作品一覧

  • 消された信仰 「最後のかくれキリシタン」--長崎・生月島の人々

    消された信仰 「最後のかくれキリシタン」--長崎・生月島の人々

    ビジネス・実用

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    1巻726円 (税込)
    世界遺産から黙殺された島の「祈りの記録」。 250年以上も続いたキリスト教弾圧のなかで信仰を守り続けた「かくれキリシタン」たち。その歴史に光を当てようとしたのが、2018年に日本で22番目の世界遺産となった「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」だ。 ところが、PRのために長崎県が作ったパンフレットからは、「最後のかくれキリシタンが暮らす島」の存在がこっそり消されていた。 その島の名は「生月島(いきつきしま)」。 今も島に残る信仰の姿は、独特だ。音だけを頼りに伝承されてきた「オラショ」という祈り、西洋画と全く違う筆致の「ちょんまげ姿のヨハネ」の聖画……取材を進める中で、著者はこの信仰がカトリックの主流派からタブー視されてきたことを知る。一体、なぜ――。 第24回小学館ノンフィクション大賞受賞作。 文庫版解説・島田裕巳氏(宗教学者) ※この作品は単行本版として配信されていた作品の文庫本版です。
  • 奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか
    値引きあり

    奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか

    小説・文芸

    3.8
    1巻990円 (税込)
    政権と世論に翻弄され、闘った「専門家」たちは何に敗れたのか? 小学館ノンフィクション賞大賞受賞の気鋭ライターの弩級ノンフィクション 尾身茂、押谷仁、西浦茂──感染症専門家たちは、コロナ渦3年間、国家の命運を託された。だが彼らは政権に翻弄され、世論に翻弄され、やがては身を引いた。日本にとって、コロナとは何だったのか? 長期取材を経た筆者が、専門家たちの苦闘の本質を描く。なぜ、彼らは消されたのか? 衝撃のドキュメント。

ユーザーレビュー

  • 奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか

    Posted by ブクログ

    参議院選挙の前に読みたかったのだが、数日遅れてしまった。
    日本の政治は責任を取らないし、責任を伴う決定もしない。政治家は国民の大多数の利益のためではなく自分を支持してくれる人の利益のために動く。
    コロナとの闘いは3人の首相の下で実施されたが、上に書いたことと違った首相はいなかった。その中で、尾身先生を筆頭に専門家チームは「よくやった」のだと思う。自らの主張のみを前に出せば政府との関係が切れてしまう。そうならないように、ぎりぎりの努力をしたことが、著者の取材からうかがえた。
    専門家チームは静かに消されてしまったが、彼らの奮闘がなければ日本のコロナ被害はずっと大きくなったことだろう。論争の残り火はまだ消えておらず、反ワク、反マスク、反科学的な主張が、SNS上に展開されている。
    彼ら専門家チームの活躍は、公的な褒賞を受けなくても、歴史上にしっかり記録されることだろう。

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    2025年07月22日
  • 奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか

    Posted by ブクログ

    今現在でも新型コロナ新規感染は、引き続き発生はしているが、既にニュースのネタになることはない。私たちの頭からも、あの感染力と致死率の高さに怯えたことが、ウソのようにフェードアウトしているのではないか。
    しかし100年に一度と言われるパンデミックへの対応が、日本では極めて不十分で、COVID-19の総括と、国として、また国民として、今後どのような施策と心構えを持つべきなのかは、きちんと総括した上で明らかにしていく必要があると感じたのを覚えている。

    そんななかで、新型コロナ発生時から専門家として携わった人たちにフォーカスを当て、私たちが報道で見聞きする表面づらの話ではなく、彼らがどのようにたち振る舞ったのか、またそうせざるを得なかったのかを、多くの専門家、官僚、政治家の方々からの取材を通して明らかにした本があると知り手に取った。

    多くの学びがあったし、改めてこの国の政治家と官僚の劣化度を思い知った。

    「失敗から学ぶ」。これは云わずもがな、万能ではない私たち人間が改善できる方法だ。
    新型コロナの発生は予見出来ないものだったし、国民の命と生命を守ると言う、国(政治家)としての基本的な理念を、きちんと全う出来なかったことも事実だろう。だからこそ、今後どうするかなのだ。
    喉元過ぎれば で、まだ出来ていないよね。と思っていたのだが、どうやら岸田首相が行ったらしい。

    首相は「コロナ対応を徹底的に検証し、22年6月までに抜本的な体制強化策をまとめる」とぶち上げ、第6波が落ち着いた22年ゴールデンウィーク明けに「検証」をスタートさせた。
    この時点までですでに3万人が死亡している未曾有の厄災で、近い将来に必ず来ると思われる次のパンデミックに向け、コロナにおける意思決定の検証作業は期待されて当然の試みだった。
    しかし「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」が設置されたのは5月11日。6月までに徹底的な検証を行うには到底不可能で、「危機管理庁の創設」という総裁選の公約に手をつけたというアリバイ作りのようだった。
    案の定、有識者会議はそんな代物とは程遠く、わずか5回の会合の後、「新型コロナウイルス感染症へのこれまでの取組を踏まえた次の感染症危機に向けた中長期的な課題について」という21ページの報告書を出して終わった。
    そして医療体制整備からワクチン開発までさまざまな問題点が端的に列挙され、その解決策として首相をトップにした「司令塔機能を強化する」ことが提示されただけで、その後検証の会議は置かれてはいない。

    しかも、感染者が増加する中でのGo Toキャンペーンや、五輪開催、また配ったら瞬時に落ち着くと高を括ったアベノマスク(どれも専門家の意見は聞いていないか、聞いたとしても無視している)の総括がないばかりか、専門家委員会の問題点だけを挙げつらっているらしい。

    国は本来なら身の安全確保といった環境整備を行うべきだし、専門家委員会のように科学的な視点でリスクを回避しようとする人たちへの反発があるなら、むしろそれを宥めるべきだ。
    ところが、実際はどうだったか。
    危機の局面では短期的な内閣支持率に汲々とするばかりに専門家をリスクや痛みを語る前面に押し立て、その一方、政治家が前面に復帰するフェーズになれば、官邸肝いりの検証報告書に専門家の問題だけを書き、政治家自らの検証には頼被りする。これが日本の政治であった。
    国民を守るための仕事で、国民の代表から、あるいは国民から蹴り出される。そうわかっていながら黙って職責を果たそうとした者たちもいた。そのことだけは記憶されてよい。

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    2024年05月23日
  • 奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか

    Posted by ブクログ

    この本を読むと、日本の政治家や官僚がいかに学者や科学的知見に敬意を持たず、尊重していないかがよく分かる
    反面、コロナ禍に際し、尾身先生をはじめとした専門家の方々の努力のおかげで(他国と比べると)奇跡的に人口当たりの累積死亡者数が低く抑えられたことも理解でき、改めて感謝の気持ちを覚える 国として謝意を示すべきでしょう、本当に
    コロナの記憶が生々しい今読んでおくべきオススメのドキュメンタリーです

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    2024年04月04日
  • 奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか

    Posted by ブクログ

    未曾有のコロナ禍の政策決定の裏側で繰り広げられた政治家、官僚、専門家の丁々発止の駆け引き。科学的なデータ分析・評価に基づき正しく政策決定すればいいだけなのになぜ駆け引きが…責任逃れと自分の都合のいいように科学者を使うどうしようもない政治家たちに忖度官僚。ホントに未来はないかも…それにしても「同じ目的であってもアプローチ、考え方これほど多様…。

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    2024年10月03日
  • 奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか

    Posted by ブクログ

    コロナ禍の3年半、新型コロナウイルス感染症対策分科会などの専門家会議を通して政府に新型コロナ対策を助言し、時には前面に出て毀誉褒貶に晒され、そして表舞台から姿を消した、尾身茂、押谷仁、西浦博の各氏をはじめとした感染症専門家たちに焦点を当て、2020年2月から2022年8月(一部それ以降)までの専門家(科学)と政治とのせめぎ合いを克明に描いたノンフィクション。
    専門家の側から見た日本の新型コロナ対応の過程がよくまとめられており、専門家たちと政治家・行政との間にどのような攻防があったのかがよくわかった。
    本書は明らかに専門家たちにシンパシーを持った筆致であり、また、オミクロン株が中心となって以降の感染症専門家たちのリスク重視の考えやそれに基づく対応にはいかがなものだったのかと思うところもあるが、総じて専門家たちは政治との関係に苦心しながら、その時々のベストを尽くそうと奮闘してもらっていたのだという認識を持った。
    一方、専門家たちの意見を受けた上での政治の側のリーダーシップと意思決定に係る説明の欠如に大きな問題があったと感じた。やはり科学的知見を踏まえた専門家の意見に耳を傾け、尊重しつつ、政治の側がリーダーシップをとって政策的意思決定を行い、その説明責任をしっかりと果たしていくべきであったろう。
    今後、感染症対応だけでなく、様々な分野で専門家(科学)と政治との役割分担・協働は重要性を増していくと考えられるので、コロナ禍での専門家(科学)と政治の在り方をきちんと検証し、次に生かしていくことが必要だと思う。

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    2024年03月29日

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