<翻訳文学試食会>で取り上げられたので。
母と娘の物語だったら、子供を理解せず押さえつける母!毒親!頭の硬い親世代!虐待!みたいな短篇が多いかな、さすがにそんなのが続いたらきついよなあと思ったんだけど、そんな偏りもなかったです。
【『自然にもとる母親』シャーロット・パーキンズ・ギルマン】
町で女性たちが集まり、最近子供を残して死んだエスターという女性を悪様に言い合っている。
女性たちは、エスターの母が早く死んで父に育てられたことから気に入らない。女の子らしくなく、髪を短くして、娘らしく過ごすより外を駆け回り、近所の子供たちの面倒をみることが好きだったエスター。
…いい子じゃん。
だが女性たちの悪口は続く。医師の父が再婚しなかったのは許せないし、その上エスターに「結婚とはなにか、子供を作るとはどういうことか」を教えただなんてとんでもない!女らしいとは、家の中にいて、男性とのことは結婚して初めて知るべきで、家族の面倒を見て一生を送るのが正しい姿!ましてや、自分の子供よりも、村中の人の命を優先させたなんて許されることではない!母親とは、どんな場合でも他の人を見殺しにしてでも、自分の子供を優先しなければいけないのに!まったく自然にもとる母親だ!
…つまりですね、エスターは嵐の夜、川が決壊しそうになっているのに気がついたんです。その時点では自分の家は安全だったので、家に残している自分の子供の元に行かずに、村に走って危険を知らせた。そのおかげで三つの村の100人以上の人たちの命が助かった。だが自分の家に戻る途中でエスターとその夫は死に、乳児の娘だけが遺された。その娘は村の女性に暖かく引き取られ育てられている。
しかしここにいる女性たちは、エスターの行為は母親として許されないのだと非難している。「母親であるなら、自分の子供だけを助けるべきなのに、他の人を助けて、そのために自分が死に、厄介者の子供を私達に押し付けるだなんてほんっとうに人間として最初から最後まで最低最悪のどうしようもない女だ!」
…エスターのお嬢さん、その町にいる限り実の母の悪口をずーーーっと言われ続けるよ、養母は良い人だがその町から離れたほうが良いんじゃないの…。
【『幻の三人目』エレン・グラスゴー】
看護師マーガレットはドクター・マラディックの妻の住み込み看護師になった。ドクター・マラディックは腕前も見かけも高名で看護師たちの憧れの元。夢見る気持ちで屋敷に行ったマーガレットは、夫人と前の夫との間の娘ドロシーアを見かける。だがミセス・マラディックは「ドロシーアは夫に殺された。夫が私と結婚したのは前の夫の財産目当て。私ももうすぐ死ぬ。」と言う。あんなにはっきり見えるドロシーアを死んだと言うの?これが夫人の病気?しかし召使いたちはドロシーアは死んだと言う。
幽霊が見えるのが、母である夫人と、その日雇われた看護師というのがなかなかないですね。最初は憧れのドクターの近くにいられる☆とウキウキだけど、このマーガレットかなりしっかりもの。夫人とドロシーアを見た後ドクターを見たら、彼の高慢さ、上っ面さに気がつく。そして「妻のたわごとは精神病理」としたがるドクターにはっきりと反対を述べる。
ドクターも自分の魅力に流されない彼女がむしろ仕事としては使えるやつと判断されたのか、彼女はその後もドクターの元で働く。そして母と娘の絆、復讐を目撃するのだった。
【『十七の音節(シラブル)』ヒサエ・ヤマモト】
1930年代かな。ロージーは日本人のアメリカ移民二世。英語を話、日本語は習った程度。日本から渡ってトマト農園を経営している両親の母国語は未だに日本語で、細かい心の動きを言葉で語り合うことが難しい。
母は最近俳句に夢中になっている。雑誌社(朝日新聞系)に俳句を送り、自分の姉夫婦と俳句の話で盛り上がり、雑誌の彰もとった。母にとって俳句は遠い国を思い、隠してきた心を表現する開放でもあったのだろう。
だが父は母がなにかに夢中になる姿に怒りを見せる。あからさまに不機嫌になり、ロージーには「お前の母さんはあたまがおかしい」と言い放つ。そして表彰の賞品を見せつけるように燃やす。
母は三ヶ月で俳句を辞めた。
母は賞品が燃える煙を見ながら、ロージーに日本で何があったのか、自分がなぜ米国に渡ったのか、なぜ父と結婚したのかを語る。
母はロージーにせがむように言う。「ロージー、絶対に結婚しないって約束して!」
日本で生まれを立った日本語母語の移民一世と、アメリカで生まれ育った娘は、母の心が現れる俳句を共有できない。しかし母は同じく日本語を話す父ともまったく心を通わせられない。
日本での女の立場の低さからアメリカに渡らざるを得なかったけれど、アメリカでも夫と心を許しあえず、娘はそんな父や夫に従う人生など味わってはいけないと願うだけ。
しかしこの人たち、このあと日系人収容所に…(-_-;)
【『善良な田舎の人たち』フラナリー・オコナー】
農場経営のミセス・ホープウェルは古い時代の価値観で生きている。白人の淑女、女性は結婚・出産して女主人になる、田舎の人は昔ながらの善良でいること。
だが娘で32歳のジョイは、片足は義足で心臓の病を持つためこの農場でただ日々を送るしかない。大学で哲学を学んだ彼女はままならない人生に、常に怒りを持ち、皮肉ばかり、ついに自分の名前を酷い響きの「ハルガ」に変えた。
ある日ホープウェル家に聖書を売る青年がやってきた。いかにもホープウェル夫人の好みそうな純朴で少し鈍そうな善良な田舎の人。
だが青年はハルガを翌日のピクニックに誘う。ハルガは承知した。この田舎青年を誘惑し、その後軽率さの反省を促して彼に救いと教えを与えようと考えたのだ。
しかし翌日、ハルガはむき出しの田舎の本性に晒されるのだ。
残酷な結末。残酷な人生。
ハルガは自分が送るはずだった人生が怪我と病気のせいで送れない。さらに全く価値観が合わない母の世話にならなければならない。そのために社会を斜に見て、自分はこの世界を一歩上から見ているんだと思い込んでいる。
しかし人生を積んでいる人達の前ではそんなものは砕け散る。
価値観を砕かれたハルガと、相変わらず表面しか見ないミセスホープウェルはこの後どうやって生きていくのだろう。
【『私はここに立ってアイロンを掛け』ティリー・オルセン】
娘の学校から「お嬢さんは助けを必要としています。一度こちらにおいでいただいてお話できませんか」といわれた母親。立ってアイロンを掛けて長女エミリとの人生に思いを馳せる。
まだ若い頃に母親になり、父親は家を出ていった。だから自分は働きながら子育てをしなければいけない。生まれたときに美しく輝いていたエミリからは輝きが消えた。施設に預けたこともある。保育所でうまく行っていないようだ、その後の学校でも。母親は再婚して、4人の子供を生んだ。新しい父とエミリの関係は良好だし、誰もエミリほど輝いた赤ちゃんではない。だが妹や弟が生まれるたびにエミリは我慢を強いられたのだろう。我儘を言わないエミリはだが母を欲していた。やがて先生やクラスメイトのモノマネで人気ものになった。心に問題を抱えているとしても、エミリは自分の力を知ることができるだろう。
うーん、今なら育児放棄とか愛情不足とか言われそうだが、実に身につまされる。
この母と娘は長い年月を経て穏やかな関係になるのかも知れない。
【『暮れがた』エリザベス・スペンサー】
田舎町リッチトンには男の幽霊が出る。旧家の娘フランシスは、戦争を挟んで妻子ある男との恋と別れを経験し、母の住む屋敷に戻ってきた。
トムは、この町の貧しい家庭出身で戦争から帰り週末に親戚を訪ねてきている。
二人は親しさを増してゆく。
だが旧時代をそのまま生きるフランシスの母は、きっとトムを屋敷に招き入れたくないだろう。…と思っていたのだが違ったのだ。母のほうが先走り娘の婿として迎えたがっている。
そんな頑丈は母は急死した。
フランシスは、幽霊との出会いで自分の心のそこの差別意識、母の決意を知り、トムと新たな歩みを踏み出す。
旧時代の母も、開発から逃れている屋敷も、新しい価値観を生きるフランシスとトムも、みんなが自分の誇りを保って終わったのが良い。
【『シャイロー』ボビー・アン・メイスン】
長距離運転手だったリロイは事故により仕事を辞めた。17年ぶりに妻ノーマ・ジーン(マリリン・モンローの本名ですね)と過ごすことで彼女への変わらぬ愛の自覚を深め、自分たちの持ち家を自分で建てると張り切る。
しかしノーマは…。夫が家にいることで、17年前に生まれてすぐに死んだ長男のことを思い出してしまう。
うわあ、夫が定年退職して熟年離婚のようだーーー。
そしてノーマを頻繁に訪ねてくる母親もいる。母は、自分が新婚旅行で行ったシャイローに行くようにと勧める。
シャイローに旅立った二人。ノーマは心の内をリロイに告げる。
【『ママ』ドロシー・アリスン】
ママはあたしの世界の中心、一番好きな人。一人で私を育て、生活のために結婚した継父は暴力を奮う。ママはずっと立って働いて、私はママと触れ合えるならそれで良かった。ママから教わったのは「弱みを見せてはだめ。何が起きているのか誰にも言ってはだめ。私達は安全ではない。あんたが怖がっていることを知られてはいけないよ」
作者はこの娘であり、ママでもあるのかなあ。
語り手はママを愛しているけれど、継父の暴力から自分を守ってくれなかったことは引っかかっている。弱みを見せるなと言われ続けたので、彼女が人に対する言葉遣いも相当粗く汚く喧嘩を売っているかのように感じさせる。ママへの複雑な愛、ママが自分の性格を作ったこと。
そしてこんな生まれ育ちが現れているのか彼女はレズビアンになっている。
【『ダーシー夫人と青い眼の見知らぬ男』リー・スミス】
ダーシー夫人は夫と死別した。三人の娘は母親のことを話している。ダーシー夫人は黒髪黒い目、亡夫と三人の娘たちは金髪に青い眼。良妻賢母だったダーシー夫人は、家事は疎かになるし、体も衰えている。
みんなで海に行った時、ダーシー夫人は虹の下で圧倒的な存在を感じる。そして金髪で青い目の男の人(亡夫や娘たちと同じ色)が自分の名前を呼ぶのを聞いた。
それを聴いて長女はやっぱり母親を老人ホームに入れたほうが良いと思いを強めるんだけど、三女は自身も精神不安定のため「ママの好きにさせて良いんじゃないの」と思っている。
ダーシー夫人は老後を楽しむことにしたようだ。