作品一覧

  • 増補改訂 境界の美術史 ――「美術」形成史ノート

    増補改訂 境界の美術史 ――「美術」形成史ノート

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,815円 (税込)
    現在の美術を作り出した「境界」が引かれ、社会に浸透していく過程を、制度史的視点から捉えた画期的論集。近代において「美術」概念や日本画をはじめとする諸ジャンルは、いかにして形づくられ、純化へと向かっていったか。衝突や動揺を引き起こしつつも、五感の秩序における視覚の優位、工業社会の到来、固有の造型芸術への意志、これら三つが推進力となって「美術」は成立した。だが、その境界は画定し切ったわけではない。裂け目を孕みながら、未完の運動体として今もわれわれの目の前にある。『眼の神殿』と対をなす本書は、新たな作品創造と歴史記述の可能性へと読者を導く。
  • 眼の神殿 ――「美術」受容史ノート

    眼の神殿 ――「美術」受容史ノート

    ビジネス・実用

    4.7
    1巻1,606円 (税込)
    明治洋画の開拓者・高橋由一が構想し、遂に未完に終わった「螺旋展画閣」(1881年)。時代の力動を体現するこの構想は、あるひとつの言葉、「美術」の生成と軌を一にしていた。由一の事業着想の背景、博覧会・美術館・美術学校など諸制度の誕生、フェノロサと国粋主義運動……。入念な史料分析によって、官製訳語がいかにして成立し、定着=規範化していったか、その過程が明るみに出される。鮮烈なまでに露わとなるのは、「美術」という言葉が紛れもなく時代の分水嶺を象っていたことだ。制度論の視角から結晶化していく概念史。それは、以降の美術史研究を一変させた。第12回サントリー学芸賞受賞。

ユーザーレビュー

  • 眼の神殿 ――「美術」受容史ノート

    Posted by ブクログ

    日本美術史のうち明治時代における西洋美術の受容に焦点をあてた本,タイトルや前評判から感じさせる難解さ(?)はそこまでなく,美術をやる上では知っておきたい内容。

    0
    2024年11月09日
  • 眼の神殿 ――「美術」受容史ノート

    Posted by ブクログ

    螺旋展画閣

    P.194
    …西洋近代が、中世における聴覚優位の知覚序列を視覚優位のそれに顚倒[テントウ]することによって開かれたということを想起させる。視覚の優位性というのは、ごく自然なことのように思わないでもないけれど、中村雄二郎もいうように、西洋中世においては聴覚が視覚以上に重視されていたのであり、このヒエラルキーが顚倒したときに近代がはじまったのであった。しかも、近代においては「視覚が優位に立っただけでなく独走した」のである(『共通感覚論』)。

    P.196
    ガラス・ケースとは、視覚に必要なへだたりが物質化された存在にほかならないのである。それは、見る者と事物のあいだに不可侵の距離を設け、事物を視覚の対象として固定することで事物との接触を断ち、その結果として、見ることにのみ集中する構えを来館者にとらせるのだ。

    P.210
    「美術」は、文学と、いわゆる美術と、音楽とを含んでいたのだ。いやそれどころか戦後においても、そのような用例がないわけではない。家永三郎の『日本文化史』には「空間的美術」という語が見出されるのである。

    高橋由一

    P.245
    伝統的な西洋画法では原則的に明るい部分を描くのに用いる厚塗りを[高橋]由一は質感描写に用いていると指摘して

    P.247
    この絵のしんとした雰囲気は、何かガラス越しに世界をのぞき込んでいるような感覚へといざなうが、思うに「風景」とは、つねに前方にあって、見る者を疎外する景観、いうなれば博物館のガラス・ケースのなかの物品たちのような在り方を示すものであり、それを見入る眼は、世界の外に在って、しかも、みはるかす世界を呑み込もうとする。[柄谷行人の引用を受けて]…おそらく、つねに風景というものは、みはるかす世界を内に収めてじっと見入っている孤独で内面的な眼をともなってーーかかる眼においてーー出現するのだ。

    形而上絵画

    造化主 造化の神

    P.271
    …未客未分的な自然の支配することの国において、「つくる」ことは、人間主体を超えた「なる」ことに結びつけられがちであったということも否定しようがない。

    坂部恵『「ふれる」ことの哲学』

    0
    2024年07月01日
  • 増補改訂 境界の美術史 ――「美術」形成史ノート

    Posted by ブクログ

     「美術」と言えば、美術館の展覧会や画廊に飾られている作品を大体イメージするのではないかと思うが、少なくとも日本に関しては、「美術」という概念は明治時代になって西洋から受容されたものであると著者は言う。その「美術」という概念が意味するところを知るために、「美術」という”言葉”の成り立ちを追求していく。当初今日の「芸術」の意味を担う言葉としてその歴史を開始した「美術」という語が、現在の視覚芸術の意味へと絞り込まれてゆくその形成過程を、多くの資料を元に読み解いていく。その中でも特に、工部美術学校や東京美術学校の開設、内国勧業博覧会の開催、そして「文展」の創設などが、制度=施設史として注目されることとなる(この辺りは、序章及びⅠ「国家と美術」の各論文)。

     Ⅱ 「性と国家」では、西洋美術との出会いを通して新たな表現として登場してきた裸体表現を巡る問題などが論じられる。

     Ⅲ 「美術の境界ージャンルの形成」では、「日本画」、「工芸」、「彫刻」といった概念やジャンルの成立を辿ることで、その中身や各ジャンル間に階層秩序が成立していった要因などが論じられる。

     今では自明なものとして意識に上ることもないことが(指摘されれば当たり前のことだが)、実は歴史的に形成されてきたものであること、そこから改めて「美術」というものを考えていく必要があることを、美術の鑑賞者に過ぎない自分ではあっても考えさせられた。

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    2023年10月03日
  • 眼の神殿 ――「美術」受容史ノート

    Posted by ブクログ

     美術史研究を一変させた衝撃の書、との腰巻の文言に惹かれて手に取った。

     まずは、明治洋画の開拓者であった高橋由一が構想した「螺旋展画閣」の紹介から始まる。美術館なのか博物館か、何を目的としていたのか。構想図や由一の文章を基に丹念に追っていく。

     第2章は、「美術」という語の起源を、これまた詳細に辿っていく。どういう概念の訳語であったのか、美術か芸術か。これだけだと一見、訳語の変遷を検討しているだけのようであるが、第3章では、この訳語の定着と共に美術が制度化していく過程、フェノロサの活動の紹介、国粋主義の反攻に伴う日本画/洋画の関係の変化、教育機関や美術館の設立、国家の価値観による賞揚といった面が明らかにされていく。

     やや文章はポストモダンの時代性を感じさせるが、「起源」を探求することで現代を照射しようとする問題意識が鮮明に浮かび上がってくる。
     文庫版には、著者自身のあとがき、定本に付された、本書の内容及び美術研究史に占める意義や著者自身を含めた新たな研究動向などの詳細な解説、さらに文庫版の解説が付いており、美術史に詳しくない人間にも大変参考になり、誠にありがたい。
     

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    2020年12月30日

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