山下いくとの作品一覧
「山下いくと」の「エヴァンゲリオン ANIMA」「エヴァンゲリオンANIMA 山下いくと画集」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
「山下いくと」の「エヴァンゲリオン ANIMA」「エヴァンゲリオンANIMA 山下いくと画集」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
ビジネス・実用
小説・文芸
Posted by ブクログ
"何だろう…エヴァ乗りに一般論で返された。納得いかない。" p.23
" 言葉を交わしてはいけない、示し合わせてはいけない。たがいに視線も合わせず、ただ黙々と歩いてその場を去るのだ。恐らくかつての神話世界でも、人々はこうしてその場を逃れたはずだ。" p.269
" エヴァの操縦桿/イメージコントローラーは、実は操縦桿ではない。エントリープラグはヒトの思考を読み取ってエヴァに伝えフィードバックもするが、思考制御は万能ではない。
イエスとノー、GOとSTOPの思考境界は曖昧なのだ。それをはっきりさせるための引き金であるレバー、つまり思考命令と対になる命令承認を信号化し、同時に自己認識するスイッチである。" p.290
"「これがどこかおかしい天地創造のおとぎ話だと割り切れば行き先はわかる、もう知らされてるーーでしょ? みんなだって想像ついてるでしょ? 次の地球になる舞台…」" p.320
緩急があり読み心地が良い。連載時のペースと書籍化時点のボリュームを見誤っていたからこその2巻であろうか。
その一方で2巻から次第に増えてきた観のある忍法帳めいた急展開大杉問題。ふははははと笑いながら宿敵が消えて戦闘や事態がうやむやになるアレ。これはちょっといただけない。
誤字その他が5箇所くらい。エディタの互換性のスキマを縫ったような珍しいタイプの誤字。チェック緩いんかな。
サイバーコミックでの連載時から感じていたことだが、山下いくと氏は詩人なのよな。科学の言葉を駆使する詩人。ご自身は、ご自身の文章を未熟と述べていて、それは確かに感じるが、わりと高頻度でこれはという文章に出会う。
一つ大きな難を言えば、無印を最後に見たのが昔過ぎて使徒名とビジュアルが一致しないこと。ビジュアルが思い浮かばないからシーンに対する解像度が低くなる。仕方なくググる。使徒図鑑つけてほしかった。
Posted by ブクログ
" エヴァのボディは万事がそうだ。
ヒトの構造に習って人型なのではなく、その場でヒトの、人間の模倣をする。
血など流れていない無機物のくせに、切られれば血を吹き、有機物のように腐敗もする。量子テレポートで百mを超える巨大な全身くまなくとゼロ時間でつながり、まるで神経網があるように振る舞うことで二m弱の小さなヒト並み速度で反応する。" P.130
" N2弾、N2リアクターに代表されるN2パワーテクノロジーは、元は、空想でしかなかった頃の使徒S2機関、その人類技術による理論シミュレーションモデルだ。
核弾頭に匹敵する爆発エネルギーはその暴走。制御理論が追いつかない間、反応を生んだ瞬間、暴走させるのが関の山だった。その爆弾転用がN2弾。" P.229
サイバーコミックとは数奇者が読むもので、それに輪をかけた者が買うシロモノだった。当時高校生、周囲に読者であると公言するものはなく、同好の士を見つけられたのは大学に入ってからだった。山下いくとを話題にできたのもその頃だったが、『ATTESA』というタイトルがとっさに出てこなくて、「潜水艦の漫画」で通じ合ったものだった。
『ダークウィスパー』として続いても『ATTESA』は特別な作品で、まあまあ置いてけぼりだがスラップスティックなスピード感が心地よい傑作である。しかし、何度も読んで噛みしめなければならないタイプの漫画だ。
一方エヴァは無印で解脱してしまったクチで、ヲタクの端くれとして興味は維持しコミック版は追い続けたが、最初の劇場版は見に行かなかったし、新劇場版は序だけ劇場で見たものの、破を待つ間に漏電してしまい、後年、配信で見ることになった。
ゆえに『エヴァンゲリオンANIMA』の企画を知ったときも、読者たりえるか微妙なところだと自覚し、たり得ないと思い込んでいた。好きな作家の、それほど好きではないコンテンツの作品で事故ったら目も当てられないではないか。
『ATTESA』を持ち出したのは回顧のためではなく、かつて『ATTESA』に感じた疾走感を思い出させられたからだ。小気味よいテンポで物語は進んでいく。新劇場版でも顕著だった小出し感、意味ありげだけど意味ないんだろうなあ感は、今のところない。
エヴァはなんでもアリになってしまったので、なにを出されても生暖かい気持ちが湧き上がってしまうことを抑えられない。本作品もそこは例外ではない。しかし、オカルトと科学の対決を描こうと意図しているのは感じられる。オカルト側は理屈など用意せずあるがままに振る舞い、科学側はいちいち解釈をつけなければ先へ進めない。小説の文章としてはあまりありがたくない「説明」なのだが、本作品ではなぜだか苦にならず良い工夫だと感じた。