる人々は頑固でケチで品物を捨てようとしない完璧主義者という人格が極端になった結果に過ぎないと説明する。しかし、ため込み症と強迫性パーソナリティには大きな違いもある。一つは、強迫性パーソナリティの人は乱雑にモノを溜め込んで片付けられないわけではないところ。むしろ整理整頓好きなことも多い。もう一つは、強迫性の人々の場合はそうしないと苦痛なのでモノ集めをしていて、ため込み症の人々のように、モノ集めそれ自体に熱中しているわけではない。
「注意欠陥・多動性障害(ADHD)説」では、落ち着きの無さ(多動)よりも注意散漫になる傾向の強い人々は、持ち物を散らかし、無くし、忘れて、片付けることができず約束に遅れる傾向がある。この片付けられない症状が重度になったらため込み症になっていくというもの。
「買い物依存症」説では、ため込み症は買い物のし過ぎで必要ないものを入手して家をモノで溢れさせることの結果だと考える。しかし、買い物依存の人々は買うことに執着しているだけで、手に入れたモノを他人にあげて手放しても苦痛ではないとされており、やはり、これもため込み症とは少し違う。
「セルフネグレクト(自己放任)説」では、自分自身に極度に無関心になる状態が進行していくと、ため込み症につながると考える。セルフネグレクトは統合失調症やうつ病から起きることもある。
■HSP(繊細さん)はなぜ流行る
「繊細さん」とは、色々な出来事に敏感で、周囲の人々に対して気を使い、ちょっとしたことにも動揺しやすい「繊細」な人。「HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)」と名付けられ話題になっている。心理学での専門的用語では、「感覚処理感受性(SPS:Sensory Procesing Sensitivity)」と呼ばれる。脳が外部からの刺激に対してとても敏感で、身体的刺激だけではなく、対人関係や感情的なことについても、その意味を深く考えた上で、その情報処理をする特性と定義されている。
外部からの情報に敏感である結果、些細なことでも気が付き過ぎて、色々頭の中でその背景や可能性までチェックするために行動がフリーズしたり、感情的に酷く動揺したり、対応する前に深く考え込んでしまうというもの。
心理学では、外から来た刺激を深く処理することが原因となって、刺激を受けやすく、感情的な反応が強く、人に共感しやすく、ちょっとしたことに敏感であるという性質があるからだと説明する。
■性格類型の心理学では、人間の性格を表現する五つの主要因子は「開放性」「誠実性」「外向性」「協調性」「神経症傾向」とする。
■繊細さやHSPの特性は、人を臆病にさせて社会生活から引きこもらせる場合もあれば、何気ない気遣いから信頼や繋がりを生み出す場合もある。
■身体完全性違和(身体障害者になることを望む病気)
珍しい病気や奇妙な症状は人間の個性と同じように多種多様に存在する。中には「正常」や「健康」という当たり前に信じている価値観を揺さぶるものもある。
その代表が自分の手や足が余分で不快な異物と感じられて、それを切り落とすことを心から望む、「身体完全性違和(BID:Body Integrity Dysphoria)」という病気。BIDは自身の身体が「完全ではない」と認識され、それを強い苦痛として経験すること、さらに身体障害者になることへの持続的で強烈な欲求として定義されている。
■躁状態の診断基準
①自尊心の肥大や誇大
②睡眠しなくても大丈夫という感じ
③しゃべり続けて止まらない
④次から次や色々な考えが湧いてでてくる
⑤注意散漫で直ぐに気がそれる
⑥社会的活動、仕事、学業、セックスに過剰に熱中したり、焦燥感を感じたりする
⑦トラブルになりやすい買い漁り、投資、セックスなどに後先考えずに熱中する
Posted by ブクログ
自由に生きるための知性
これはいってしまえば=教養なのかなと思った
第一部が特に心に残った
教養を学ぶ意義
教養と社会の関係について整理できた
いま、教養が大事だと改めていわれている理由
→教養から専門知に傾いて
専門家と一般人のコミュニケーション
が上手くいかず、さらには
非対称な垂直な関係になり
専門家と一般人の間の信頼が崩れた
→終身雇用制度が崩壊しており
学び続ける力が必要になってきている
=エンプロイアビリティ
一方で、教養・リベラルアーツとは、
それがある人とない人を隔てる垣根であり
いま社会から求められている教養との間に
ジレンマがある
いま求められている教養とは
他者に対して「開かれ」ていること
新しい自己に出会うこと
その後の章では、差別、好きって何、読書のすすめ、など専門家からの細かな話になるが
「いまの自分の枠からはみたでたものを学ぶ、触れることで、新たな自分を発見する」こと
の重要性が通底しているなと思った
感想
上田先生が言ってたいわゆる量産型の奴隷のような学生だったな自分…
そして色々みているつもりだったけど、自分の好きの中でしか出会えてないかも…
めちゃくちゃ井の中の蛙だな自分…
てか文中の引用がハードすぎて付いていけない…
と落ち込みそうになりました
しかし相手は大学教授たちなので仕方ない
というか、
教養の持つ分断の意味合いにジレンマ感じつつ
インテリたちの共通言語を使いすぎてやしないかい?とツッコミを入れながら読みました
単細胞の私には少々難しい本でしたが
1ヶ月くらいかけてゆっくり理解しました
おすすめの本がたくさん出てきて
読書リストがどんどん伸びる
時間を空けてもう一度読みたい作品
Posted by ブクログ
最近受験生の我が息子は、少し遠くの塾に
日曜日の夜間に通っています。(そんなに必死に
受験勉強しているわけではないのですが)
そこで、夫婦も揃って息子を送り届けて
塾が終わるまで二人でスタバに行って2時間
くらい待っています。私はじっくり本を読める時間
なので割と気に入っています。そこで読み終わった
今回のこの本。
川崎の桐光学園高校に様々な
論客(日本のトップクラス)が特別の授業をする
らしいのですがその授業の内容が本になっている内容。
こんな高校生はとても幸せだと思いますが
多分自分が高校生だったときはあまり興味を
覚えなかっただろうなあと思います。
でも、それでもそういうことを言っていた人が
いたなあとかすかに覚えていたり、そのうちの誰かの
話す内容に衝撃を受けたりすることが少ない確立でも
あったら、それって素晴らしいことなのではないかと
思います。
内容的には、とても知的な好奇心や問題提起がなされて
いてとても面白い内容です。おっさんがよんでも
とても勉強になり、感動し、納得し、面白いと
思える本です。
ぜひともいろいろな人に読んでほしいと思います。
やっぱりとりわけ若い人に読んでほしいと思います。
高校生でなくても、大学生や社会人でも。