翻訳:徳川家広が目を引くものの、そこは本題ではなく、また本書を読んでいる間に気になることはない。つまり、訳者の個性が前にでない、抑制の利いた端正な良い翻訳であると思った。
さて、原書の刊行は2004年である。ITバブルの崩壊が記憶に新しいが、いまだリーマンショックを経験していない頃の、投資家視点の「
...続きを読む経済成長」の理論である。産業革命以降の、前近代には見られない経済成長が達成されるためには4つの条件が必要だという。1. 私有財産制、2. 科学的合理主義、3. 資本市場、4. 迅速で効率的な通信・輸送手段の4つであり、この中でも3. 4.あたりに投資家としての視点が出ていると思った。1,でも、人文系の思想家だと「自由主義と公平な投票制度」など(今思いついて適当に挙げただけ)が挙がってくるような気がするが、あくまで経済社会的発想に基づく現実主義が底流に流れている。
条件を提示した後、各国の歴史に照らして条件を満たした国々(オランダ、イギリスに始まる初期国家からその後追随した国々)と条件を満たせなかった・状況の変化から条件が満たせなくなった国々をピックアップしていく。フランス(国内関税の存在により資源・情報の流通が妨げられた)やスペイン(南アメリカを収奪して金銀を獲得したが宗教的動機にかられて戦争にすべてを注ぎ込んだ)の当時の状況など、(15年前の)アメリカ知識人の文化的素養の高さを見せつけるエピソードの数々が非常に説得的である。
歴史を紐解いた後は、未来についての考察が入る。全体的に楽観的なムードが漂う文章で、些細な問題はいくつかあるものの、4つの条件を満たしてさえいれば、経済は成長していくものという信条が述べられる。些細な問題とは、個人のストレスと生産性の問題、格差の問題(2004年当時にすでにピケティが引用されている)、途上国支援の問題など。国民皆保険制度が経済成長を食いつぶす、などの指摘もされており、現代的問題はとっくに(15年前に)予見されていたのだ。近年の日本では橘なにがしなどのおどろおどろしい著作によってIQの遺伝性云々が喧しく議論されているが、本書でもさらりと触れられている。アメリカにおいて認知力の格差によって分断が生じているという指摘は、かなり以前にされていたはずであり(書名が思い出せない)、いまさらなのである。日本はアメリカより10-20年遅れているというのは、いまだに成立しているらしい。
ただし、本書では中国(とインド)は今日明日にもアメリカを脅かす存在にはならない、と述べられている。中国が果たしてバーンスタインの4条件を満たしているか(私有財産制に含まれる「それなりに公平な行政司法制度」)はともかく、成長著しい中国の現在の経済力は、アメリカと脅かしていないと言えるのだろうか?また、経済成長とトレードオフの関係を持つ格差の問題は、その後急速にクローズアップされ、現在でも未解決である。公平な再分配制度の案出は実現されていない。
ともあれ、本書は投資家が書いた、経済成長についての考察である。投資家としては、アメリカが今後も長期に渡って成長しうるか?という質問に答えることは、死活問題である(アメリカが成長する方向に自分の資産を賭けて投資することは将来的に報われるか?という質問と同義であるため)。この質問に対して、あくまで誠実に、イデオロギーやべき論に惑わされることなく、データと事実を積み重ねて回答したのが本書であると言えるのではないだろうか。本書の誠実な明晰さ自体から、自分が信じる未来に対してポジションを張ることを可能にする、私有財産制と科学的合理性と資本市場と迅速で効率的な通信・輸送手段の価値を感じることができるのである。約15年が経過したわけだが、著者の現在の見解についても知りたい。