私たちの行動の多くは、自身の経験や知識が練り込まれたアスファルトの舗装された道路、もしくは安全という名の枕木が敷かれた線路の上を走っていくかの如く、皆同じ様な手段と時間で目的地に向かっている様なものだ。誰も道の無い茂みに入ったり、降車予定の無い途中駅で降りたりはしない。だが私の子供の頃は違った。そもそも舗装された大きく広い道路が少なかった事もあるが、学校の帰り道は、探検心を出して暗い林の中に飛び込んだり、すごく遠回りになりそうだと解っていながらも、いつもと逆方向に歩き出して、新しい行き方を探してみたりしてみたものだ。いつも発見を求めてた。
今は実家の周りは街並みもすっかり変わり、大きく舗装された道路、東西に網目の様に張り巡らされたアスファルトの上を、小さい子供たちが整列しながら学校から帰ってくる。やがて私も社会人になり、以前は駅などなかった場所に新駅がいくつも出来て、巨大なビルや商業施設が整然と立ち並ぶ。どの街も大方見た目は一緒、均一で無機質な街並みは、果たしてそれがどこの駅なのか見間違うレベルだ。何もかもが作られて、整備されて、秩序だっている。会社勤めの早足で歩く人々は一様に黒や紺のスーツ、ジャケットを纏い、1秒でも遅刻したらクビになるのではと思うくらい、無表情に急ぎ足で会社を目指している。道を踏み外さなければ大丈夫、皆と同じ服装なら問題ない、今日も昨日と同じ1日を平和に過ごせたら、それなりの給与が貰える。それでもこれまではやってこれたし、これからもある程度の期間は変えず、変わらずで過ごせるだろう。でもその様な時代もいつかは終わる。意外と早く終わりそうだと感じるのは、少子化による人手不足だけではない、消費者自体が少なくなり、世代も変わっていく。何よりもAIをはじめとする技術進歩のスピードが半端ない。シンギュラリティが来たと言われてしばし経ったが、振り返ればそれが確かだった事が解る。昨日と同じ事をしていて、同じ生活を送り続けられるのは、あと僅かな時間しかないのかもしれない。
どこの企業もDXの旗印であらゆる事に挑んでいるが、多くはPoCはやってみたけど、何だか「取り敢えずやってみた」程度の自己満足で終わってしまったり、とてもじゃないが業務を根本から変える様な素晴らしい「やり方」などは滅多に見られなかったのではないか。それでも続けさせてくれる会社はまだマシな方だが。
今、会社でも散々新規事業立ち上げを狙って、イノベーションを起こす人材を社内で探したり、外部から招き入れようと躍起になっている。勿論自分は現行業務の蟻地獄から抜け出せず、頭の片隅では考えていながらも、トラブル発生、上司からの急な指示、部下からのクレームなどとてもじゃないが、時間は次々と奪われ、疲れ果てて考えるのも嫌になっている。毎日がこの繰り返しだ。本書だけでなく、たまに時間を見つけてビジネス書の様なものを手に取ると、総じて新しい価値を生み出すことの重要性が語られるが、一体いつ、私はそれをやれるのだろうか、いや、やるのだろうか。
偶々参加したセミナーで本書を知り、その日の夜に一気に読んだ。ああそうか、私は毎日忙しい事に安心して、新しい何かを探すことから逃げていたのかもしれない。私の経験・知識の範囲で過ごしていれば安全だから。新しいリスクを抱える事もないから。だが、ふと実家の周りにあった広大な森や沼地、裸足になって遊んだ小川や田んぼの風景を思い出して、今の自分が冒険から逃げている事に気づく。あの頃の燃えるような探究心は、現在の様に、街が整備されていないからだけじゃない、私自身が冒険を楽しむ気持ちで毎日過ごしていたからではないだろうか。知識も経験もなく、何がいるかわからない、もしかしたら崖になっているかもしれない暗い森の中を、太い枝を片手で振り回しながら走り続けたあの日々が懐かしい。毎日が発見の連続だったのは、自分自身が真っさらであった事、自分が新しい何かを常に求めていたからだったのだろう。
さて仕事に戻れば、新規ビジネスの話もそうだが、これからの自分の所属する組織をどうしたいか、役員の前でビジョンを説明しなければならない。きっと恐らく今のままの延長線上の話をしてしまいそうな自分がいる。目の前の問題ばかりに囚われ、新しい価値ではなく、マイナスを取り戻すのに精一杯になるだろう。いやダメだ。新しい価値を作っていかなければ、同じビジネスを展開する同業他社などいくらでも居るから、きっと淘汰されるだろう。会社の中期計画や、ビジョンを眺めながら、私の使命、組織の使命、提供すべき価値を探す。そして会社が今後2030年迄に大きく変革しようとする中で、私と所属組織がどの様に変わっていくべきか、何を価値として作り出すか。その答えは我々を取り巻く社会にあり、顧客のいる現場にある。そして私自身の中からも生まれる。きっと生み出せる。
本書の内容とは少し違うかもしれないが、新しいビジネスを作り出すためのフレームワークや、考え方を学ぶには、ストーリーも面白いし、自分の日常に容易に置き換えられるような、誰もが会社で直面するシーンも多く、入り込みやすい。そこに様々な気づきや仕掛けが準備されているから飽きさせずに一気に読める。何より、読んだ私を現状から突破しなければ、という気持ちにさせてくれた。どこで私に火がついたか上手く説明は出来ないが、兎に角目覚めた(改めて火がついた)のは間違いない。新規事業提案が行き詰まった方だけでなく、何か日常をモヤっと過ごしていて打破したいと考えてる方にも、お勧めの一冊だ。