~導入
バリューゾーンはもはやテクノロジーそのものの中にはなく、もちろん特定のハードウェアやソフトウェアにあるわけでもない。顧客は多くのテクノロジーと多種多様なサプライヤーの中から好きなように選ぶことができる。おおそらくそのうちのどれを取っても、自分の目的に到達することは可能だ。
根に、バリューゾーンとは、どのようにテクノロジーを結集して、導入するかである。何を提供するかではなく、どのように提供するのかが問われているのだ。
…私はこの問題についてじっくり考えてみた。どうすればバリューゾーンを強化できるのだろう?どうすれば、「何を提供するか」から「どのように価値を提供するか」へと焦点を移すことができるのだろう?ふとある突飛なイメージが脳裏に浮かんだ。逆さまのピラミッドだ。単に逆さまにするだけではく、マネジメント層がバリューゾーンとそこで働く従業員に対してアカウンタビリティ(権力の源泉は情報の独占なので)を持つとしたら?
…もしそれが実現すれば、会社はとてつもなく強力な何かを手に入れることになるのではないか?いかに価値を顧客に提供するか、その方法を変革し、顧客と従業員との間の地帯を特別な何かに変える事ができるのではないだろうか?
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実際の施策が、
・会社と部門の財務情報の開示
・U&Iサイト(経営陣への公開質問)
・SSD(スマートサービスデスク、現場の質問・課題にバックオフィスがダイレクトに答える。当初対応件数の多さをベンチマークにしていたが、その後SSDを使わなくても良いルール整備に転換)
・評価でなく、フィードバックに使う360度評価とそれを関係部署内だけから社内に広げたハッピーフィート
全体が意思決定をする軟体動物のような組織。きっとそれはIBMの<踊る巨象>の先にあるもの。「真実の瞬間」を生む組織の真実。素晴らしい。
・ニューヨークからフランクフルトへ向かう飛行機の中で、引退した元カーレーサーと隣り合わせた。お互いワイングラスを傾けていると、不意に彼がかつて遭遇した出来事について話しはじめた。あるレースの最中、突然、彼の車のブレーキが利かなくなったという。彼は言った。「そのとき、私にはどんな選択肢があったと思いますか?」
いくつか可能性を考えてみた。が、全くと言っていいほど何も思いつかなかった。
「たいていのドライバーは二つのうちどちらかを選ぶでしょうね」と彼は言った。「一つは、何とかブレーキを利かせようとしてみる。もう一つは、スピードを落とす。一つ目を選べば、ドライバーは気が散ってしまい、衝突事故を起こす危険性があります。二つ目を選べば、今度はドライバー自身がほかのドライバーの事故原因になる。やはり衝突事故を起こす危険性があるでしょうね。」
「じゃあ、どうすればいいんです?」と私は訊いた。
「スピードを上げるんですよ」と彼は言った。「加速して、他の車を追い抜くんです。必要なことがあれば、その後ですればいい。」
・本書は私たちが「何を」戦略としたかについても述べてはいるものの、それは変革の一翼を担っていたからにすぎず、むしろ「どのように」について、より多くを語っている。それこそが、私たちの物語の最も魅力ある点であり、価値のある点だからだ。私たちはこの「どのように」の取り組みを「従業員第一、顧客第二(Employees First,Customers Second)、略してEFCSと呼んでいる。もちろん、従来の常識に従えば、企業は常に顧客を第一としなければならない。しかし、どんなサービス産業でも、真の価値は、顧客と従業員との接触を通して創造される。したがって、従業員を第一とすることで、企業が顧客のために独自の価値を創造して、提供する方法に根本的な変化が生まれ、それが競合他社との差別化につながるのである。
・HCLTの社長になるにあたり、私たちが今どこにいるのか、どこに行こうとしているのかについてよく検討し、現状を単純化して把握しようとした。だが、驚いたことに、A点もB点も定義されていないことに気づいた。人によって、会社がいまどこにいるのか(先頭を走っているのか、衝突寸前なのか)意見がまちまちだったし、会社がどこに向かっているのか、あるいは向かっているべきなのかについては、はっきりと答えられる者は誰一人いなかった。
…まず鉛筆の先を紙の上の一点に置くことなしに、子どもは線が書けるだろうか?そうして考えていくと、私たちが取るべき最初のステップが明らかになってきた。まず、私たちのA点を定義し、現実がどれほど変わってしまったかを知らなくてはならない。
・ところが、ベッドに入る前にふと鏡の中の自分を見た。私の目に映ったのは、世界でトップクラスのMBAホルダーでも、思い描いていたような未来の最高幹部でもなかった。そこにいたのは、一人の若い研修生だった。実際のところ、会社の提供する製品やサービスについて詳しく学ぼうとする努力もせず、それが競合他社のものとどう違うのか知ろうともしていない。
・私が12歳ぐらいのときだった。私は腕いっぱいに古着を抱えて、そのスラムに行った。そこには大勢の子どもたちがいて、私たちが渡すものを次々に受け取っていた。でもそこにみんなから離れて、一人でぽつんと座っている少年がいた。どうやら彼は古着には興味がなさそうだった。ただ、私の通学かばんをひたすら見つめていた。
寒い日だった。そこで私が彼に『セーターをあげようか?』と訊ねると、少年は『いらない』と言った。彼の視線は依然、私のかばんに据えられたままだった。
やがて少年は私にこう言った。『かばんの中には何が入っているの?』私は中を開けて、少年に見せた。そこには数冊の本が入っていた。『それで何をするの?』と少年が訊くので、『読むんだよ』と私は答えた。すると少年はこう言ったんだ。『ぼくに本を読んでくれない?』
・その頃、私は世界的大手100社に入るある企業のCIOと興味深い会話をした。私たちはその会社へのサービス範囲を著しく拡大する契約を締結したところだった。商談が成立した後、私はそのCIOにこの案件に入札していた数社のベンダーの中からなぜHCLTを選んだのか訊ねてみた。
そんな形式的な質問に対して、最初、彼は形式的な答えを返してきた。ソリューションがイノベーティブであること、サービスの品質の高さ、対応の速さ、拠点とその立地、価格の優位性などについて挙げ連ねた。ところが、それから彼は言った。「でもね。ヴィニートさん、この種の仕事でこれだけの入札の手間をかけるなんて、本当はあまり意味がないと思っていたんですよ。われわれは提案依頼を出し、みなさんはそれに対し真面目に提案してくださいました。でも実際のところ、提案書ではおたくの会社についてこちらが本当に知りたいと思っていることなど、分からないんですよ」
「どういうことでしょう?私どもの提案書が不適切だったということでしょうか?」と私は訊いた。
「いや、そういうことじゃないんです。事実、われわれは御社を選んだんですから。私が言いたいのは、提案書では本当に重要なことは伝わらないということです」
「例えば?」
「例えば、おたくの社員すべてについてですよ。彼らはどういう人間なのか?何を考えているのか?道徳観はしっかりしているのか?何に情熱を持っているのか?使用するツールやテクノロジーなんて特に興味はないんですよ。ほかのどの会社が使っているものとも対して違いはありませんからね。私が知りたいのは、かれらが私と私のプロジェクトのために、求められている以上のことをしてくれるかということです。契約に無い内容のことでも喜んで知恵を貸してくれるのかどうか、自分の全存在をわれわれの仕事に投入してくれるかどうかですよ。」
・2005年、この旅を始めたとき、私はまるで目が見えず、手探りで前に進んでいるも同然だった。当時から道ははっきり見えていたと言いたいところだが、そうではなかった。だが、この地図に載っていない旅に出て本当によかったと思っている。地図がないからこそ面白かったからだ。
今日、私は目を開けているつもりだが、もしかしたらまだ暗闇の中にいるのかもしれない。今から数年後、2010年の自分を振り返った時に、私は再びこう言うのではないだろうか―あの頃、私は目が見えず、手探りで前に進んでいた、と。